マンションのスラム化はここから始まる…池袋や大塚で大量滞留する「狭小ワンルーム」の末路
プレジデントオンライン / 2022年4月8日 9時15分
※本稿は、牧野知弘『不動産の未来 マイホーム大転換時代に備えよ』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■不動産マーケットの中で異彩を放つ節税目的の不動産投資
不動産投資というものは、投資しようとする不動産について高い知見と分析力、そしてリスクに対する許容力が必要であることに加え、資金調達、運用、そして出口での売却戦略など様々な変数を冷静に見定めていくものである。
とりわけ最近時は不動産が金融商品化された結果、金融マーケットに巣くう凶暴な投資マネーが不動産マーケットの行方を左右するようになっている。彼らは膨大な資金量をバックにしているが、金融情勢によって始終その姿、態度を変える厄介者だ。
したがって、日本の不動産であっても、海外の金利や為替、経済情勢、政治力学、自然災害なども含めての投資判断が不可欠になってくるのだ。
だが、国内で投資されている不動産は、こうしたプロによる荒っぽい売買だけで構成されているわけではなく、素人投資家がなけなしの銭を握りしめて投資しているケースもあれば、中長期的に所有を続けていくビル大家のような存在もある。
いろいろな顔を持つプレーヤーが跋扈する不動産マーケットの中で、とりわけ異彩を放っているのが、節税を目的とする不動産投資だ。
この投資は不動産を持って運用することで収益をあげていく運用益と売却時の売却益だけでなく、節税することで被相続人が相続人に対して、自身の財産を多くの税金を負担することなく引き継がせようとする目的によるものだ。
■税理士、金融機関、不動産業者の全員が「グル」
相続税を安くすることだけに目が眩むと、肝心の不動産に対するリスクチェックが疎かになる。相続において、土地は路線価評価、建物は固定資産税評価で評価される。それぞれの評価額と時価の差額分が節税になる。
さらに投資を借入金で賄うと、借入元本を相続財産評価額から控除できるので、さらに節税ができる。現金で持っていれば、額面通りに評価されるものが、不動産に形を変えれば、同じ1億円の財産でも、不動産は簿価の数分の1にまで圧縮できてしまう。
不動産は当然運用することで運用益、売却することで売却益も期待できるので、これらをすべて組み合わせれば、大きな収益を得られるというのが不動産を使った相続税対策の醍醐味だ。
こうしたバラ色の節税策は、これを仕組んで儲けようとする者によって広まっていく。仕掛けるのは税理士であり、金融機関であり、不動産業者である。悪い表現をするならば、彼らは全員が「グル」である。
不動産業者は自らが建設したアパートやマンションの売却、あるいは仲介、売った後の賃貸運用の手伝いによる手数料、など儲けの蛇口はたくさんある。
金融機関は投資資金の貸し付けができる。土地建物を担保に入れられるし、アパートやマンション自体が収益を上げてくれるので、安全な貸付で利息収入が得られる。そして税理士は、税理士としての顧問報酬に加えて、業者などからのキックバックを手にすることができる。
■節税欲望が不動産投資を歪めている
この3者はこぞって相続税対策に不動産は極めて有効であることをニコニコ顔で言うであろう。客が投資してくれない限り、些少の報酬をもらう税理士を除いてはみな何の儲けにもならないからだ。だが彼らは客が、投資した後のことにはあまり関心がない。
不動産業者とて運用のお付き合いはさほど儲かるビジネスではない、何といっても売却すること、仲介することで大きな収益が得られるのでワンショットで大きな利益を得れば、あとは野となれ山となれ、だ。
金融機関も本来は、後に不良債権化することは避けたいはずだが、支店の担当者はどんどん交替する。10年から15年の比較的長期のローンを組むし、当面は建物も新しく、競合もしにくいだろうからリスクは少ない。そのうち転勤で「さようなら」である。
税理士は相続税の節税という大義は果たしてしまうので、その後のことについては、正直どうでもよいし、何かあったら「はいはい、どうしました?」と素知らぬふりで応じればよい。
アパートマーケットの、その後のことなんて自分の専門領域ではないので「知らぬ、存ぜぬ」で通せるからだ。
つまり、誰も主人公であるはずの客の立場や人生を考えてはいないのである。客は節税が目的化、そして客をとりまく専門家と称する面々は自分のビジネスが儲かることを一義に一生懸命、客に寄り添っているフリをしている、これが節税目的不動産投資の現場の実態だ。
■歪みを防ぐには相続税を100%か0%にする
かつてのように、若い世代がどんどん増え続け、アパート需要が伸びていく確信が強かった時代ならばいざ知らず、今後の日本社会の向かう絵姿がこれほど克明に見えているはずなのに、アパートに入居する客はどっかから湧いて出てくる、とりあえずアパート業者が賃料は保証すると言っている、程度のリスク認識で巨額のおカネを不動産投資につぎ込むのは、あまりに歪な投資の姿だ。
こうした歪んだ不動産投資を防ぐにはどうしたらよいだろうか。それは、相続税を100%にするか0%にすることだ。どちらも節税ニーズは吹っ飛ぶからだ。100%なら子供に残す財産は、相続時にはないから積極的に贈与するようになるだろう。
贈与税率も上げる、あるいは子供にその時点での時価で買わせるようにすればよい。子供からみていらない資産であれば贈与を拒否すればよい。社会的な公平性も担保されるだろう。
いっぽう0%では、階級格差はどんどんついていく。だが、子供も収益力のない不動産なんていらないと言い出すだろう。税の心配がないため無理な投資もしなくなるはずだ。過剰なアパートなどの貸家建築はかなり減少するはずだ。
不動産投資の未来は、悪徳不動産業者や税理士、金融機関のタクトで節税狂騒曲を奏でるのではなく、収益力とリスクをきちんと精査した本来の投資マーケットが育つことを望みたいものだ。
■所得税を軽減するワンルームマンション投資
節税目的の不動産投資のもう一つの動機が、所得税の節税ニーズである。日本は所得税率の累進性が高いため、一定以上の所得になると稼ぐ割には実入りが少ないという不満が出る。これを不動産投資することで見かけ上の赤字所得をこしらえて、所得を下げ、結果的に節税しようというものである。
この目的に適った投資がワンルームマンション投資である。節税効果という意味ではワンルームでなく、1LDKでも2LDKでも構わないのだが、効率が最も良いのがワンルームなのである。
まず、ワンルームは1戸が面積で6坪から8坪程度、投資総額も1000万円台から2000万円台が多く、サラリーマンでも高給取りであれば手が出る範囲である。また、ワンルームは1LDKや2LDKに比べて投資効率が高い。東京都心であればワンルームは坪当たり1万2000円から1万5000円程度とれる。
これがファミリー向けになると賃料単価は下がってしまう。面積の拡大に家賃が比例してくれないからだ。つまりワンルームマンションは収益性もファミリータイプに比べて高いといえるのだ。
■サラリーマンの部課長クラスの間でブームに
またワンルームマンションは同じように節税したいサラリーマンがいれば転々流通するのではないかという思惑もあり、手頃な節税手法として定着したのだった。
不動産投資して赤字を作るとはどういうことかと言えば、ワンルームをほとんど借入金で買って、金利を経費計上する、建物の減価償却を経費計上する、テナント確保等でかかる経費、修繕費などを経費計上するなどして赤字所得を作り、所得税を節税するのがその手法だ。
所得が高いほど節税効果が高いため、平成バブル期などにはサラリーマンの課長、部長クラスの間でワンルーム投資はブームになった。当時のサラリーマンは大抵の会社が副業禁止だったが、なぜかワンルームなどに投資して運用しているのは副業とはみなされないために大勢が手を出したのだ。
しかし、何度も言うように不動産投資にあたっては多くのチェックポイントがある。ワンルームの場合は需給バランスと投資家の懐具合だ。
郊外の田園地帯で、テナントなんてあまり見込めないような場所で相続税対策だけに目が眩んで投資したアパートオーナーがその後、同じようなアパートが周辺に林立してテナントを奪われ、空室に苦しんだことがワンルーム投資でも起こっているのだ。
■「売却もままならず放置プレー状態にある」
都内では池袋や大塚などでこうした節税ニーズをとらえたワンルームマンションが平成バブル期などに大量供給されている。当時のワンルームは、5坪から6坪程度と狭く、水回りであるバス、トイレ、洗面が一室に詰まった3点ユニットバス。
ところがやがてこうした狭小ワンルームは行政から認められなくなり、その後に建設されるワンルームマンションは住戸も広くなり、トイレとバスが分離するタイプがあたりまえになる。
棟数が増えるにしたがってテナントの審美眼も磨かれ、古いタイプのワンルームは賃貸マーケットでの競合で負けるようになる。
テナントが入らなければ、赤字は膨らんで節税効果は良くなる一方、いつまでも空室では、実入りが乏しくなって借入金の返済が覚束なくなる。賃料を下げる、フリーレントを長くするなど、節税効果はともかく、不動産投資としては完全な失敗となる。
マーケットの変化に追随できない、収益は下がる、小さなワンルームは時代のニーズに合わないということで排除され始めると、マーケットでのリセールバリューは当然のことだが下落する。
運用損に加えて売却損まで負わされるのでは、節税効果どころの騒ぎではない。今、そうしたワンルームマンションが池袋や大塚に限らず全国に多数滞留している。滞留、という意味は「売却もままならず放置プレー状態にある」ということだ。
■節税だけが目的の不動産投資の未来は暗い
不動産投資においては売却という出口が塞がれてしまうと、抱え込むしかなくなってしまう。十分な賃料が享受できるのであればまだしも、続々と建設されるワンルームマンションとの競合では、その商品力で分が悪いので家賃は下がる。
外国人がワンルームに5人も6人も、などと報道されるのはこうしたサラリーマンたちが買い求めたワンルームマンションである場合が多いのだ。
さらにやっかいなのは、彼らの節税対策には期限があるということだ。サラリーマンであるからには、いつまでも高給が保証されているわけではない。役職定年などを迎えると給料は従来の6、7割、会社によっては半分以下に自動的に下げられてしまう。
そうなると、せっかく不動産所得の赤字が作れても、控除する給与所得が少なくなってしまえば節税効果など雲散霧消してしまう。これでは何のために節税対策をしたのかわからなくなってしまう。
現在こうした出口を失ったワンルームマンションが大量に滞留している。それにもかかわらず相変わらず大量のワンルームマンションが供給されている。中にはローンが返済できなくなる、管理費、修繕維持積立金の滞納、未納の事例が頻発しているマンションも多くなっている。
実は都心部におけるマンションのスラム化について、私は意外と遠くない未来、この取り残されたワンルームマンションから始まる気がしている。
所有者の間で相続が頻発する未来は、相続登記をしない、管理組合には届け出ない、管理費は払わない、大規模修繕など応じない、いつのまにか外国人に売られていた等々、様々な事象が勃発することだろう。
節税だけが目的の不動産投資、未来は暗いのだ。
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不動産プロデューサー
1959年生まれ。東京大学卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストン コンサルティング グループ、三井不動産などを経て、2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。15年オラガ総研株式会社を設立し、代表取締役を務める。全国渡り鳥生活倶楽部代表取締役。主な著書に『空き家問題』『ここまで変わる!家の買い方 街の選び方』(いずれも祥伝社新書)、『不動産の未来』(朝日新書)など。
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(不動産プロデューサー 牧野 知弘)
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