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世界中に違法薬物をばら撒いている…潜入捜査で全貌が見えてきた「中国の麻薬工場」のひどすぎる実態

プレジデントオンライン / 2023年9月27日 15時15分

中国から密輸された麻薬や容疑者宅から見つかった危険ドラッグの袋など=2015年4月21日午前、警視庁 - 写真=時事通信フォト

日本で出回っている違法薬物はどこで作られているのか。国際ジャーナリストの矢部武さんは「それはおそらく中国だ。中国では大量の違法薬物が作られており、製造に関わっていた化学企業に潜入したアメリカの捜査官は2500万人を殺害できるほどの薬物を押収した。アメリカ、オーストラリア、東アジアを中心に密輸を続けており、中国政府も野放しにしている」という――。

■税関による覚醒剤の摘発が増えている

若者の薬物汚染が深刻化している。

日本大学アメリカンフットボール部の薬物事件では学生寮から乾燥大麻と覚醒剤の錠剤片が見つかり、テレビや新聞で連日大きく報道された。警察庁によると、令和3年度の大麻全体の摘発人数は過去最高となる5482人となっている。このうちの7割が10~20代の若年層だ。彼らが使用した薬物は誰が作り、どのように流通しているのだろうか。

日本国内に出回っている覚醒剤のほとんどは海外から密輸されたものだ。財務省によれば、昨年1年間の税関による覚醒剤の摘発は前年の3.2倍となる300件で、押収量は約567キロだった。これは薬物乱用者の通常の使用量で約1892万回分、末端価格にして約335億円に相当する。

覚醒剤の密輸は航空機や船舶で行われるケースが多い。7月21日には、覚醒剤およそ24キロ(末端価格で約14億8000万円相当)をカナダから成田空港に密輸したとして、32歳の中国人が起訴された。押収された覚醒剤は、手荷物のスーツケースの中に小分けにした状態で入れられていた。

ほかにも、6月7日にはアラブ首長国連邦(UAE)のドバイから中国を経由して大井埠頭(ふとう)に到着した貨物船のコンテナに、覚醒剤700キロ超(末端価格で約434億円と推定)を隠して密輸したとして、中国籍で20~50代の男女4人を逮捕したと警視庁が発表した。

両方の事件で容疑者は中国人となっているが、これは単なる偶然ではないだろう。実は中国は、日本を含め世界に流通している覚醒剤やヘロイン、フェンタニルなど、違法薬物の主要供給国になっているのである。

■「世界の麻薬工場」中国の化学会社を米司法省が起訴

政策シンクタンクのブルッキングス研究所が発表した「中国と合成麻薬:地政学が麻薬対策協力に勝る」(2022年3月7日)と題する報告書によれば、中国は世界でも有数の化学製品輸出国であり、16万から40万の化学品製造・販売業者が存在するという。

そのなかには、法的承認を受けていないダミー会社の陰に隠れている業者も少なくない。その多くが合成オピオイドの一種でヘロインの50倍、モルヒネの100倍強力とされる致死性の高いフェンタニルやメタンフェタミン(覚醒剤)などを生産し、海外に密輸している。

中国から密輸される違法薬物によって諸外国は深刻な被害を受けており、中国政府に対して厳しい密輸防止対策をとるように求めている。しかし、中国政府はこの要請に応えていない。

このような状況のなかで、米国司法省は今年の6月23日、フェンタニルの原料や類似体(化学構造と効果が似ている)などの化学物質を違法に取引したとして、中国の化学メーカー4社と従業員ら8人を起訴したと発表した。

米国がフェンタニルの製造販売関連で中国企業を起訴するのは初めてだが、2022年には年間約11万人の米国人の命を奪い、全米の地域社会を破壊していると言っても過言ではないフェンタニルの過剰摂取問題に、米国政府が本気で取り組む姿勢を示した形となった。

生産ライン
写真=iStock.com/zorazhuang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zorazhuang

■中国企業とその従業員を起訴

起訴された中国企業と従業員は米国へのフェンタニルの密売と、米国にフェンタニルを密輸しているメキシコの麻薬組織に原料を密売した罪などに問われた。

司法省はさきほどの発表のなかで、被告企業や従業員の名前を公表しているが、河北省武漢市に拠点を置くアマベル・バイオテック社(Amavel Biotech)はフェンタニルやその類似体の生産に使用される化学物質を米国とメキシコへ密輸したという。

この事件を起訴したニューヨーク州南部地区連邦検事局のダミアン・ウィリアムズ検事は、「これによってフェンタニルとの戦いは新たな段階に入りました。我々はフェンタニルの原料を生産し販売している中国企業と、マーケティングマネージャーなどの幹部を起訴しました。彼らは米国の捜査官によって手錠を掛けられ、法廷で正義の裁きを受けることになります」と述べた。

■押収した薬物は「2500万人分の致死量」

今回の起訴にあたっては、連邦麻薬取締局(DEA)の捜査官が約8カ月間にわたって中国企業への潜入捜査を行い、さまざまな証拠を集めたという。

たとえば、被告となった企業はフェンタニルやその原料を米国やメキシコへ輸出する際に、国境検査で検知されないように製品ラベルの偽装、税関申告書の偽造、検問所での虚偽申告、フェンタニルの基礎物質のわずかな修正や新しい分子を加えることで他の物質のように見せかけて、検査を逃れようとした。これは化学では「マスキング」と呼ばれる手法で、元の物質に戻すことは容易だという。

DEAの捜査官は、潜入捜査の過程で被告企業が米国やメキシコへ密輸しようとしたフェンタニルの原料200キロ超を押収したが、これには約2500万人を殺害するのに十分な致死量が含まれている可能性がある。

実際、米国では2021年に10万7573人が薬物の過剰摂取で亡くなり、そのおよそ3分の2にあたる7万7153人がフェンタニルによる死亡となっている(米疾病管理予防センター・CDCの調査)。

司法省のリサ・モナコ副長官は、「私たちは麻薬カルテルが“毒物”を販売するための化学物質を大量に生産し、輸出している中国企業とフェンタニルのサプライチェーン(供給網)とのつながりを徹底的に捜査し起訴することを躊躇(ちゅうちょ)しない。彼らに逃げ道はありません」ときっぱり述べた。

これに対し、中国外務省はフェンタニルに絡む口実を利用した中国企業や中国人に対する制裁・起訴をやめるよう求め、「違法に拘束された人の即時釈放を要求し、米国に責任転嫁や中国への中傷を停止するよう求める」と表明した(ロイター、2023年6月26日)。

■東アジア全域やオーストラリアなどにも輸出されている

中国は大量のフェンタニルを米国やメキシコへ輸出しているだけでなく、覚醒剤やヘロイン、合成麻薬などの世界的な主要供給国にもなっている。

ブルッキングス研究所の報告書(前出)によれば、中国は1990年代以降、覚醒剤をオーストラリアや東アジア全域に輸出する目的で大量に生産してきたという。特にオーストラリアへの輸出が多く、同国内に出回っている覚醒剤の約70%を中国製が占めるようになったこともあり、同国政府は中国に厳しい密輸防止対策をとるよう求めた。中国政府は当時、国連薬物犯罪事務所(UNODC)からも同様の要請を受けていたこともあり、オーストラリアの求めに応じた。

2015年11月、両国間の共同麻薬対策タスクフォースが設置され、オーストラリアへ覚醒剤の密輸を行っていた中国人密売業者が逮捕された。しかし、中国側の協力はあくまで外交的なリップサービスの域を超えるものではなかったため、しばらくすると取り締まりは弱まり、再び中国から大量の覚醒剤が入ってくるようになってしまった。

中国とオーストラリアの国旗
写真=iStock.com/Barks_japan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Barks_japan

中国の覚醒剤は2010年代半ばごろまでは、主に中国南部で生産されていたが、その後はミャンマー、タイ、ラオスの3カ国が国境を接する「ゴールデントライアングル(黄金の三角地帯)」と呼ばれる地域で生産されるようになった。

この地域では他にヘロイン、ケタミン、合成麻薬(MDMA)なども生産されているが、ジャングルに囲まれていて様々な軍閥や民兵組織の支配下にあり、警察の目が行き届いていないため、大規模な麻薬生産施設を隠すのに都合の良い場所になっているという。

■背後にいる中国系「麻薬マフィア」の存在

このような違法薬物ビジネスを牛耳っているのは、「サム・ゴー・シンジケート(SGS=三合会)」と呼ばれる中国系の麻薬マフィアだ。この犯罪組織が、中国が違法薬物を世界中に供給する上で大きな役割を果たしてきた。

SGSは世界中に数十万人から数百万人の構成員と準構成員を抱え、東アジアから北米、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアなどで活動し、日本や韓国、台湾、タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドなど各国の犯罪組織と協力関係にあると考えられている。SGSはアジア太平洋地域に出回っている覚醒剤やヘロインなど違法薬物の40~70%を供給しているというが、紅茶の茶葉のパッケージに麻薬を隠して密輸するやり方はよく知られている。

ロイターの「アジアのエル・チャポを追って」(2019年10月14日)と題する調査報道によると、この組織は2018年の時点で年間80億ドル(約1兆1160億円)から177億ドル(約2兆5665億円)の不法利益を得ていた可能性があるが、東南アジアのカジノの規制が不十分なことを利用して利益のかなりの部分を資金洗浄しているという。

■麻薬マフィアのボスは逮捕されたが…

この巨大麻薬シンジケートを率いているのが、中国系カナダ人のツェ・チー・ロップだ。彼は中国南部の広東省で生まれで、毛沢東時代の文化大革命を経験した後、SGSのメンバーとなった。その後、犯罪活動の聖域を求めて香港に移住し、さらに1988年にカナダへ移住、トロントで麻薬犯罪組織の基盤を築いた。

それから当時米国で大きな力を持っていたイタリア系マフィアのファミリーと協力し、カナダから米国にヘロインを密輸したが逮捕。ニューヨーク州の連邦検察に起訴され、懲役9年の実刑判決を言い渡された。

逮捕
写真=iStock.com/ronstik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ronstik

懲役のほとんどの期間をオハイオ州にあるエルクトン連邦矯正施設で過ごしたロップ受刑者は、出所後はSGSのボスとして覚醒剤やヘロイン、合成麻薬などの生産と東アジア地域やオーストラリアへの密輸に力を入れた。しかし、オーストラリアに大量の覚醒剤を密輸した罪を問われて、2019年にオーストラリア連邦警察(AFP)から国際指名手配された。

そして2021年12月、オランダの警察はオーストラリア政府が発行した令状に基づき、アムステルダムのスキポール空港に降り立ったロップ容疑者を逮捕した。2022年12月、オーストラリアに身柄を引き渡された彼は同国内で裁判を受けることになった。

■組織のボスが捕まっても世界の麻薬汚染は終わらない

メディアではロップ容疑者に終身刑が言い渡される可能性が指摘されているが、もしそうなったら、世界の麻薬汚染の状況は改善されるのだろうか。

いまのところ、その答えは「ノー」である。なぜなら、たとえボスがいなくなっても、巨大な麻薬組織はそのまま残るからだ。東南アジアのジャングル地帯にある大規模な麻薬生産施設や世界中にはりめぐらされた密輸ネットワークなどは維持され、ほかの誰かがロップ容疑者に取って代わり、組織を率いていくことになるだろう。

麻薬マフィアの問題を根本的に解決するには、中国政府が組織を潰すくらいの覚悟を持って問題に取り組む必要があるだろう。しかし、中国政府がそれを行う可能性は低いように思われる。なぜかといえば、中国政府は違法薬物ビジネスを国の経済にとって重要だと考えているように見えるからだ。

中国の麻薬ビジネスの現場に潜入取材した経験を持ち、調査報道の受賞歴がある米国人ジャーナリストのベン・ウェストフ氏によると、中国共産党はフェンタニルなどの有害で違法な薬物を経済の重要な部分と考えているため、その生産と輸出を抑制しようとしていないという。

■中国政府が本気を出さなければ解決しない

中国政府が違法薬物の取り締まりに消極的なことは先述したオーストラリアの例でも明らかだが、その対応を見かねてか、オーストラリア政府は麻薬組織のボスを指名手配にして、他の国の協力を得て容疑者の逮捕にこぎつけたのである。

同様のことは米国についても言える。米国政府はこの4~5年の間、中国政府にフェンタニルの密輸を厳しく取り締まるよう求めてきたが、中国は応じなかった。その結果が米国司法省による中国企業と従業員に対する起訴につながったのである。

中国はアヘン戦争(イギリスの商人が中国にアヘンを持ち込み、国内で蔓延(まんえん)して深刻な社会問題となり、1840年にイギリスとの戦争に発展した)の経験もあり、薬物犯罪には最高で死刑を科すなど厳しく対応している。それにもかかわらず、薬物犯罪を生み出す大きな要因となっている巨大な麻薬組織を放置している。西洋諸国に対して大量の麻薬を密輸しているのは、アヘン戦争の意趣返しなのだろうか。

先述の通り、麻薬マフィアのボスが逮捕されたとしても麻薬汚染の問題は解決しない。中国政府が本腰を入れて組織の壊滅に乗り出さなければ、世界の麻薬汚染が改善に向かうことはないだろう。

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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。

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(国際ジャーナリスト 矢部 武)

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