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「負け組」と呼ばれ、花瓶を投げられる…妻からのDVに苦しむ40代男性がそれでも妻への感謝を語るワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月11日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chachamal

妻からのDVに苦しむ男性がいる。近畿大学の奥田祥子教授は「私が取材した30代の男性は、出世競争に敗れたことがきっかけで妻からDVを受けるようになった。妻からは『負け組』と呼ばれ、花瓶を投げつけられることもあった」という――。(第1回)

※本稿は、奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■「結婚するなら事務職がいい」と語る30代の男性

働く女性の育休取得率が今よりも20ポイント以上低い64.0%にとどまるなか、女性が育児などと両立して働くことを支持する世論が高まり始め、企業にも両立支援策の整備が求められていた2002年、大手ゼネコンに勤務する当時32歳で独身だった山田康平(やまだこうへい)さん(仮名)は、理想の結婚相手について、開口一番、こう持論を展開した。

「家事や育児など家庭での役割に専念してもらって、絶対に仕事はしてほしくないんです。だから、結婚するまでの仕事はバリバリ働いているよりは、事務職のほうがいいかなと。男は職場の厳しい競争を勝ち抜くために毎日、必死に頑張っているわけですから、妻になる人にはしっかりと家庭を守り、夫が家に帰ったら安らげるようにしてもらいたいんですよ。男はみんな本音では、妻には家庭に入ってもらいたいと思っているもんですよ」

職場など公的なシーンでは、「男は仕事、女は家庭」という固定的な性別役割分担意識を明らかにする人は皆無な時代をようやく迎え、インタビューでも最初から山田さんのように本心を歯に衣着せぬ物言いで話す男性はほとんどいなかっただけに、彼の今後の生き方を追い続けたいという取材者としての血が騒いだのを昨日のことのように思い出す。

そして3年後の2005年、山田さんは35歳の時に2歳年下の元メーカー勤務の女性と結婚する。専業主婦として家庭を守ってくれる女性を射止めたが、当初彼が話していた事務職ではなく、大学卒業後、大手メーカーに総合職採用で勤めていた女性だった。

■キャリアを棒に振って結婚してくれた妻

「バリバリ働いていた元キャリアウーマンのほうが、職場のパワーゲームもわかっていて、心強いですね。妻の前に、事務職の女性でお付き合いした人は何人かいましたけれど……自分が尽くすよりも、相手への依存が強い女性ばかりで……。その点、妻は自分のキャリアを棒に振ってまで、私のために尽くしてくれているわけですから。プロポーズを受けてくれた時、『仕事での夢を果たせなかった私の分まで、頑張って。応援しているから』と言って、くれて……本当にうれしかった。30代半ばになるまで結婚相手を見つけられず、焦りましたが、この年まで待って、本当によかった、です……」

リゾートウェディングで手をつなぐカップルの手
写真=iStock.com/imacoconut
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imacoconut

結婚から半年後のインタビューで答えてくれた山田さんは終盤で、感極まって言葉に詰まった。男女雇用機会均等法施行(1986年)直後に総合職として就職した「均等法第一世代」の女性が理想と現実とのギャップに苦しんで辞職するケースが少なくなかったのに比べ、「第一世代」よりは数年若い世代となる妻には、一定の能力を発揮する機会が与えられていたのではないだろうか。

山田さんが感謝していた、妻が仕事で活躍するチャンスを手放して家庭に入る選択をしたことが、ある出来事を機に夫婦関係に亀裂を生じさせる引き金になろうとは、この時は予想だにしていなかった。

■妻の助けもあり、実績を上げて出世できたが…

山田さんは20歳代の数年を除いて、営業畑ひと筋に歩んできた。結婚翌年には長女が生まれ、さらに関西にある支社に勤務中に長男も誕生し、2008年に家族4人で東京本社に戻った38歳の時、同期の先陣を切って課長に昇進した。

「総合職で働いていた経験のある妻は、職場で男が出世の階段を上がっていくためにどれだけ大変な思いをしているのか、よく理解してくれています。妻が子育てを一手に担い、家庭をちゃんと守ってくれているからこそ、私は仕事だけに集中できるし、家に帰ればほっとして職場でのストレスも軽減できる。だから、実績を上げることができ、順調に管理職ポストに就けたんです。すべて妻のお陰で、妻には本当に感謝しています」

課長昇進直後の慌ただしい時期にもかかわらず、山田さんはインタビューに応じ、職場の出世競争の第一段階ともいえる課長ポストを手にした喜びから満面に笑みを浮かべて話した。その語りには「妻」という言葉が幾度となく登場した。さらに、こう言葉を継いだ。

「社内結婚した同僚が何を思ったのか、保育所の送り迎えなど夫婦で子育てを分担しているんですが、本人も奥さんもいつも険しい表情をしていて、大変そうです。あれじゃあ、子どものためにもならないし、夫婦仲も悪くなるんじゃないでしょうかね」

■部次長昇進を目前にして“マタハラ”で降格させられる

時は、働く女性が仕事と家庭を両立できるよう、実効性のある支援策を推進するため、企業が本格的に取り組み始めていた頃である。山田さんの見解はある意味、時代の潮流に逆行することにもなるわけだが、彼は堂々と、自身が思い描いた通りの「男は仕事、女は家庭」という夫婦の役割分担が奏功していることを強調した。しかしながら、順風満帆なのはこの頃までだった。

課長ポストに就いてから4年後の2012年、部次長昇進も間近と目されていた42歳の時、部下の女性から育休取得を契機に嫌がらせを受けたとして、人事部のハラスメント対応窓口に訴えられるのだ。訴えた本人のほか、同じ職場の社員へのヒヤリングを経て事実認定され、数カ月後の定期人事で山田さんは子会社の建設工事会社への出向を命じられた。

オフィスでストレスを抱えている男性
写真=iStock.com/shironosov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironosov

ちなみに職場での妊娠、出産、育休取得などを契機とする嫌がらせであるマタハラ(マタニティハラスメント)という言葉・概念は14年の新語・流行語大賞の候補に選ばれるなど、2010年代前半から少しずつ世に広まりつつあったが、実際に法律でマタハラ防止措置が企業に義務付けられたのは17年のこと。山田さんが女性部下から訴えられた当時、マタハラ問題を認識していた管理職はそれほど多くなかっただろう。

■「出世を目指す女性」が理解できなかった

子会社出向から1年ほど過ぎた13年、山田さんは動揺を隠せない青ざめた面持ちで重い口を開いた。

「育休を取得させなかったわけでも、嫌がらせをしたわけでもないのに、その女性部下は『職場復帰してから十分な仕事を与えられず、管理職を目指して能力を発揮する機会を奪われた』などと訴えたんです。事実無根の訴えでしたが、私には事情を説明する機会ももらえませんでした。それで子会社に左遷なんて、全く納得できません。ただ、個人的な思いが、そのー、なんというか……」

「個人的な思いが、ハラスメントにつながった可能性があるということですか?」

「いや、今でもハラスメントだったとは思っていません。ただ……仕事と家庭を両立させて働き続けたいというだけでなく、出世まで目指す女性の働き方がどうも理解できなかったというか……。そんな思いが顔色や態度に出てしまっていたでしょうし、実際に職務を遂行できるのか不安で、育休前と比べて軽い仕事しか任せられなかったのも事実なんです……」

山田さんへのインタビューからだけでは、実際にマタハラがあったかどうかは判断できないが、彼自身が理想とし、実現してきた根強い男女の性別役割分担意識を背景に、無自覚のまま、女性部下へのマタハラ行為に及んでいた可能性があることも否定できないだろう。

■妻から「負け組」と呼ばれ暴力を振るわれる

この出来事が、夫婦関係に暗い影を落とすことになるのである。出向により、子会社の課長職に就いてから3年が過ぎた2015年、元いた会社との労働契約を終了。子会社と労働契約を結ぶ転籍となった。その後2年ほど連絡が取れなくなっていたが、17年、ようやくインタビューが実現した。

子会社の部長職に就いていた47歳の山田さんは白髪が目立ち、覇気がない。課長に昇進し、意気揚々としていた頃とはまるで別人のようだ。どう声をかけていいか考えあぐねていた時、彼は静かに淡々と語り始めた。

「実は……妻から暴力を受けまして……」

思いもよらない告白に、質問の言葉に詰まってしまう。

「それは、そのー、つまり……」

「DV(ドメスティック・バイオレンス)です。私が子会社に転籍となり、元の会社に戻れる可能性がなくなってしばらくしてから始まりました。『出世すると言っていたのに、約束が違う』『自分は仕事を辞めて、あなたに賭けていたのに……』『負け組になるなんて……こんなはずじゃなかった』などと一方的に責め立てられ、口論になることが増えて……。そのうちに会話がほとんどなくなったかと思うと……今度は、妻の気持ちの昂(たかぶ)りが暴力として現れるようになってしまったんです。どうしてこんなことになってしまったのか、夫として、男として本当に面目ない、です……」

ソファに座ってうなだれる男性
写真=iStock.com/kimberrywood
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kimberrywood

■父親に対する暴力にショックを受ける子供たち

妻はリビングの棚に置いてある花瓶や家族写真の入ったフォトフレーム、雑誌などを手当たり次第に山田さんに投げつけ、さらに顔や体を殴る、蹴るなどの暴行を加えるようになったのだという。たまたまその様子を目撃した当時、小学3年生の長女(9歳)と小学1年生の長男(7歳)は、ショックから母親とも父親とも会話ができなくなってしまったらしい。

両親の不和が、「面前DV」による子どもへの心理的虐待をもたらした罪は重い。妻からのDVが始まってから1カ月ほど経た頃、子ども2人を東京郊外に暮らす山田さんの実母に預けた。彼自身も1週間程度、最寄りのサービスエリアで車中泊しながら自宅近くまで行って外から妻の様子を観察していたが、このままでは妻自身が危険と判断し、義母を自宅に呼んで妻の面倒を見てもらうことにした。

子どもたちは、祖母が温かく世話をしてくれたこともあり、少しずつ元通りに会話ができるようになったという。妻と別居してから2年。妻は躁うつ病と診断され、精神科のクリニックで投薬治療を受けていたが、ほぼ回復し、必要な時に精神安定剤を服用している程度だという。

■夫婦関係も改善し、事業本部長に昇進

妻とは、子どもたちを連れて毎週末、自宅まで会いに行っているらしい。「そろそろ同居を再開しようかと、妻と話し合っているんですが……正直、自分に夫として、男として自信がないために、ためらってしまうんです。出世競争に敗れた私はもう、妻が結婚時に理想としていた夫ではありませんからね。果たして受け入れてもらえるのかと……」

2018年、約2年半の別居を経て、山田さん家族は再び一緒に暮らすことになった。別居が始まった頃からずっと妻に寄り添ってくれていた義母を加え、5人での生活がスタートしたのだ。同居再開当初のインタビューでは「元の鞘(さや)に収まるまでには時間がかかるかもしれません」と不安も口にしていたが、「子どもたちが元気に成長していく姿が、2人の絶好の話題となって、関係の改善を後押ししてくれています」と話し、次第に夫婦の自然な会話が増え、再び心を通わせていく様子が伝わってきた。

53歳になった山田さんは現在の会社での在籍も10年を超え、地道に実績を上げて1年前に事業本部長に昇進した。妻は下の子どもが中学校に進学したのを機に、2年前から契約社員として働いているという。

■それでも妻の存在が自分を支えてくれた

「妻は今、生き生きとしています。そもそも、家庭に閉じ込めておくべき女性ではなかったのかもしれませんね」と、23年春のインタビューで笑みを浮かべて開口一番、口にしたのは妻の話だった。

奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)
奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)

「私はあと2年で役定(役職定年)で、それが職場のパワーゲームの実質的なゴールとなりますが、元の会社に戻れないことがわかってかなりへこんでからも、何とかふんばることができたのは……やはりいろんな意味で、妻の存在が大きかったと思います。一度は妻を後悔させ、私に暴力を振るわせてしまうまで関係が悪化しましたが……一日も早く元の夫婦、家族に戻りたいという強い思いがあったからこそ、ここまで、頑張れ、たん、です……」

落ち着いて話していたように見えたが、感極まったようで言葉に詰まる。そして、いったん顔を上げて深く息をしてから、こう続けた。

「今振り返ると、妻に、出世の階段を勢いよく上がっていく格好いい男の姿を見せたくて、妻の顔色ばかりうかがっていたなと思うんです。ある意味、妻にコントロールされていたんでしょうね。まだこれからの人生、長いですから、少しずつ、ゆっくりと、夫婦関係を再生していければと思っています」

一言ひと言噛みしめるように語る表情に、かつてのような気負いは見られなかった。

■「男らしさ」がDV被害を受けた男性を追いつめている

DVも、「夫が加害者で妻が被害者」という世間の思い込み、先入観がある深刻な問題のひとつである。夫婦間のDV被害経験者の性別では男性も一定割合いて、女性に比べて男性はDVを受けても相談しない傾向にある。

内閣府が3年ごとに実施している「男女間における暴力に関する調査」の2020年度調査によると、これまでに配偶者からDV被害に遭った経験のある人の割合は、女性が25.9%、男性が18.4%だった。被害経験者に誰かに打ち明けたり、相談したりしたかを尋ねたところ、「相談した」が女性は53.7%と過半数を占めたのに対し、男性は女性よりも20ポイント以上低い31.5%にとどまった(図表1)。

【図表1】配偶者からの暴力について相談したか
出所=『シン・男がつらいよ』

もともと他者に弱みを見せられず、男性は女性よりも強くあるべきという旧来の性規範に縛られているがゆえに、被害を相談しにくい傾向にあると考えられる。

都道府県の婦人相談所などが設置する、DV被害者の一時保護施設、いわゆる「シェルター」は大半が保護対象を女性に限定している。男性のDV被害者については公的支援が行き届いていないのが実情で、妻に居場所を知られないようにするため、インターネットカフェで過ごしたり、自家用車で車中泊したりするしかない男性被害者もいる。

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奥田 祥子(おくだ・しょうこ)
近畿大学 教授
京都生まれ。1994年、米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。日本文藝家協会会員。専門はジェンダー論、労働・福祉政策、メディア論。新聞記者時代から独自に取材、調査研究を始め、2017年から現職。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。著書に『捨てられる男たち』(SB新書)、『社会的うつ うつ病休職者はなぜ増加しているのか』(晃洋書房)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)、『男が心配』(PHP新書)、『シン・男がつらいよ』(朝日新書)などがある。

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(近畿大学 教授 奥田 祥子)

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