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NHKを叩いても生き残れるわけではない…新聞協会のロビー活動がダメすぎるレベルに落ちた根本原因

プレジデントオンライン / 2023年8月9日 19時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

■日本新聞協会の理解しがたい主張

NHK(日本放送協会)の今後を巡る公共放送ワーキンググループ(総務省)での議論も大詰めに差し掛かってきております。

ここにきて、経営的に厳しくなっている地方紙を中心に反NHKの機運が高まり、なぜか日本新聞協会(メディア開発委員会)が「自由民主党のヒアリングに応じる」という形で永田町に突撃。NHKのネット対応について、NHKニュースなどのテキスト配信に対して民業圧迫であるという趣旨のロビー活動を堂々と行い、何してんのという感じになります。

一連の、NHKネット必須業務化に反対する論陣を張る日本新聞協会の論点は「NHKが無料でニュース配信をネットでやると、地方紙の言論の多様化が失われる」などという、サンドウィッチマン富澤たけしが「ちょっとなに言ってるんだか分かんない」というレベルの内容で、新聞協会に関わる人の知性が疑われる事案になっているのが気になるところです。

また、国民から放送受信料を取る立場にあるNHKは、国民の知る権利を最終的に担保する存在であるにもかかわらず、カネ払えと言われる国民からすると罵声の対象となるのもまた事実です。NHKどころかテレビも観なくなりつつある一部国民からすれば、受益もないのに払えと言われるのは厳しいものがあります。

本来は、国民の知る権利の充足のために採算度外視の教育番組を作ってくれたり、災害時には現地に人を張り付けて災害情報を被災者のために流してくれたりするという民主主義の牙城とも言えるものなのですが、ガバナンスがグダグダだと批判され、今後のNHKがどうしたいのか分からないとまで言われてしまうと「NHKなんてやめちまえ」という話が出てきてしまうのも当然です。

■公共放送としての立場を問われているNHK

国民の知る権利とそれを支える言論・表現の自由は、私たちの民主主義を支える根幹であるため、本来ならば、なるだけ政府から独立した存在であるべきです。

にもかかわらず、NHKの経営委員は衆参両院の同意を得て総理大臣が任命し、その経営委員会がNHK会長を選任するよって話なので、これで政治のおもちゃになるなと言われても酷なのも事実です。その経営委員一人ひとりは立派な人物かもしれないけど、NHKというメディアの経営やネットでの情報流通についてはザ・素人を12人選んでNHKを経営しているわけですから、これはもう上手くいくはずがないんですよ。

選任の経緯や過去の問題については、境治さんの記事や塚田祐之さんの記事を参考にされてください。

2021年11月に総務省で「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」が立ち上がる前から、そもそも公共放送とは何か、地上波が衰退しネット全盛に移り変わる現代において放送行政はどうあるべきかはずっと議論がなされてきました。

デジタル情報空間とか、オールIP化などのテーマ別の論点に乗っかる形で、どのような組織体制でNHKが運営され、何を目標に公共放送を再定義し実施するにあたり、いかなるガバナンスでネット時代の公共放送を実現するのか、というビジョンがなければ話にならないのは当然です。

■「民放対NHK」という構図は成り立たなくなっている

新聞社各社も通信社も、おカネを取って国民に情報を衆知させるメディアとしての機能を担っているという点で、確かにNHKと同じ土俵だとも言えます。人口減少下の低成長日本経済で、どうやってメディアとして経営を継続するのかという難題に取り組んでいるわけですよ。

例えば、朝日新聞の20年度決算では創業以来最大となる458億8700万円もの大赤字を記録し大騒ぎとなった後、23年3月期連結決算は2年ぶりに営業損益が4億1900万円の赤字となっています。

朝日新聞東京本社
朝日新聞東京本社(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

テレビ局では、23年3月期決算において民放キー局5社は純粋な地上波衰退の環境から一転、増益基調に回帰してきました。もちろん、地上波単体の事業で言えば四半期で二桁%の売上減というキー局もあります。その下落基調をネットなどで配信される広告による増収や「副業」の不動産事業などでの堅調な収益が業績を下支えしているのは、いわば地上波一本足での経営環境からの脱却を推し進め、ネット配信やイベント興行にも事業をスライドし、いわばコンテンツを作り出す力を起点に収益構造の多様化を推し進めてきた成果であるとも言えます。

一連のNHK改革の論点において、民放連(会長は遠藤龍之介さん・フジテレビジョン取締役副会長)がNHKのネット進出に強い反対意見を出さなくなったのも、これらのネットでの競争において、国内の民放各局対NHKという構図ではないという理解が浸透してきたことが理由とも言えます。

つまり、日本の放送業界やメディア各社がネット業務を巡って戦いを繰り広げるのはあくまでコップの中の嵐に過ぎず、実際には全社が集まっても太刀打ちできないほどの巨大資本になっているNetflixやAmazon、YouTube(Google)やTikTokなどのネットメディアに顧客も広告費も奪われていったことが背景にあるのです。

■新聞社は「記者の高給」を維持できなくなってきた

言わば、日本語圏でのメディア各社の競争という時代は過去のものとなり、いまでは海外の大規模コンテンツ企業やSNSメディアとの戦いになっているのだ、という根本的なところを忘れて「NHKが担うべきサービスとは何か」が議論されなければならなくなっている、と言えます。

同じことは、新聞社や通信社、雑誌社などもネット対応を進めて読者からおカネを払ってもらえるコンテンツ制作にシフトする、それが可能になるガバナンスを経営陣が打ち立てる必要があります。

朝日新聞もさすがに分かっていて、全社方針としても頑張ってデジタル化を進めているにも関わらず、それによって得られる収益改善効果よりも既存の新聞記者に支払っている高い給与やそれを支えてきた紙の新聞の売り上げが大きく落ち込んだ結果、新聞社や通信社が抱えてきた宝とも言える優秀な新聞記者と良質な記事が維持できなくなってきたことが、重要な背景です。

大手新聞社ですら収益を生む事業の価値創出に苦労しているのに、環境への対応がむつかしくなっている地方紙(ローカル紙)の問題はより深刻です。そもそも地域に住む人口が減少に転じて久しく、地域経済の縮小が深刻な問題となると、人がいないのにメディア事業が収益を伸ばせるはずがないという状況に陥ります。

これはもう、紙に印刷して情報を読者に届けるという新聞業界全体が、取り返しのつかないザ・不採算となるのは間違いありません。これ以上、高給の記者を置いておくことはできないし、記者クラブや全国の支社を抱えておくこともむつかしい、となると、通信社などから配信されてくる記事に頼りながら、コタツ記事をネットで配信するなどして小銭をかき集めるぐらいしかできることがなくなってしまいます。

積み重ねて置かれた新聞
写真=iStock.com/Razvan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Razvan

■ロビー活動をしても生き残れるわけではない

大手新聞系列でもスポーツ紙や夕刊紙も厳しい状況に陥っており、ネットで出回る低質な芸能・スポーツ記事は、いまや雑誌社系ニュースサイトよりもスポーツ紙が起点となる状況になってしまいました。ここのネット配信と広告による収益が細ると、本当に地方紙もスポーツ紙も倒産してしまいかねない状況になるのも当然と言えます。

日本新聞協会は、業界団体としてこれらの汲々とした事業の状況を踏まえて必要に迫られ自民党に情けない陳情を繰り返しロビー活動をしてNHKのネット進出で自分たちの最後の畑が荒らされないよう頑張ろうという話なのかもしれませんが、彼らはNHKがネットに来ようが来るまいがそう遠からぬ将来全員死ぬ未来の中にいることを忘れています。

だから潰れればいいのにと言いたいのではなく、NHK同様に、ガバナンスを見直し、コンテンツを扱うメディア事業としてどういうビジョンを打ち立て激変する環境に対応しようとしているのかを考える能力を磨いて粛々と実現させていくしか生き残る方法は無いのだと理解する必要があるでしょう。

■メディアに関わっている人間の数が多すぎる

そしてこれは、NHKも新聞社も民放も通信社も、メディアに関わる人たち、会社の数が多すぎて、オーバーストア状況となって、日本国内では利益なき過当競争に陥っているにもかかわらず、資本の集約もされず、業態転換のスピードも遅いためにみんなで苦しくなっている、というのが現状ではないかと思います。少なくとも、仮想的は民業圧迫するNHKではなく、人口減少している地域の新聞や地方局は合併も含めて再編やリストラを進め、適正な数までプレイヤーを減らすしか方法がないのではないかと思うんですよ。

そういう日本のメディア業界全体の構造も踏まえたうえで、民主主義を支える「国民の知る権利」や「放送の多元化確保」の構想に着手しないとなりません。

問題は、そういう全体も理解してNHKは経営委員会が運営されているのかや、その中で公共放送が担っていく主体的な役割について吟味する必要があるにもかかわらず、積極的にビジョンが示されないということに尽きるんじゃないでしょうかね。

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山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。

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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)

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