選手、審判、応援団、観客がバタバタと倒れている…今年の「夏の甲子園予選」で起きている異様な光景
プレジデントオンライン / 2023年7月29日 10時15分
■今年の甲子園予選で起きている異常な状況
夏の甲子園の予選である都道府県選手権大会で、猛暑による健康被害の報告が相次いでいる。
7月15日の兵庫県大会、明石南ー滝川二の試合では、延長10回タイブレイクで明石南の選手6人が足をつり、うち4人が治療を受ける事態となった。試合は明石南が5ー9で敗れた。
7月26日に横浜スタジアムで行われた神奈川県大会の決勝では、球審の足がつって試合続行が難しくなり、試合が7分間中断。塁審の一人が球審になって試合が再開された。
各地の地方大会の関係者に話を聞くと
・晴天の開催日では、ほとんどの試合で足がつる選手が複数出ている
・一度水分補給や手当をしても、再度足がつる選手もいる
・審判にも体調不良を起こす人が出ている
・チアガールや応援団、一般観客なども倒れている
・投手など主力選手の足がつったことが原因で敗退するケースもある
・救急車のサイレン音が球場周囲でしょっちゅう聞こえる
という異常な状況になっている。
■「今の選手はヤワ」はまったくの間違い
これまで「高校球児は暑さに耐える練習もしているから大丈夫だ」と言われてきた。年配の野球関係者の中には「いまどきの子は根性がないから、ちょっと暑くなると倒れてしまう」と言う人もいるが、その認識はおかしい。
1980(昭和55)年の東京の7月の日最高気温の平均は29.1度、8月は26.9度だったが、2022年は7月が31.4度、8月が31.0度になっている。速報値だが今年は7月で33.0度だ。
8月も最高気温は上昇しているが、7月は4度以上も気温が高くなっているのだ。もはや昭和と令和の高校球児では、野球をする環境が違う。
昔は、多くの高校で選手が十分な練習量を確保していた。だが今は、合同チームや通信制の高校など週1回程度しか練習しない学校も増えている。暑さへの対応が十分できないままに、試合に出場する学校も多いのだ。
■優先すべきは選手の健康ではなく日程
足がつることは、決して軽視していい状態ではない。これは熱中症の初期段階である「熱けいれん」だ。
厚労省のHPによれば「汗で失われた塩分が不足することにより生じる筋肉のこむら返りや筋肉の痛みのこと」とある
地方選手権大会を行う球場には医師や理学療法士が待機している。熱けいれんの症状が出た選手には経口補水を飲むよう勧めたり、筋肉をほぐすマッサージをしている。
しかし、水分補給やマッサージだけで、プレーを続行させるのは極めて危険だ。ましてや複数人も足がつる選手が出ている状態では、試合を中断するべきではないだろうか。
その判断は医療スタッフではできない。判断は審判、高野連にゆだねられているが、彼らが決断をすることはない。
地方大会は、甲子園の決勝戦から逆算してタイトな日程で組まれている。夏の甲子園は優勝校を頂点として巨大なツリー構造になっているが、その裾に当たる地方大会の日程が狂ってしまうと、甲子園大会にも影響が出る恐れがある。
ただでさえも近年は異常気象で、雨天順延が増えている。熱中症で試合が延期になるのは想定外であり、何としても避けたいと言うのが主催者側の本音だ。
■サッカー協会が導入しているガイドライン
近年、環境省は熱中症の指標として、気温ではなくWBGT(暑さ指数)という数値の情報を提供している。
これは①湿度、②日射・輻射など周辺の熱環境、③気温の3つをもとに算出したもので、気温が低くても湿度が高くて直射日光が当たるところでは、熱中症になる可能性が高くなる。
日本スポーツ協会はWBGTが31度以上では、すべての生活活動で熱中症がおこる危険性があるとしている。並行して気温35度以上では「特別の場合以外は運動を中止する」「特に子どもの場合には中止すべき」という指針を出している。
日本の夏は、すでに運動をすべき環境ではなくなっている。
そんな中、日本サッカー協会(JFA)は2016年、熱中症対策ガイドラインを導入。
■WBGT=28度以上となる時刻が試合時間に含まれる場合は、事前に『JFA 熱中症対策』を講じる。
その基本は、WBGTが31度以上、最高気温が35度以上では試合を行わないということだ。
選手の健康を一番に考える「プレイヤーファースト」の観点に立てば、至極当然の決定だと言えるだろう。
夏季インターハイ(高校総体)のサッカー競技はJFAではなく高体連が主催しているが、この試合会場でもWBGT計が設置されている。試合時間は前後半35分と本来の試合時間より10分短くなり、さらにクーリングブレイクや給水時間も設定されている。
残念ながら、高校野球はこうした対策を全く講じず、医師を待機させたり、水分補給体制を補強するなどの対応しかしていない。
■「敵に水を送る」は美談ではない
そういう状況のなか、今夏は美談仕立てのエピソードがいくつか報じられるようになった。
7月13日、熊本県大会、翔陽ー八代戦。9回の攻撃。マウンド上で八代の投手の足がつった。八代ベンチから水分が届けられたが、その後も異状を訴えた。しかし八代はタイムを取ってしまったため、マウンドに駆け寄れずにいた。それを見た翔陽の投手がマウンドに駆け寄り、苦しむ八代投手にペットボトルを差し出した。(熊本日日新聞7月13日)
7月16日、京都大会、京都廣学館ー鴨沂戦、5回表、京都廣学館の投手が足をつった。すかさず、鴨沂の主将がマウンドへ水を届けた。(朝日新聞7月17日)
これらの話は「これぞスポーツマンシップ」という論調で報じられたが、筆者には疑問だ。国際大会なら「ドーピング疑惑」が生じてもおかしくない行為だ。
もし、投手が相手チームの提供した飲料を飲んだ後に、症状が悪化したらどうするのか。選手の中には何らかのアレルギーを持っていて、相手校から提供された飲料を受け付けない可能性もあるだろう。軽々に、対戦相手に対して飲料や食料を提供することなど、あってはならない。
■なぜ審判は何もしないのか
さらにルール違反の可能性もある。
日本における野球の公式ルールを定めた公認野球規則には以下のように書かれている。
(1)プレーヤーが、試合前、試合中、試合後を問わず、観衆に話しかけたり、席を同じくしたり、スタンドに座ること。
(2)監督、コーチまたはプレーヤーが、試合前、試合中を問わず、いかなるときでも観衆に話しかけたりまたは相手チームのプレーヤーと親睦的態度をとること。
審判は「マスターオブゲーム」という存在だ。試合においてすべての権限を有している。
公認野球規則には「審判員は、本規則に明確に規定されていない事項に関しては、自己の裁量に基づいて、裁定を下す機能が与えられている」と明記されている。
選手が足をつるなど苦しそうな動きを見せたときは、球審がまず「タイム」を宣するべきだ。
そのうえで試合を中断し、水分補給を指示して、選手をベンチの中など冷たい場所で休息させるべきだ。相手チームの選手が、見るに見かねて飲料を与えるまで、審判が何もしないことが、そもそもおかしいのだ。
足がつる選手が続出するようなケースでは、試合の中止、再試合も検討すべきだ。
■高野連の回答
今の高校野球は、試合日程の都合で2時間以内に試合を終わらせるのが原則となっている。審判はそのプレッシャーがあるから軽々に試合を中断させることができないと考えているのだが選手の健康より、日程消化が大事は、本末転倒としか言いようがない。
酷暑下での対策について、日本高野連はどう考えているのか。質問状を送ると「都道府県高校野球連盟がそれぞれの実情に応じて、可能な限りの対策を取っています。選手の体調不良などについても、医師や医学療法士にご協力を仰ぎながら、必要な対策を講じています」と回答した。
■松井秀喜の提言
昨今の夏季のひどい暑さを考えると「夏の甲子園」は、抜本的な見直しをせざるを得ないだろう。
まず、甲子園も地方大会も、試合時間を「朝(朝5~6時)に1試合、夕方、夜間(6時~10時)に2試合」など、日中の炎天下を避ける工夫が必要だ。サッカーのように気温やWBGTに応じて試合時間をフレキシブルに変更するのもよいだろう。ドーム球場を活用することも考えるべきだ。
さらに4月から始まる春季大会を「夏の選手権の地方予選大会」にするなど、猛暑期間の試合を避ける措置があってもよいのではないかと思う。
元プロ野球選手の松井秀喜氏はスポーツ報知の取材に対し「高校野球も時代の変化とともに変わった方が良いと思います」と話している。
「課題は日程だと感じますね。多くの地区は7月開幕ですが、もし可能ならば6月から始めるとかできないかと思いますが、難しいのでしょうかね? 夏の甲子園は前半、後半のような2部制にすれば負担は軽減されるのではと感じますが、それも難しいのでしょうかね?」と声をあげた。(スポーツ報知7月25日)
硬式高校野球の競技人口は、2022年の13万1259人から12万8357人とついに13万人を割り込んだ。酷暑の中で熱中症の危険を顧みずに試合をする高校野球のイメージは、日本社会から受け入れられなくなりつつある。
応急処置でやり過ごせる時代は終わりつつある。日本高野連は大会そのものの在り方を見直す時期に来ているのではないか。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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