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80代運転手をコキ使ってまでタクシー業界を死守…世界で普及の「ライドシェア」断固阻止する抵抗勢力の言い分

プレジデントオンライン / 2023年9月28日 11時15分

出典=令和5年版「国土交通白書」

一般の運転手が自家用車を使って有料で客を運ぶ「ライドシェア」。世界ではすでにタクシーと並ぶ重要な交通手段になっているが、日本では過疎地域で例外的に容認されるのみ。昭和女子大特命教授・八代尚宏さんは「神奈川県はライドシェア方式を導入する案を発表しましたが、これは地元タクシー会社の独占事業で他の民間事業者を排除する方式だ」という――。

最近、菅義偉前首相や河野太郎デジタル相など有力政治家が導入検討を唱え始めた案件がある。「ライドシェア」である。

ライドシェアは、一般の運転手が自家用車を使って有料で客を運ぶ仕組みで、米国や欧州だけでなく、東アジア諸国でも、タクシーと並んで重要な交通手段になっている。一方、日本では、交通空白地域を対象とした自家用有償制度が非営利法人に例外的に認められているだけだ。

コロナの収束後、観光客の急速な増加により、大都市、特に京都などの著名な観光地でもタクシー不足が深刻化しており、その代替的な手段として注目を浴びている。

■タクシー運転手不足への対応

最近のタクシー不足の主因は、車両の制約ではなく、運転手の持続的な減少の結果である。2021年までの10年間で4割弱の減少となっており、とくに2020~21年のコロナ期には、車内感染を恐れてか運転手が急減したことが大きい(図表1)。

これは運転手の平均年齢が61歳と、全産業平均の41歳と比べてはるかに高いことと一体的であり、一般的に運転免許の返還を求められる年齢層の75歳以上でも2割強の運転手がいる状況となっている(図表2)。

【図表】タクシー運転手の年齢分布(男性、2020年、%)

職業運転手の不足は、タクシーだけでなく、大型バスやトラック運送についても同様である。いずれも、今後、2040年までの20年弱で、働き手の20~64歳人口が920万人(14%)の減少と見込まれているなかで、より根本的な改革が不可欠である。

国土交通省では、この9月に「一般乗用旅客自動車運送事業の申請に対する処理方針」の一部改正案を示し、個人タクシー事業について、従来は75歳まで更新できた年齢要件を、さらに80歳にまで引き上げるとした。

この規制緩和に対して、そこまで高齢の運転手を容認することで、乗客の安全性は保証できるのかという批判を浴びた。しかし、この運転手の年齢制限は、もともと「個人タクシー」だけの規定に過ぎず、法人タクシーでは80歳台の運転手も以前から容認されていた。

こうした高齢の運転手にまで依存しなければならないタクシー業界は、やや異常である。同じ職業運転手でも、車体が大きいバスやトラックの運転は専門職でなければ務まらないが、タクシーはそれほどでもない。一定以上の経験年数のある一般乗用車の運転手であれば、プロとアマの能力差はあまりない。むしろ、プロであっても70歳代の高齢運転手による判断能力低下のリスクの方が大きいのではないだろうか。

■ライドシェアは会員制クラブ

ライドシェアは個人が勝手に料金を取って運行する、いわゆる違法行為の「白タク」ではない。タクシー会社の代わりに、米国のウーバーのようなプラットフォーム会社が運転者と利用者をあらかじめ登録して管理する、いわばデジタル技術を活用した「会員制クラブ」のような仕組みである。

基本的に、利用者がスマートフォンを用いて、乗車地と降車地を指定して配車を求めるため、タクシーのように、不特定者を対象とした流しの運転は行わない。走行距離などに応じて、自動的に算定された料金が事前に提示され、メーター料金のように遠回りして高くすることはできない。また、日本語が流暢ではない外国人でも、スマホの操作だけでほぼ利用可能である。

アメリカの住宅街をライドシェアで移動中
写真=iStock.com/adamkaz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/adamkaz

ところがライドシェアについては、いろいろな反対論がある。

第一に、一般人が運転するのでは、タクシー会社の乗務員と比べた運転技術の差や、犯罪の危険性、および事故が生じた場合の責任はどうなるのかというものである。

これについては、対策案がしっかりある。ライドシェアの運営会社に管理責任を負わせ、運転手の採用時における犯罪歴のチェックだけでなく、中国のように室内外のドライブレコーダーの設置や、豪州のように一定額以上の対人・対物保険の上乗せなども義務づける。また、個々の車両の位置情報をリアルタイムで捕捉するとともに、事後的に混雑する地域を回避するなど、広義の運転技能もチェックする。また、非常時の通報システムを整備することで、災害時などには、利用者がアプリで管理会社と地元警察に緊急通報できる機能も整備させる。

タクシーとの違いは、利用者が事前に運転者を選べることである。運転者の性別・年齢や事故歴、過去に利用した乗客の評価等の情報が事前に示される。また、利用者の人数が多い場合には、全員が乗れるような大型車の指定もできるなど利便性が高い。

第二に、運転者側にもリスクがある、ということだ。だが、これも事前に配車を求めている利用者についての情報が得ることができる。例えば、過去の乗車中の態度などについての運転者側の評価や、配車キャンセルの頻度などの情報を見て、乗せるかどうかを決められる。これは“流し”で拾う乗客についての情報が全くないタクシー運転手との大きな違いである。

料金はすべてクレジットカード払いで、現金払いは禁止されるため、強盗や料金不払いのリスクも小さい。また、あらかじめ乗降場所を決めたライドシェアでは、流しのタクシーのように、道端で手を上げたお客に合わせて急なハンドル操作の必要性も少ない。

第三に、ライドシェアが普及すればタクシー運転手の雇用や収入が不安定にならないかという懸念だ。これに対しては、すでに地域によって極度の不足と高齢化が深刻化している現実がある。もともとタクシーへの需要は、時間や場所で大きく変動する。最も需要が大きいのは他の交通機関がなくなった深夜だが、昼間は通勤時を除いて待機時間が長い場合が多く、時間当たりの生産性は高まらない。このため、専業の運転手だけでなく、本業の空き時間を活用したパートタイムや副業の運転手を活用しなければ、利用者の交通手段が極度に不足する現状は、今後、さらに進行するといえる。

こうした反対論がある中、前述したように、すでに兵庫県養父市など一部の交通空白地域では、一般の乗用車がタクシーの代替として公式に認められている。しかし、経営の主体は自治体や特定非営利活動法人などに限定され、一般の企業は参入できない。また、地域のタクシー会社などとの事前協議が必要となるなどの規制が普及を阻んでいる。

ライドシェアはあくまでもタクシーの補完手段という選択肢に過ぎない。「ライドシェアは不安だから反対する」という論理は誤っている。仮に、既存のタクシー利用者の一部がライドシェアに流れたとしても現行の長いタクシー待ちの行列が短くなり、ユーザーにはメリットがある。

■タクシー業界への忖度

9月17日のテレビ番組で、神奈川県の黒岩祐治知事が、タクシー会社の協力を得てライドシェアを実施する「神奈川版ライドシェア」案を表明した。これは規制緩和のように見えるが、諸外国と異なり、タクシー会社だけにライドシェアの運営を容認することが大きな違いである。

案の中身を見ると、①ライドシェアの運行管理は、地域や時間帯を限定して、タクシー会社が行うこと、②二種免許を持たない一般のドライバーをタクシー会社が面接して登録し、研修も行うことで一種免許のままでもよいこと、③自家用車をそのまま利用するが、タクシー会社が車両の安全管理を認定する、④車両には、ドライブレコーダー、配車アプリ、任意保険などを付けてタクシーと同様の基準にする、などとなっている。

これは、ライドシェアの仕組み自体は神奈川県に導入するものの、地元のタクシー会社の独占事業として、他の民間事業者を排除する方式である。

東京でスピードを出しているタクシー
写真=iStock.com/Mlenny
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mlenny

過去のタクシー行政では、地域ごとのタクシー需要を政府が定め、それに見合ったタクシー台数に制限する「需給調整規制」が顕著であった。政府がタクシーの需要と供給を、直接、管理する社会主義的な仕組みであり、需要側よりも供給側の利益が優先されてきた。これは2002年の小泉純一郎政権時に撤廃されたが、2009年や13年に再び規制が強化された。

日本は本来、市場経済を基本としているが、農業やサービス分野では特定業界が大きな政治力を用いて競争を排除する例は少なくない。これに対して、過去には1980年代前半の土光臨調や小泉政権の構造改革が国民の大きな支持を得た時代もあったが、最近の政権では、むしろ改革の後退が顕著となっている。

長らく規制に守られたタクシー業界も、運転者の深刻な不足と高齢化という市場の圧力の下で、ライドシェアを受け入れざるを得ない状況に直面している。それにもかかわらず、国や自治体は規制の撤廃ではなく、既得権をもつタクシー会社に限定して容認するという論理は、その業界を守備範囲とする政治家たちにあまりにも忖度(そんたく)した、時代遅れで残念な発想といえるだろう。

多様な分野の事業者が参入しその創意と工夫を生かすことで、シェアリングエコノミーの主要な担い手としてのライドシェアが発展する可能性を閉ざすもので、将来の日本経済、ひいては国民にとっての大きな損失となる。

なお、本稿は制度・規制改革学会の提言に基づいたものである。

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八代 尚宏(やしろ・なおひろ)
経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。

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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)

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