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決して好きで痛い思いをしているわけではない…「リストカットを繰り返す少女たち」の悲しい共通点

プレジデントオンライン / 2023年8月11日 9時15分

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部部長で精神科医の松本俊彦氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

女子中高生の12.1%は「リストカットの経験がある」という調査結果がある。調査した精神科医の松本俊彦氏は「彼女たちの多くは、怒りの感情をストレートにぶつけられず、つらい記憶や感情を打ち消すために自傷してしまう。親など周囲の人は、頭ごなしに否定するのではなく『何があったの?』と声をかけてほしい」という。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが聞いた――。

■なぜ少女たちは自分の腕を傷つけるのか

新宿・歌舞伎町で警視庁が「トー横キッズ」の一斉補導を実施し、26人が補導されたと報じられたのは、夏休み直前の7月16日だった。歌舞伎町を居場所とする中高生をトー横キッズと呼ぶ。ここ数年は低年齢化が進み、文字通り、小学生のキッズも紛れ込んでいる。

家に安全な居場所がなく、人の繋がりを求めて歌舞伎町に集まってくる女の子たちの多くが、カミソリやカッターナイフで自らの腕を傷つけるリストカットをしている。援助交際やデリヘルなどに入り込む女の子もいて、彼女たちのリストカット率は極めて高い。

彼女たちがリストカットをせずにいられないのはなぜなのか。そのわけを依存症の研究者で精神科医の松本俊彦氏(国立精神・神経医療研究センター)に聞いた。

女子中高生の12.1%。これは松本氏が行ったリストカットに関する調査結果だ。さらに、一度でもリストカットをしたことのある人のうちの6割が、10回以上繰り返していた。実は女の子たちにとってリストカットは遠いものではないのだ。

■心の痛みを克服するために身体の痛みを使う

自分では手に負えない感情に対処するため、つらい感情を一時的に緩和するための行為、それがリストカットだと、松本氏は語り始めた。

「居場所のない子どもたちが煙草の火を腕に押し付け合う根性焼きという現象が見られたのが80年代でした。根性焼きもリストカットも自傷行為です。細かく考えれば、聖書にも自傷と思しき描写がありますし、禅宗では僧侶が過酷な修行をする、あれも自傷的です。歴史を遡っても、人間は耐え難い心の痛みや困難を克服するのに身体の痛みを使うというのがあったと思います」

松本氏は薬物依存症をはじめ依存症を30年にわたり研究している。リストカットは2000年代に入ってその数が目立ってきたという。

女の子がリストカットをする際、心の中ではどのようなことが起きているのか。

■生き延びるために自傷を繰り返すのだが…

「本人ははっきりと言葉で説明することができないのですが、われわれ精神科医が整理すると、それは、怒りや恐怖、緊張がごちゃまぜになった、名前をつけることのできない強烈な感情です。生きているのか死んでいるのかさえわからない不気味な感じです。その感情が心に渦巻いている状態から回復するために、本人は解離状態になります。自分自身から解離することによって、言葉にならない強烈で不気味な感情をリアルに感じないで済むのです。

でも、つらい感情が去ったあとも解離状態が続いていると気持ちが悪い。それで腕を切るわけです。すると最初は痛みを感じないのが、ザクザク切っているうちにだんだん痛みを感じるようになってきてそこで現実を取り戻すのです」

死ぬことを目的として行為の結果を予測して自分の体を傷つける自殺に対し、非致死的な結果を予測して傷をつけるリストカットは、生き延びるための行為なのだという。それでも、10代での自傷行為経験者の10年内自殺既遂リスクは400~700倍にもなる。長期的に見ると自殺の危険因子でもある。

また、生き延びるために自傷を繰り返す少女たちだが、初めての自傷の際には死のうと思っていたというケースが実は多い。

■オーバードーズや摂食障害も「死」と隣り合わせ

「死にたいと思いつめて自傷したけれど、失敗した。ところが、死にたいくらいつらい状況を一時的に生き延びるのに自傷は役立つと発見してしまうわけです。リストカットによる苦痛の緩和が報酬となって、自傷が常習化していく。依存性があるため効き目が弱くなっていって、当時と同じ効果を維持するために頻度や程度がエスカレートする、また、手段や方法が過激になっていきます」

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部部長で精神科医の松本俊彦氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

市販薬や睡眠薬を過剰服用するオーバードーズや、過食・拒食も、自分を傷つける行為だ。オーバードーズは、つらい記憶や感情がフラッシュバックした際に、死にたい、消えたい、怖いといった意識をシャットダウンすることができる。

だがだんだん効きが悪くなるため致死量を超えて服用してしまう危険がある。昏睡(こんすい)するほどに効かず酩酊(めいてい)状態になった場合、衝動のコントロールが悪くなり、つらいという感情から自殺念慮が生じて飛び降り自殺や首吊り自殺の衝動に突き進んでしまうこともある。

■彼女たちの根っこにあるのは「怒り」

リストカットをする女の子たちは、ボディピアスやタトゥーを好む傾向にもある。彼女たちにとってのボディピアスやタトゥーは、ファッションであるのと同時に、本人は軽い解離状態で痛みに鈍くなっているため、例えば、舌にボディピアスを入れているとゴツゴツとした異物感があることによって舌があることを自覚できる。生きている実感を得るのだ。

リストカット、オーバードーズ、過度な飲酒など、複数の自傷をする、複合的な自傷行為へと進んでしまうのは、心の傷が深い、重症であることの表れだという。

彼女たちの感情の根っこにあるのは「怒り」だと松本氏は指摘する。

「彼女たちの多くは、自傷に関連する感情として怒りを抱えています。それも、人生最初に怒りを感じた相手、それはしばしば、自分がいちばん大好きで認めてもらいたい人に対する怒りなんです」

つまり、親に対する怒りをストレートに親にぶつけられないというのだ。

暗い建物の通路を歩く若い女性
写真=iStock.com/xijian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

■決して好きで痛い思いをしているのではない

過干渉を含む虐待、子どもの目の前で両親が喧嘩する「面前DV」、ネグレクト、あるいは性暴力被害の記憶。父親や兄弟からの性被害を受けた人もいる。そうしたつらい出来事が自分の身の上に起きたということを自覚して生活の中に位置づけると、死にたくなってしまう。だから、自分の勘違いだというふうにして記憶の底に沈める。だが、フラッシュバックしたときにつらい記憶や感情を打ち消すために自傷する――。このサイクルができあがっていく。

一見すると母と娘の関係に問題があるようでも、実は父親がサポーターになっていなかった、夫婦関係が悪かった、など、父と母の関係性の影響も考えていくと、母子関係にとどまらない家族の問題が浮かび上がってくる。

「自傷はひとつの表れであって、その背景に何かがあるという理解がまず必要です。彼女たちは好きで痛い思いをしているわけではありません。身体に傷をつけてまで封じ込めたいほどのつらい出来事の記憶がある。その理解が大切です」

■「何があったの?」から始まる関係がある

頭ごなしに「やめなさい」と言うのは意味がない、そして、もしリストカットに気づいたら、「何があったの?」と言葉をかけるよう松本氏は勧めた。

「親はショックかもしれません。でも、感情的に反応すると余計にエスカレートしたり隠すだけになったりします。何かあったの? と尋ねてみても、本人は言葉にすることはできないと思うのですが、次、切ったらちゃんと教えて、と親御さんは娘さんに語りかけてほしい。自傷について親子で話せるようにして、ひどく切ってしまったときや切っても効き目がなくなったときに、早めに教えてもらえるような関わりをつくった方がいいです」

だが、親との間にそのような対話が成立していれば、そもそも女の子たちは自傷しないのではないか。ところが、松本氏は、そこから対話が始まった家庭があると、次のケースを話した。

その家庭では、母親に過干渉の傾向があった。娘がリストカットをするのに気づいた母はしばらく気づかないふりをして時期を過ごしたが、不安になり松本氏の勤務する病院に相談に訪れた。そこで母親はリストカットとはどういう行動なのか説明を受け、感情的にならずに娘のリストカットに向き合う方法を学んだ。

■親が「育て方が悪かった」と自責する必要はない

「リストカットが少なくともすぐに死ぬ行動ではないこと、今すぐ死ぬのを延命している行動でもあること、でも上から押さえつけると、リストカットの背景を話せなくなってしまう、というメカニズムを、お母さんに説明しました。その結果、親が感情をコントロールして向き合えるようになったのがよかったのでしょう」

親に対してのアドバイスを求めると、松本氏はこう話した。

「自分の育て方が悪かったんじゃないかと言うお母さんもいらっしゃいますが、自責するのはおかしい。どの家にも問題はあるわけですから。年をとってから子どもに爆発されるのではなくて、今、たまっていたものが出た、ということで、それをきっかけに、自分たちの家庭のあり方について、修正すべき点はどこなんだということを早めに言葉にして話し合う。そして自傷について子供と会話できる関係をつくっていったほうが良い」

自傷行為の背景や言葉にできないつらい感情の程度には、女の子一人ひとり、グラデーションがある。複合的な自傷行為へと進んでしまった末に自殺念慮が強まった結果、自死してしまった患者も残念ながらいるという。

■「自分は大事じゃない存在だ」という悲しい意識

「例えば僕が外来で診ているリストカットする女の子たちの多くが、風俗でバイトしています。風俗をする子たちの多くが子ども時代に性的な虐待や身体的な虐待を受けていて、自分は大事じゃない存在なんだという意識が染み込んでいます。僕の調査では、精神科外来に来る10代の女の子の67%が深刻なトラウマを抱えていました。人生のどこかで暴力の持つパワーを体験している人たちです。

精神分析の専門家の中には、自傷行為は子ども時代に体験した家族ドラマを象徴的に再現しているという説を述べる人もいます。つまり、切る自分と切られる自分とその一部始終を無力感を持って眺めている自分、それは暴力を振るうお父さん、殴られているお母さん、両親がこんなに中が悪いのは、私が生まれたからこうなったんだと勝手に意味付けしてしまう子ども自身という三者をリストカットによって再現しているというのです。そういうセルフイメージを持っている女の子たちが、風俗やAV出演の誘いに敷居が低くなっているのは間違いありません」

風俗も自傷行為と捉えることができる。風俗で見知らぬ男性に抱きしめられているとこの世にいていいんだという感情を持つことができると松本氏に話したある女の子は、その繰り返しによって少しずつ自己愛をためていき生き延びられている。一方で、風俗で働くうちに自傷がエスカレートして性的なトラウマの蓋が開き、覚醒剤に手を出してしまった女の子もいる。

「物事にはポジティブとネガティブの両面がある、その最たるものが自傷行為だと思います。だから、自傷を頭ごなしに否定するのは意味のないこと」

■精神科医が「話を聞くことしかできない」と言う理由

親との関係をはじめ、人によって傷ついた女の子たちが、必要な出会いを得て、回復していく可能性もあるという。その土台を整える大切な場となるのが診察なのだ。だが、松本氏は意図的に女の子に期待させないようにしている。

「そもそも人を信じることのできない子たちですから、変に期待を持たせてがっかりさせることは避けなくてはなりません。ですから僕に任せてなどとは決して言いません。『できることは話を聞くことだけなんだよねー、しかも5分だけ』(笑)と最初に限界を明示して、『でも、応援しているからね』と」

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部部長で精神科医の松本俊彦氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

そうしてなんとか嵐をしのいでいくうちに、恋愛や友達との出会いによって、女の子たちが自分から変わっていくこともあるという。

嵐が吹き荒れる間、最も苦しいのは女の子本人だ。周囲の大人にできることは、感情的にならずに、自傷について話せる関係をつくること。このスタンスを大人が心得て初めて、リストカットをせずにいられない心のうちを知る一歩が始まるようだ。

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。ニッポンドットコムで連載した独立書店の取材『たたかう「ニッポンの書店」を探して』をもとに再取材。今秋、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版予定。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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