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ブラック企業をすぐに訴えてはいけない…勤め先に「8年分の年収」を支払わせたモンスター社員の黒い交渉術

プレジデントオンライン / 2023年8月10日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

■年収500万円だったが、4000万円で和解

交渉は戦いだ。私は23歳と29歳の時に2社から不当解雇され、2つの労働裁判で和解交渉を複数回経験した。その際に会社側から最初に提示された金額は、どちらも最終的に支払われた金額の約7分の1だった。

つまり私は交渉により7倍近く、和解金を増額させたことになる。2社目を解雇された時は年収500万円だったが、最終的に4000万円で和解したので、実に8年分の年収に相当する。

なぜ私は交渉を有利に進め、高額な和解金を獲得することができたのか?

結論から先に伝えると、交渉術の一つである「BATNA」と「アンカリング」を駆使した。知識は武器だと私は思う。本稿が読者の皆さんにとっての武器になることを願いながら、まずは和解交渉がどのように進んでいくのか、私の実体験を紹介しつつ順を追って説明しよう。

不当解雇に納得できなかった私は会社を訴え、2年間ほど法廷で争い、いよいよ判決日が近づいてきた。私が勝訴した場合、裁判期間中に貰えるはずだった給与全額。さらに会社へ復職する権利。これら2つの戦果が手に入る(〈解雇通知書はカネになる…2社から裁判で計4700万円を勝ち取ったモンスター社員の「円満退社」の手口〉参照)。

■「和解金を支払う」と言われたが最初は拒否

そして、おそらく私の勝訴が濃厚だからだろう。裁判中、会社側から「和解金を支払うので、訴えを取り下げ、円満退社してほしい」と提案を受けた。そこで和解期日を設けることになった。裁判所内にある会議室のような部屋で、原告(弁護士も同席)と被告が交互に、黒い法服ではなくスーツ姿の裁判官に想いをぶつける。

そこでは紛争の当事者同士が直接話し合うわけではない。主張を終えて退出するのと入れ替わりでもう一方が部屋に入るという、裁判官を通した伝言ゲームのようなやりとりを行うのが司法界におけるリアルな和解交渉の姿だ。

会社側から和解案を提示されたものの、まったく心動かされない金額を提示された私は「和解ではなく判決でお願いします」と、裁判官経由でキッパリと和解拒否の意向を伝えた。

それから5分ほどたっただろうか。再び部屋に入るよう指示され、裁判官と向かい合うと、最初の和解金額から少し上乗せされた額を再び提示され、「いかがでしょうか」と告げられた。

私は、この提案も拒否した。安過ぎると思ったからだ。その後、同じようなやりとりが複数回行われた。日を改めたこともある。最終的に人生1回目の裁判は700万円。2回目の裁判は4000万円。高額な和解金を勝ち取ることに成功した。

■「判決」のカードを捨ててしまうのはもったいない

勘のいい方はお気付きかもしれないが、ここが交渉術のキーポイントだ。私はどちらの裁判でも「和解が決裂しても別に困らない。なぜなら判決で決着すればいいから」という代替案があった。この次善策を専門用語でBATNAと呼ぶ。

BATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement)。直訳すると、交渉が成立しなかった場合の担保となる策だ。交渉は強いBATNAを持っているほうが勝つ。後述するが、会社側は判決ではなく絶対に和解で決着したい社内事情があったとみられる。つまり会社側はBATNAを持っておらず、私の言いなりになるしか道がなかったのだ。

これは私が弁護士から実際に言われた言葉なのだが、どんな判決が出るかは蓋を開けてみなければわからない。判決後に控訴されるリスクもある。これらの事情もあり、大半の労働者は白黒ハッキリさせる判決ではなく和解の道を選ぶ。

裁判所が公表している令和2年度の資料によると、労働裁判は和解60.7%、判決23.7%、取り下げ11.2%、その他4.4%の割合で決着している。

だが、性格の悪い私は、どうせ和解になるからといって「判決」のカードを捨ててしまうのはもったいないと考えている。なぜならそのカードは相手にとって、大変に強力で迷惑なカードになる可能性が高いからだ。

机の上に木槌を置いて、書類を確認する裁判官
写真=iStock.com/seb_ra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seb_ra

■「担保」はハッタリでは意味がない

会社側の立場になって考えるとイメージしやすい。もし判決に持ち込まれて敗訴した場合、会社のメンツは丸つぶれ。法的に誤った判断を下した(しかも裁判にまで持ち込まれ、そして負けた)という事実は、敗訴の記録として公的に残るため、会社の一生の傷になるリスクがある。社内外からの信用失墜は避けられないだろう。当然、誰かが責任を取る必要も生まれる。

つまり、会社側からすると判決はリスクが高過ぎる。敗訴濃厚であればなおさら、何が何でも絶対に和解で終わらせたいはずだと私は冷静に読み切っていた。

このように、相手にとって何が嫌なのかを把握した上で「そこ」をBATNAで突くことができれば、交渉を有利に進めることができる。だから私は人生2回目の裁判で「賠償金として4000万円を支払うなら和解する。支払わないなら判決で構わない」と終始一貫して強気に主張し続けた。

ただしBATNAはハッタリでは意味がないので注意しよう。中身が伴ってこそ相手にとっての脅威になるし、自分にとっての保険になる。要は、本気度が大切になってくる。実際、誇張ではなく私は、和解だろうが判決(復職)だろうが、どちらでもいいと考えていた。

■積極的に狂っていくことは戦略上有効である

理由は複数ある。まず間違いなく私の負けはないと予想していたこと。仮に控訴されたらSNSなどで発信し、会社に少しでもダメージを与えようと企んでいたこと。判決(復職)後は社内で腫れ物扱いをされ、出世コースを外れた窓際社員になることは既定路線だろうが、楽な仕事をこなしながら定年まで給料を貰い続けることができると思えばそれほど悪くないと考えていたこと……。

このように交渉事において、モンスター社員を演じることは自身に有利に働く。普通はクビにされた会社に戻りたい社員など考えづらい。だからこそ、復職を振りかざせば相手に恐怖を与えることができる。吉田松陰は「狂え」という名言を残しているが、現代社会においても積極的に狂っていくことは戦略上有効ではないだろうか。

前述したBATNAに加え、2回目の裁判では新たに「アンカリング」と呼ばれる心理学を応用した戦略を使った。具体的には高めの和解金額を要求することで、相手の意識(目線)を少しでも高いところに位置づけさせるというものだ。

そもそもアンカーとは船の錨(いかり)のことである。錨を海中に突き刺すと、船は前後左右に多少は動くが、大きく動くことはない。これは人間心理も同じ。アンカーを突き刺した場所が無意識の内に「基準」となる。

■モンスター社員を復職させたらどうなるか…

また、そもそも和解とは基本的に「譲歩」を求められるのが普通である。例えば原告は和解金として1000万円、被告は500万円を提示してきた場合、裁判官と弁護士からは500万~1000万円の間で決着することが求められるだろう。譲歩を求められる以上、満額獲得は難しい。だが、初めから希望よりも相当高い1億円を提示すればどうだろうか。

当然、1億円では相手が首を縦に振ることはないだろう。だが徐々に金額を下げていき、「じゃあ1000万円でいいですよ」と再提示した場合、9000万円も譲歩していることに状況が上書きされる。人間は好意に好意で応えたくなる返報性の法則が働くが、譲歩も好意の一種であるため、これを全力で拒否するのは難しく感じてしまう心理が働く。結果、希望金額を獲得できる確率は高まるというわけだ。

次に重要なのは、判決で解雇が無効となった場合、従業員を復職させればどのような未来が待ち受けるか、会社にイメージしてもらうことだ。私は本気で復職を考えていたので、判決間近のタイミングで「復職後はこのような行動をします」と会社側に伝えることにした。下記がその一部だ。

■会社にとって違法行為を認めることは難しい

・労働組合を立ち上げる
・これまで違法労働した分の清算を求める
・不当解雇という誤った判断を下した責任の所在を明確化
・会社側は過去の株主総会で「定款や法令に違反する行為はありませんでした」と株主に伝えているが、不当解雇が認められた以上、虚偽の事実を株主に伝えていることになるので訂正を求める
(※筆者は裁判期間中に株を購入したため株主である)

既得権益にどっぷり浸かった上層部が何を思ったのか、私にはわからない。和解か判決か決めるのは会社側だが、結果として会社は和解の道を選んだ。

補足すると、厚生労働省のホームページには「精神障害の労災認定」のガイドラインが載っている。これによると、解雇は心理的負荷が非常に強いことが示されており、仮に復職後にメンタルヘルスの問題が発生した場合は労災認定される可能性もある。

オフィスでストレスを感じるビジネスウーマンのシルエット
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

■裁判を起こす前にまずやるべきこと

ここまで述べてきたことを総合すると、交渉において「被害者カード」の威力は絶大である。被害者であることが認められた時点で基本的に「負け」はないからだ。さらに言えば、会社を訴える前に「自分は被害者である」という事実をしっかり作っておくことを強く勧めたい。

会社との直接交渉もいいが、個人的にオススメなのが労働局の「助言」「あっせん」という制度だ。労働局に紛争の仲介に入ってもらう制度で、無料で利用できるし1~2カ月以内にほとんどの事件が処理される。私も人生で2回、助言の制度を利用した。国が間に入ることで会社側の横暴な態度が改まる可能性もあり、ここに紛争解決の糸口が見いだせる。

よって、不当解雇されたからといっていきなり裁判に踏み切るのではなく、直接交渉や労基署を交えた話し合いで、「私は問題が大きくならないよう努力しました。しかし会社は過ちを認めず、そのせいで裁判にまで問題が悪化しました」といったストーリーを作っておくことが最善策だ。裁判前に解決できればそれに越したことはないし、ダメだったとしても後々の交渉で「被害者カード」を強化することができるからだ。

■交渉はカードゲームに似ている

最後に、ブラック労働に苦しんで労基署に駆け込むか、会社を訴えることを検討している人に伝えたい。労働紛争の場では自分と相手は言わずもがな、弁護士や裁判官にもそれぞれの利益、思惑がある。この点は忘れがちなので強く強く意識すべきだ。

中でも弁護士は、早期の和解を熱心に勧めてくる。彼ら彼女らは正義の味方ではなく、あくまでビジネスパートナー。もちろん依頼人の利益を最大化することを真摯(しんし)に考えているかもしれないが、弁護士にとっての利益を犠牲にしてまで依頼人を助けるとは考えにくい。

弁護士の立場になってイメージしてほしい。判決まで争って勝訴した場合、100万円を獲得できそうな案件があったとする。しかし、相手側は和解であれば300万円を支払うと言っている。弁護士報酬は獲得金額の30%。

依頼人は「お金が目的じゃない。白黒ハッキリさせるまで戦う」と意固地になっているが、正直、勝てるかどうか微妙な案件だ。また、裁判はまだ始まったばかりで、判決まで争うとなると1年近くの時間を要する。

しかし和解なら明日にでも解決できるかもしれない。担当している訴訟案件は他に何十件もあり、休日出勤や睡眠時間を減らして何とか回している……。このような状況で、弁護士は依頼人にどのような戦略を提案するだろうか?

交渉はカードゲームに似ていると私は思う。弁護士や裁判官がすぐに和解を勧めてきても動じず、切り札のカードをどのタイミングで出すべきか、じっくり考えながら会社と戦うべきだ。

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佐藤 大輝(さとう・だいき)
ブラック企業元社員
23歳の時、不当解雇されたブラック企業を訴え、20カ月間争った後、和解金700万円を獲得。29歳の時、不当解雇されたグレー企業を訴え、24カ月間争った後、和解金4000万円を獲得。神戸市在住の現在32歳。趣味は読書、バドミントン、海外渡航。これまでにバッグ一つで世界25カ国を旅した。ビジネス書と小説、どちらもベストセラー書籍を出版するのが夢。

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(ブラック企業元社員 佐藤 大輝)

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