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なぜ小学生はYouTuberになりたがるのか…家でも学校でも"承認欲求"が満たされない残念な日本の教育

プレジデントオンライン / 2023年10月11日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/supersizer

今やYouTuberは小学生がなりたい職業の上位だ。なぜ憧れるのか。神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「過剰な承認欲求は今の日本の社会的な病だ。背景には、子どもたちの承認欲求を絶えず欠如するようにしておいて、ある目標を達成したら『承認してあげる』というやり方で誘導する教育の問題がある」という――。

※本稿は、内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■「有名になれば金がついてくる」発想の蔓延

【白井】すごく言い方が難しいのですが、内田さんや私はいくらか有名なので、有名であることによる面倒くささというものを知っています。それで「有名になっても年収よりも有名税のほうが高くなるから、有名になることはそんなにいいことではないよ」と言ったりするわけです。けれどもそれを聞いた人は「お前たちは特権的な位置にいるからそういうことを言えるんだよ」というふうに反応するでしょう。しかし一つ、確実に言えるのは私にせよ内田さんにせよ、別に有名になりたくて仕事をしてきたわけではないということです。できるだけいい仕事をしたいと思ってやってきた結果としていくらか有名になったというだけの話なんですね。

有名になりたいという願望、あるいは内田さんの言った(※編注:YouTuberへの)嫉妬心は、どう見てもそこが逆転しています。非常に古典的な説教になってしまいますが、努力しないで有名になろうという考え方はやはりおかしいわけです。ただ一方で、若い人たちの間に「こつこつやっていてもどうにもならないよ」という閉塞感が漂っていることは間違いありません。その閉塞の中で「いきなり何かしらの手段で有名になれば、あとは金がついてくる」というような発想が蔓延してきているというのは事実だと思います。

■YouTuberという特権的なキャリアパス

【内田】今はYouTuberのように、別にこつこつやらなくても、頭の回転が速くて、しゃべりがうまければ、ものの弾みでいきなり超有名になって、お金がざくざく入ってくるという特権的なキャリアパスが子どもたちの前にぶら下がっています。以前、20代のYouTuberたちと話したことがあって、一人はYouTubeからの収入が月50万円、もう一人は月20万円だと教えてくれました。月収50万円の人の方のYouTubeを何度か見ました。すごく面白いんですけれど、これをコンスタントに配信して、月収50万円を確保するのはたいへんだろうなと思いました。

それでも、スマホ1個あれば、うまくすると、たちまちアイドル的、教祖的有名人になれて、高収入が得られるということになると、コストパフォーマンスとしては素晴らしく効率的なわけです。歌手になるとか俳優になるとかいうキャリアパスよりもはるかに短時間に、努力なしに有名になれる。これは子どもにとっては魅力的だろうなと思います。だから、今は小学生のなりたい職業の上位にYouTuberが入っている。でも、小さいときから最小限の努力で有名になって、莫大な利益を得るという楽なキャリアパスばかり探していると、あまりいいことはないと思います。

■いきなり話題になる早道は「破壊すること」

【白井】本当ですよ。しかも、誰でもそんな簡単に面白いことが言えるものではありません。それでもアクセス数を稼ごうとするから迷惑行為に走るわけです。近年は迷惑系YouTuberになって大炎上するという、ほとんど定番のルートができています。

【内田】そうですね。いきなり世間の話題になるための早道は「破壊すること」なんです。みんなが守っているルールを破り、世の良風美俗をあざ笑うという行為が一番注目される。それ以外に発信すべきコンテンツを持っていない子どもたちにしてみたら、「アクセス数を稼ぐ」ためには、みんながたいせつにしているものに唾を吐きかけるのが一番効率的なんです。

デジタルコンテンツのコンセプト
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

【白井】ポップ・アートの巨匠アンディ・ウォーホルは60年代後半に「誰でも15分間は有名になれる」と言いました。まさに今のメディア環境は、それを実現する世界になっているわけです。これはある意味、ろくでもないことですよね。有名になりたいという欲望とテロのような暴力が結びついているのであれば、なおさらです。

【内田】世間の耳目を集めて、自分についてもっと語ってもらいたいという点では同種の欲望なんだと思います。出方はずいぶん違うし、刑事罰を受けるリスクは桁違いですが、社会的な注目を浴びて、自分の存在を承認されたいという欲求に駆動されているという点ではよく似ている。この過剰な承認欲求は今の日本の社会的な病だと言ってよいと思います。

■目標を達成しなければ「承認」してもらえない

【白井】イタリアの社会学者ラッツァラートが、本の中で欧米でも頻発している無差別殺人について、犯人たちの欲望あるいはメッセージの究極のところは「自分はここにいるんだ」ということだ、というふうに分析しています。まさにそれですよね。自分はここにいるんだということを、そこまでしないと認知してもらえない感じが、言ってみれば悪い空気のように日本に限らず流れているのでしょう。

【内田】日本の場合は制度的な問題が大きいと思います。子どもたちの承認欲求を絶えず欠如するようにしておいて、ある目標を示して、これを達成したら「承認してあげる」というやり方で、子どもたちを誘導している。家庭でも、ある目標を設定して、「これを達成したらうちの子として承認するが、達成できなければ、承認しない」というストレスを子どもにかけるようになっています。

■子どもたちを承認に飢えさせて、支配しようとする

【内田】学校でも、クラスの子どもたち全員を歓待し、承認して、「みんなここに来てくれてありがとう。君たちは全員ここにいる権利があり、その権利を私が守る」と言い切ってくれる教師がどれだけいるでしょうか。むしろ、ある条件を示して、その条件をクリアした生徒はこのクラスにいて、授業を聞く権利があるが、条件をクリアできなかった生徒はここにいる資格がないという脅迫的なロジックを教師の側が操るようになっているんじゃないでしょうか。子どもたちを絶えず承認に対して飢えている状態にすることによって、承認というニンジンをぶら下げて子どもたちを支配制御しようとしている。

ランドセルを背負った小学生
写真=iStock.com/paylessimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paylessimages

この方法が効果的であるためには「無条件の承認」ということは、家庭でも学校でも「してはならない」ということになる。たぶんその帰結だと思うんですけれども、今の子どもたちは、集団でいる時には「相互に無視し合う」ということがデフォルトになっている。相手を承認し、歓待し、祝福するというようなことは、ふつうはしない。相手があたかもそこにいないかのようにふるまうことが基本「マナー」になっている。

■挨拶をしないという「都会人のマナー」

【内田】僕は東京に仕事用に部屋を借りているんですけれども、そのマンションはほとんどの部屋がワンルームで、若い勤め人たちが朝出勤して、夜帰って寝るだけの場所です。もう4年近く借りていますが、エレベーターの前で「おはようございます」「こんばんは」と僕が挨拶しても、まず返事をしてくれることがない。返事もしないし、眼も向けない。挨拶をする人間があたかも存在していないようにふるまう。たぶんそれが今ではふつうの「都会人のマナー」なんでしょうね。

基本的に相手に承認を与えないで、「承認に飢えている状態」にキープしておく。だから、今の子どもたちにとって、歓待され、固有名において承認されるということは、もう一種の「トロフィー」なんです。それを得たいと思うなら、それなりの努力をしなければいけない。

■「根拠のない自信はどこから来るんですか?」

【内田】白井さんも同じだと思いますが、僕も不特定多数の人間からの承認とか称賛とか、ぜんぜん欲しいと思わない。他者からの承認に飢えていないから。自分は自分の意思で、自分がやるべきこと、自分がやりたいことをやっている。誰かに許諾されないとやらないということもないし、誰かに評価されるためにやっているわけでもない。承認なんかあろうがなかろうが、やることはやる。

以前、講演のあと、フロアーからの質問で「内田さんのその根拠のない自信はどこから来るんですか?」と聞かれたことがあります。困って、「子どもの頃に内田家のみなさんからかわいがっていただいたからではないでしょうか」と答えました(笑)。白井さんもそうじゃないですか。

【白井】そうだと思いますね。私がまったく無名だった時分によく言われたのは「何の業績もないくせに何でそんなに偉そうにしているのか」。しょうがないですよね、だって偉いと思っているんだから(笑)。

■教師の一番大事な仕事は「歓待と承認と祝福」

内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)
内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)

【内田】子どもの頃、家族にかわいがられて、抱きしめられて育った人はだいたいそうなるはずなんです(笑)。前に鈴木晶さんから伺ったんですけれど、人が根拠のない自信を持つのは、子どもの時に母親から豊かな愛情を注がれた結果なんだそうです。「こういう条件を満たしたら抱きしめてあげる」という子どもの側の努力の成果との引き換えでの承認ではなく、無条件に承認され、愛されてきたという幼児経験がある子どもには承認に対する飢えがない。だから、有名になりたいとか、威張りたいとか、相手に屈辱感を与えたいとか、そういう欲求がわいてこない。でも、今の日本社会を見ていると、その逆の人たちばかりになっている。たぶんこれはある時点から「軽々しく子どもを承認してはいけない」というルールが育児の中に入ってきたからではないかと思います。少なくとも学校教育の中では深く制度化されている。

教員たちの集まりによく呼ばれるんですけれども、そのときには教師の一番大事な仕事は、歓待と承認と祝福だという話をします。「ここは君のための場所だ」と言って子どもたちを歓待すること、「君にはここにいる権利がある」と言って子どもたち一人一人を固有名において承認すること、そして「君たちがここにいることを私は願っている」という祝福を贈ること。その三つができたら、それだけで学校教育の一番たいせつな仕事は終わっている。教科なんて別に教えなくても構わない。そう言うと、先生たちは驚きながらも、頷いてくれます。

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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。

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白井 聡(しらい・さとし)
京都精華大学准教授
1977年東京都生まれ。思想史家、政治学者。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。著書に『永続敗戦論──戦後日本の核心』(講談社+α文庫、2014年に第35回石橋湛山賞受賞、第12回角川財団学芸賞を受賞)をはじめ、『未完のレーニン──〈力〉の思想を読む』(講談社学術文庫)など多数。

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(神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長 内田 樹、京都精華大学准教授 白井 聡)

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