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駅員はサンドバッグではない…元鉄道マンが「身勝手な理由で山手線を止めた客」への対応で言いたいこと

プレジデントオンライン / 2022年7月13日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

■「乗客に激高する渋谷駅員」が動画で拡散

ある乗客がSNSに公開した動画が波紋を呼んでいる。動画には駅員が乗客に激高する様子が収められており、その「被害」を訴えるかのように拡散されたものだったからだ。ネット上だけでなくテレビでも盛んに取り上げられ、乗客による悪意ある誘導、切り取りなのか、駅員の対応に問題はあったのかなどの議論を呼ぶこととなった。

ことの発端は7月4日20時ごろ、JR渋谷駅の山手線ホームで、乗客が線路内にサイフを落としたというありふれた事案だった。乗客の申し出によれば、サイフは他の乗客に押されたことで落下し、中から1万円札4枚が飛び出て、風で飛んでいきそうな状況だったという。

乗客はホーム下を除き込んだり、線路に降りようとしたりしていたことから駅員が駆け寄ってきて制止。乗客は駅員にサイフを拾うよう要求したが、この時間帯の山手線は4分間隔で運行されているため、駅員はすぐには対応できないと回答。すると乗客は自分の手で電車を止めようと、非常停止ボタンを操作するという実力行使に出たのである。

■乗客の行為は明らかに正当性を欠く

言うまでもなく、これは非常停止ボタンの目的外使用である。JR東日本は「なるほどQ&A Guide」で、非常停止ボタンの使い方について「ホーム上から転落しそうなお客さまや列車に接触しそうなお客さまを見かける等、危険と感じた場合はボタンを押して係員に知らせてください」と記している。

非常停止ボタンは2001年1月に新大久保駅で発生した、転落した乗客を救出しようとした2人が電車にはねられて亡くなるという痛ましい事故を受けて整備が進められたもので、主目的は乗客の安全確保であるが、それ以外の用途もある。

例えば、大きくて重いスーツケースなどが線路上に落下した場合、電車にはね飛ばされる危険があり、車輪に巻き込んでしまい復旧に時間を要するなど、被害が拡大するケースが考えられる。重量物でなくとも落下物の性質によっては非常停止ボタンを操作したほうがよいこともある。まさにケースバイケースだ。

鉄道事業者としては、操作が好ましい場面を例示することはあっても、具体的な線引きをすることはできないので、実際にどうだったかは別として、危険だと判断して非常停止ボタンを扱った乗客を責めたり、ましてや損害賠償を請求したりすることはない。

だが、今回のケースは目の前に駅員がおり、またサイフを拾うために列車を停止させるというのは明らかに正当性を欠く。この点からも、そもそも問題の根本には乗客の不適切な行為があったことは疑いようがない。

■激高する駅員を擁護する声も多いが…

話は戻り、動画は非常停止ボタンを扱った直後から撮影されたとみられ、乗客が線路に降りようとし、非常ボタンを押した場面は含まれていない。駅員の激しい口調はこれらの乗客の身勝手な振る舞いの結果であり、動画はその部分を切り出しただけなのだから駅員の対応に問題はないとして駅員を擁護する声も多い。

筆者は7月6日、J-CASTニュースにコメントを求められ、本件は非常停止ボタンの目的外使用であり、運行を妨げる意図で行われた許されない行為であることを前提に、駅員の発言があまりに感情的であると指摘したが、「乗客を正当化するのか」「駅員を責めるのか」といった反発の声も多く寄せられた。短いコメントでは伝えきれなかった部分を改めて丁寧に論じていきたい。

筆者が気になったのは、例えば次のようなやりとりである。

駅員「あぶねぇぞ、オラ!」
乗客「お金取ってくれないじゃないですか」
駅員「取るよ! 何なんだ、その態度は」
乗客「何で取ってくれないんですか」
駅員「お前が落としたんだろうが、まずは」
乗客「だから、なんで取ってくれないんですか」
駅員「そういう態度はなんだよ。取ってもらおうって態度じゃねぇだろ」
乗客「お願いしたじゃないですか、ずっと」
駅員「お願いする態度か!」

■落としたことにまで怒る必要があるのか

駅員は乗客の態度が悪いと咎めるが、お願いする態度が悪いから対応しないということはあり得ない。もちろん駅員の本意はそうではないだろうが、そのように受け止められる発言は、やはり適切ではなかったと言わざるを得ない。

頻繁に電車が行き交う時間帯に線路上の遺失物を回収することは難しく、電車を止めて回収することはできない。そのため日中に申し出を受けたとしても回収するのは終電後というケースは珍しくない。

次のやりとりに見られるように、乗客はサイフが落ちたのは自分の責任ではないと主張するが、誰の責任であろうと対応は変わらない。

駅員「誰がまず悪いよ?」
乗客「押されたんですよ」
駅員「言ってみろ」
乗客「押されたんですよ」
駅員「人のせいにすんな」
乗客「押されたんです」
駅員「人のせいにすんな。まず誰が落としたのが悪い?」
乗客「押されたんですよ」

乗客がサイフを落としたことが発端とはいえ、サイフを落としたことが悪いのではなく、サイフを拾いたい(拾ってもらいたい)があまりにとった身勝手な行動が悪いのである。感情的なやりとりは本来、必要のないものだった。

また次のやりとりも踏み込みすぎている感がある。

■警察の事情聴取を脅しのように使っている

乗客「4万円も財布から出てたんですよ」
駅員「相当高くついちゃってるぞ、これ。止めてんだからよ、電車」
(中略)
駅員「いいよ、後で見るから。とりあえず交番行くからな。待っとけ」
乗客「なんで交番行くんですか?」
駅員「よく考えてみろ、電車止まってんだよ」
乗客「取ってくれないからじゃないですか」
駅員「そういう態度、何とかせぇよ、お前」
乗客「なんで僕、交番に行かなきゃいけないんですか?」
駅員「当たり前だろ、電車止めてんだよ。山手線、止めてんだよ‼」
乗客「取ってくれないじゃないですか、ずっと」
別の駅員「取るために来たんですよ」
乗客「帰ったじゃないですか」
別の駅員「今、来たんですよ」
駅員「きょう、帰れねぇからな。悪いけど。警察行くから、きょう、帰れない。事情聴取なげぇから」

列車の運行を止めるために非常停止ボタンを扱えば法令に抵触する可能性があり、警察に同行を求めることは自然である。また列車が運転を見合わせて損害が生じた場合、賠償請求される可能性もある。だが、それらが確定していない段階で懲罰的に言及すること、ましてや警察の事情聴取を脅しのように使うことは不適当であった。

駅員の責任を追及したいのではない。余計な発言により、さらなるトラブルに巻き込まれ、駅員自身が不利益を被らないための自衛策として強調したいのである。

■乗客に強く出ても許される場面とは?

では駅員が強く出ていい場面というのはあるのだろうか。駅員の旅客対応は基本的には常に丁寧な口調であるべきだと筆者は考えるが、例えばホームの端を歩く旅客が列車に接触しそうになるなど緊急かつ安全にかかわるケースでは「危ない」「下がって」など大きな声で注意を促すことはあり得るだろう。

駅のホームで電車の中から安全確認する車掌
写真=iStock.com/coward_lion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

また暴力行為に及ぼうとしたり、今回のように不必要に非常停止ボタンを押したりするなど運行を妨害しようとした旅客に対しては、身体を掴(つか)むなどして制止することもある。筆者は、駅員は常に敬語を用いるべきだとか、どんな場面でも下手に出なければならないと主張したいのではなく、必要のないことをする理由はないと言いたいのである。

それでも駅員は人間である。身勝手な行為や理不尽な要求に腹を立てることはあるだろう。筆者も駅に立って旅客対応をした経験があるが、一方的なクレームに辟易したことは少なくないし、腹を立てたこともある。腹を立てることが問題だというのではない。

■「売り言葉に買い言葉」では損をするだけ

それでも、そこで売り言葉に買い言葉でやり返せば鉄道事業者側が損をするだけである。極端な例だが、殴られたからといって殴り返してはいけないのである。どんな場面でも冷静に粛々と対応するしかない。これくらいなら感情に従って言い返しても許されるだろうという基準を作ってしまうと、旅客が全面的に悪いケース、必ずしも旅客の責任とはいいがたいケース、事業者が責任を負うべきケースと、段々とハードルが下がっていき、乱暴な対応が身についてしまうことすらあるからだ。

すべての駅員が完璧な対応をとることができるかといえば、それは難しいと言わざるを得ない。駅員が旅客対応をすべて1人でこなさなければならないというのは非現実的な議論である。駅員の対応で解決しない場合は応援を呼ぶか、責任者(助役など)に一段上の対応をしてもらう、あるいは警察を呼ぶしかない。

ここで重要になるのが、職場ひいては会社のバックアップだ。時に理不尽な旅客と面と向かって接する駅員にすべての責任を負わせてしまえば、駅員は大きなストレスを受け、離職にもつながりかねない。それは本人のみならず事業者にとっても大きな損失だ。

現場で対応する社員を守るためには、駅員が対応すべき範囲を設定し、それを越えた場合は対応をエスカレーションさせて上位の役職者に対応を委ねる。またそのルールに従って対応した社員は会社が全力で守るという方針を明確にする。これらはクレーム対応の基本である。

■事業者は「言葉の暴力」に対し毅然とした対応を

しかし残念ながら、鉄道の現場ではこうした体制は十分に整備されていないのが実情だ。会社や責任者が事なかれ主義に陥り、現場の係員が負担の多くを背負っていることも珍しくない。そういう意味では、JR東日本が今回の事件について、安全を最優先した結果、口調が強くなってしまったが、行き過ぎた言葉があったことは謝罪するとしたことは、守るべき部分と行き過ぎた部分を明確に切り分けた、極めて妥当なコメントだったと評することができるだろう。

最後にひとつだけ問題提起をしたい。係員の人間としての尊厳を傷つける言動に対してどのように対処するかである。いわゆる「言葉の暴力」であるが、実際の暴力行為と異なり、対応をとりにくいのが実情だ。

言い返せば問題になり、かといって会社は対応してくれず、自分で抱え込むしかない。筆者の経験上、特に若い女性係員はそうした言葉の暴力の対象になりやすい傾向がある。こうした言動を許さないという姿勢を明確化し、毅然(きぜん)とした対応をとる方針を示す必要があるのではないか。駅員はサンドバッグではない。本人が殴り返すことはできないが、会社は本人に代わって戦わねばならないのである。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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