無人セルフレジなのにサービス料を請求される…アメリカ人の3人に2人が嫌悪する「チップ文化」は必要か
プレジデントオンライン / 2023年8月9日 13時15分
■セルフレジが買い物客に「チップ」をせがむ
アメリカで「チップ疲れ(tip fatigue)」が広がっている。レストランでは通常、テーブルの担当スタッフに、小計額の15~20%程度をテーブルに残すのがマナーとされる。電子マネーが広まった現在では、会計時に任意の額を端末に入力する形式も浸透してきた。
本来は、良質なサービスに対して謝意を示すためのシステムだ。基本給だけでは生活水準に満たない、接客業などの労働者の収入をカバーする仕組みとしても機能している。
ところが最近では、担当スタッフへの心付けという本来の意味を離れ、セルフレジも買い物客にチップを要求するようになった。米経済紙のウォール・ストリート・ジャーナルは、あるスーパーでの事例を取り上げている。
この事例では、1400円ほどの会計に対して300円ほどのチップを促された。スタッフに商品をスキャンしてもらったわけでもなく、自分で機械に読み取らせただけなのに、誰に届くかもわからないチップを支払う。
■本来は、店員への「感謝の気持ち」のはずだが…
チップの文化が浸透するアメリカでも消費者は、いくら払うべきかという葛藤と常に闘っているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナルは、「どの程度チップを払うべきかという道徳的な戸惑い」が存在すると指摘。そして昨今ではその混乱が、店員に対してだけでなく無人のセルフレジにも拡大したと述べている。
顧客は自分で商品をスキャンしたあと、「チップを支払いますか?」との画面表示を目にする。ある店舗の例では、およそ10ドル(約1400円)の会計に対し、1~3ドル(約140~420円)から選択する3つのボタンが大きく表示される。中間の選択肢である2ドルを選択した場合、1400円だった会計は約1700円に膨れる計算だ。
「No tip(チップなし)」のボタンや任意の額の入力ボタンも用意されているが、チップの支払いボタンよりも表示は小さい。
■ファストフード、カフェにも広がる
導入はセルフレジにとどまらない。テーブルサービス形式以外の店舗、例えばファストフード店やカフェなどは従来、積極的にはチップを求めてこなかった。だが、こうした店舗においても、店員の目の前でチップ額を端末に入力する形式が広がっている。
これまでもカフェでのチップ習慣は、やや複雑だった。コーヒーなど店員にとって手のかからないものを買う場合、チップは別段不要とされる。一方、フォームミルクを泡立てて作るラテなど手の込んだドリンクでは、1ドル程度を渡すことが期待される。
ところが近年では、すべての顧客にチップ画面を提示する店が増えている。顧客はチップなしを指定することも可能だが、画面にはあらかじめ用意された数ドル単位の選択肢が大きく表示される。いくらかを支払うようにと、強いプレッシャーを感じる状況だ。
■1400円のクッキーを買ったら、560円のチップを求められた
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は別の例を挙げ、会計に対して大きな割合のチップが選択肢に表示されることがあると報じている。20歳の大学生は友人と2人で、全米に800店舗以上を展開する大手クッキー店を訪れ、大判でたっぷりとトッピングのかかったクッキーをテイクアウトで購入した。
クッキーは1400円ほどだったが、タブレット端末を通じて会計する際、チップの加算画面が表示された。選択肢として目立つ形で、2ドル、3ドル、4ドル(約280~560円)のボタンが表示されていた。クルーリーさんたちは店員から特に優れたサービスを受けたわけでもなかったという。
同行した友人は、自らウエートレスをして学費を稼いでいることから、チップの重要性は理解している。しかし「だれも給仕すらしていないのなら、チップの選択肢は表示するべきでないように思います」と疑問を呈している。
■会計金額の18%のチップを求める無人レジも…
チップの催促は、会計額が多くないコンビニや、コーヒーショップにも拡大している。無人の会計端末を導入した店舗では、客がiPadのようなタブレット端末で決済方法を選択する。このとき、店側が設定したチップ額から1つを選択する画面が表示される。
カフェやアイスクリーム店でもチップ文化は定着している。しかし強制ではなく、チップジャーと呼ばれるガラス瓶をレジ脇にさりげなく置き、サービスに満足した客だけが自発的に支払う方式が主流だった。それが近年、店側から特定の金額を提案されるかたちに変わってきた。
米CBSニュースは、空港、コーヒーショップ、レストラン、スタジアムなどの無人会計端末において、初期設定でチップ額が加算されるようになったと報じている。客は好みの額に変更することができるが、会計額の18%という高い数値が初期設定になっているものもある。
批判の多いシステムだが、大手企業でも導入の動きが続いている。米ビジネス誌のアントレプレナーは、店員の目の前でチップ額を入力するタブレットを導入し、米スターバックスが批判を受けていると指摘する。
加えて英BBCは、米Appleの一部直営店にて、チップの受け付けが始まる可能性があると報じている。米国内で初の労働組合が結成されたメリーランド州タウソンの店舗において、修理・相談サービスを提供する店内窓口「ジーニアスバー」の利用時などに、「チップなし、3%、5%、カスタム額」を顧客に提示する案が持ち上がっている。
■「チップ疲れというよりはむしろ、苛立ちなのです」
客はどのように受け止めているのだろうか? CNBCは、アメリカの消費者たちが「チップ疲れ」に苛(さいな)まれていると報じている。米名門校・コーネル大学ホテル経営学部のマイケル・リン教授(消費者行動学・マーケティング)は、同局に対し、チップ疲れという言葉さえ「控えめな表現かもしれません」と語る。
リン教授のコメントは専門家の見解であると同時に、消費者の実感にも近いようだ。ヒューストン・クロニクル紙のオピニオン・ライターであるレジーナ・ランケナウ氏は、洗車機やバーガー店などのレジでも、「あの厄介なタブレット端末」を目にする機会が増えたと苦言を呈している。消費者のあいだでも、拡大するチップへの「議論がますます熾烈(しれつ)に」なっているという。
ランケナウ氏の怒りは収まらない。チップはサービスに満足した客が低すぎる最低賃金を埋め合わせる制度であり、「従業員に生活賃金(living wage:最低限の生活水準の維持に要する生計費から算出された賃金額)を支払う義務が、なぜ客の肩にかかっているのだろうか?」と指摘している。
■アメリカ人の3人に2人が嫌悪
米金融サービスのバンクレート社が6月に発表した調査で、およそ3人に2人にあたる66%が、チップに何らかの否定的な感情を持っている実態が明らかになった。
チップ制度を嫌う最多の理由(複数回答)は、「企業はチップへの過剰な依存をやめ、従業員により多くの給料を払うべきである」(41%)だった。従業員の給料をチップに依存することに疑念が寄せられているようだ。
続く第2位は、「あらかじめ額が入力されたチップ画面に苛(いら)立ちを覚える」(32%)となった。セルフレジなどでチップを促されることへの不満だ。
いたるところでチップを要求されるようになり、「チップフレーション(チップの高騰)」との造語まで誕生した。米CNNは、コーヒーやピザなど比較的少額の買い物をした際にも、電子端末でチップ額の選択を迫られるようになったと嘆く。
チップなしの選択肢はあるものの、(会計額の)10%、15%、20%という選択肢が大きく示されることが多い。同記事は、「店員が(額の入力中は背を向けているものの)目の前にいる。ほかの客も苛立ちながら背後に並び、いくらチップを払うかを肩越しに見ている。そして、数秒で決断しなければならない。何というストレス」と述べている。
記事は、これらは「ほんの数年前とは根本的に異なるチップ文化」であると指摘し、アメリカ社会に新たに生まれたストレスの要因だと見ている。
ちょっとした買い物の場面、例えばコンビニでガムを買うだけでも、チップを求められる。経済的に余裕のない未成年の客にまで同じ画面が表示されるため、店員としても気まずい思いをするケースがあるのだという。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は多くの消費者が、チップを「感情に訴える脅し(emotional blackmail)」になっていると伝えている。
■無人レジに支払ったチップは誰のものになるのか
チップは本来、良いサービスを提供してくれたスタッフへの心付けだ。しかし、店のオーナーが懐に入れているのではないかとの疑念を抱く消費者も少なくないようだ。
首都ワシントンのある消費者は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、「(店側はすでに)セルフレジによって人件費を削減しています。では、チップを要求する理由は何でしょうか? そして、誰に渡っているのでしょうか?」と不信感を募らせる。
チップは低賃金を補う役割も担っている。米連邦法は最低賃金を時給7.25ドル(約1000円)と定めているが、月30ドル(約4200円)以上のチップを受け取る労働者は例外が適用され、時給2.13ドル(約300円)が最低ラインとなる。
連邦法はまた、チップは店側の取り分としてはならず、従業員に与えるよう定めている。スタッフが客から直接受け取る場合もあれば、チップジャーに寄せられたチップを同時間帯にシフトに入っていたスタッフのあいだで分け合うこともある。
しかし、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、セルフレジなどの機械に支払われたチップには、連邦法の規定が及ばないおそれがあると指摘。店側はチップを従業員に配分すると説明しているが、一部または全部を店側の取り分としても違法性を問えないおそれがあるという。
■テイクアウト、キャッシュレス化で進んだ「チップ文化」の異変
店側はなぜ、あちこちでチップを請求し始めたのだろうか? 新型コロナ感染症のパンデミックを契機に、チップを取り巻く環境は大きく変化した。このことがひとつの要因となっている。
レストラン店内で食事をした場合、チップは最低でも15%、サービスが良ければ20%以上がマナーとされている。気前よくチップをはずむ客も多いようで、CNBCによると実際の支払額は平均25%ほどだという。
ところが、ドライブスルーやテイクアウトの広がりでチップを支払う客が減った。同記事によると、テイクアウトでは3人に2人はチップをまったく支払わず、払う客でも5~10%程度の額にとどまる。そのため店側は、会計端末で積極的にチップを請求し、失われた額を補いたい算段だ。
■20%以上のチップを払う人は1年で13ポイントの急減
米大手日刊紙のUSAトゥデイは、物価上昇によりチップの額が減少していると指摘する。
飲食店向けテック企業のポップメニュー社が昨年実施した調査によると、レストランで20%以上のチップを支払うと回答した人の割合は43%であった。一昨年の56%から13ポイント急落した。
こうしたなか、あからさまにチップをせびることを良しとせず、独自の施策に動いた飲食店もある。USAトゥデイ紙によると一部レストランでは、「従業員が必要とするお金を稼ぐ能力が、利用客の気分に左右されることのないよう」との思いから、チップを廃止しメニュー価格に上乗せした。店舗のオーナーは、「スタッフの生活の質を向上したかったのです」と語る。
だが、CBSニュースは、この動きには店側にリスクがあると指摘している。見かけ上の価格が上昇することで、ネガティブな口コミが発生するケースがあるという。
■簡単にチップ文化はなくならない
チップにも優れた面はあり、一概に問題であるとも言い切れない。客としても、懇切丁寧なサービスを受けた際には、親切心に報いたいという思いが働く。チップによって、お互い気兼ねなく感謝の意を示すことができる。
一方、建前上は善意の現れであるチップも、実際にはマナーの一部に組み込まれている。必要な場面でチップを支払わないことは常識に反する、という感覚がしっかりと根付いている。そんななか、あたかも当然のように規定のチップ額を表示する会計端末が登場した。
従来ならばチップなど気にせず気持ちよく会計を済ませられた場面で、いまや「チップなし」を選択するのは道義に反するのだろうか、そして払うならいくらが妥当なのだろうか、といった新たな葛藤を生じている。
人々にいっそうの困惑をもたらしているチップだが、それでもチップの慣習自体が容易に覆る気配はない。問題が露出するようになった現在でも、アメリカの多くのメディアは、すでにマナーとして定着していることから、チップの制度が廃れることはないと見ている。
「チップを払いますか?」との画面が表示されれば、ほかの客の視線が注ぐなか、「No」は選択しづらいのが実情だ。無人の機械からチップをねだられる新方式は、好むと好まざるとにかかわらず、今後も拡大してゆくのかもしれない。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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