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問題は「炊き出しカレーを食べたか」ではない…山本太郎氏の「首相より早い現地入り」で本当に考えるべきこと

プレジデントオンライン / 2024年1月21日 17時15分

石川県輪島市で発生した地震により倒壊した建物で行方不明者を捜索するレスキュー隊員(2024年1月3日撮影)。石川県によると、1月1日に発生したマグニチュード7(USGSはマグニチュード7.5と発表)の地震により、232人死亡、21人が安否不明。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■「災害初期の現地入り」はなにが問題なのか

1月1日に発生した能登半島地震で政治家やボランティア、メディアの行動が一つの争点になってしまった。れいわ新選組の山本太郎氏の現地入り騒動が代表的な事例だ。彼のSNSなどによれば、現地から窮状を訴える声が届き、1月5日に電車とレンタカーで石川県能登町まで移動した。そこで被災者の声を聞き、現地で炊き出しのカレーも一緒に食べて帰ってきたという。その後、山本氏は10日にも視察に赴いたと報告している。

5日時点で能登半島までのルートで渋滞が発生しやすくなっており、肝心の救援物資や救急搬送に影響が出ていることは県などから盛んにアナウンスされていた。この時、現地へ医療支援に入ったNPOも通常の3〜4倍ほどの時間をかけなければ医療支援が必要なエリアに入れなかったと声を残している。

同時期、自民から共産まで政治的主張を問わず、れいわ以外の与野党6党は現地入り自粛を申し合わせていた。そんな状況下でわざわざ山本氏が行く必要がどこにあるのか、という批判が巻き起こった。

批判はさらに広がり、インターネット上では彼の行動だけでなく、現地に物資を届けると息巻いた迷惑系ユーチューバー、押しかけようとしたボランティア、果ては現地入りしたジャーナリストまで批判の対象になってしまった。迷惑系ユーチューバーは論外だが、現地入りしたすべての職業が迷惑系ユーチューバーと同等であるかのような暴論も散見された。

いくつか議論が錯綜(さくそう)しているので、原則から確認しておきたい。災害初期の現地入りはどこまで非難される行為なのか。

■災害報道には意義がある

この問いは誰の、どのような行為かを明確にしておくことが大事になる。私は毎日新聞時代に東日本大震災や豪雨災害、インターネットメディアに移籍してから熊本地震は発生直後から現地に入って取材をしてきた。過去の取材を踏まえると災害報道の必要性は以下のように整理できる。

大災害の現場には多様な人々の姿、生々しい感情を目の当たりにできるがマクロの情報は足りなくなり、逆に現場から離れるほど多くの人に影響を与える対策や判断に必要な情報は集まってくるが被災者や救助にあたる人々の生々しい感情が抜け落ちていく。両サイドから情報を発信することで、被災した地域、人の多様な現実を映し出す。それが適切な支援や次の災害への備えを考えることにつながる。

一つ事例を挙げておこう。東日本大震災取材で海上保安庁の取材に同行したことがあった。低い水温のなか何度も潜水し、行方不明者を捜索する。発生から10日以上が過ぎ、生存の確率が低いことは誰もがわかっている。遺体であっても、何か身に着けたものであっても何か見つけてほしいというのが被災した人々や地区からの依頼だった。何度も、何度も潜って発見したのは流された車一台だった。海保の指揮官は同行した私に「自分たちは捜索して情報を集約することに追われてしまい、時間も足りない。だから、マスコミがこの現実を伝えてほしい」と言った。何人が捜索に当たった、という大きな情報の影に、人と人が交わる現場がある。

この指揮官とも話したが、行政はどこも情報収集と目の前の救援活動で業務が手いっぱいになってしまう。現場の発信も行政に任せればいい、という極論もあるが、実現したところで現実には人員増と発信の負担を増やすだけに終わるだけだ。さまざまな現場からの情報発信は、刻一刻と変わる現地のニーズを伝えることにもつながる。ここに災害報道の意義がある。

浜辺でコメントを撮影しているクルーたち
写真=iStock.com/JoeGough
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JoeGough

■議員の現地視察にも意義はあるが…

同じようにミクロに生じる多様なニーズに応えるボランティアが駆けつけることや、国会議員の現地視察にも一定の意義がある。ただし条件付きで、だ。

災害報道の基本はすべて社内で自己完結することだ。これはボランティアや国会議員も同じだ。移動手段、食料、燃料、宿泊場所、危険なルートはどこなのか。すべて情報を集めてから行動しなければいけない。その際に最も重要なのは最前線の記者だけでなく、組織としての指揮命令系統、ロジスティックス担当も含めて有機的に機能していることだ。

東日本大震災で岩手県宮古市の旧田老町エリアに入ったが、そのときも盛岡市から非常時の食料などを運搬、宿の手配、レンタカーの手配といったロジスティックスを担当する社員がいた。道路網の情報収集は盛岡支局が集め、記者だけでなく、全国各地の事業担当や広告担当も現地入りして現場を支えてくれた。紙面を統括したのは阪神大震災取材を経験した記者で、現場から離れた支局から集まった情報を捌き、的確な指示を下していた。

■ノウハウがなければ足手まといになってしまう

熊本地震でも最初期に支援物資が届いた避難所と、届くのが遅れた避難所に差が生じたがこれもロジ担への支援が遅れたことが原因だった。当時、熊本県庁を取材したが職員は「物資はある、しかし物資を差配する職員と自治体で連絡調整を担当する職員が不足している」と実情を語っていた。ロジ担への支援はすぐに整い、それにあわせて支援のグラデーションは解消されていった。指揮命令系統とロジの重要性を物語る場面だった。

私が能登半島地震で最初期の現地入りを見送った理由もここにある。私には石川県、それも能登半島の土地勘もなければ、取材に必要な情報を集めるルートもない。道路の状況も報道以上には知らない。過去の教訓から季節にあわせて必要な衣服や食料や水などいつでも災害取材に行けるセットは用意しているが、フリーランスのライターが一人で現場とロジ担を兼任するのは明らかに悪手であることはここまで説明した通りだ。

雪が降り積もった冬の輪島(2023年12月23日)
写真=iStock.com/Sean Pavone
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sean Pavone

現地に取材者の受け入れ先があるか、大手のメディアと組んで取材をするか災害対応のノウハウを持つNPOに同行できれば、ロジ担のバックアップを得られて負担は格段に減るが、それがない以上災害報道の原則を守ることはできない。よって見送るのが妥当と判断した。

■「現地入り自粛」のなかで成果はあったのか

山本氏の行動を検証してみよう。彼を擁護する人は結果的に1月14日になった岸田文雄首相の現地入りと比べて早いことや、ニーズを聞き取ったことを評価しているようだ。どのようなバックアップがあったか定かではないが、受け入れ先はあったようだ。いまさらカレーを食べた一件を論じることはしないが(災害取材ならば一切肯定できる行為ではないことは明記しておく)、可能な限り自立的な方法を模索した跡は見受けられる。

その上で大事なのは、山本氏には特有の事情があることだ。彼は民間のボランティアやジャーナリストではなく国会議員だ。能登半島特有の道路状況、地元自治体のアナウンスは知りうる立場にあった。国会議員が現地を見る意義は間違いなくあるが、なぜ最初期に自民から共産まで一致して――そして与野党ともに災害救助やボランティアの知見を持った議員はいるなかで――「救助活動や支援物資輸送の妨げになるのを避けるため」(時事通信)現地入り自粛を申し合わせたのかもわかっていたはずだ。

だからこそ政治家として視察の成果は問われる。公然と他党と違う行動をとったことで、どのような成果を得て、肝心の政策や提言、議論にどこまで落とし込まれているのかは現段階ではあまり見えてこない。

■現地に入らずとも分かることばかりを提言

5日の視察を終えた山本氏は、Xに長いポストを投稿している。現場を見たという熱は伝わるが、現実にどう落とし込めばいいのか具体策に乏しい。

在宅や車中の避難者のケアが必要だとして「全国の保健師を1人でも多く被災地に派遣し、在宅避難者や車中泊避難の状態把握が何より優先させなければならない」と記しているが、山本氏に言われるまでもなく行政は動いている。これ自体は誰もがわかっている凡庸な提言であり、車中泊ケアのための支援物資も送り込まれた。保健師を円滑に派遣するために、国会議員が率先して「最初期」に限定して積極的に道路を使わないことをアピールすれば良かったのではないかという批判は成立する。

災害時の保健師の役割や研修については、ロジ担の重要性とともに全国保健所所長会もホームページに過去の教訓として資料が上がっている(例えばこの資料)。

「被災経験、対応経験のある腕利きを国や各自治体から多く、できる限り各被災町村に長期間派遣するべき」という提案も現場を踏まえれば理想的であることはわかる。しかし、職員はモノではなく人間だ。新聞記者であっても災害の応援取材は2週間をめどに交代が命じられた。精神的な負担や疲労で判断力が鈍ることを考えれば、当然の命令だ。

災害の現場を知っているのであれば、そして被災を経験した職員を人間として見るのであれば、長期派遣に耐えられるという発想は最初から出てこない。神戸市は阪神大震災を経験し、東日本大震災の支援にもあたった職員を派遣していることも指摘しておきたい。

■かつて問題視された「押しかけボランティア」

10日にあった二度目の視察の後となる1月13日に発信された山本氏のXでは、現場報告のあとの結論部分で大型船を使った支援の重要性が説かれていた。1月14日時点から、石川県七尾市の七尾港にチャーターした防衛省がチャーターした大型フェリー「はくおう」が入港して救援活動を始めている。

「自衛隊は平成28年の熊本地震でも同様に民間船を展開し被災者らが使った。今回もニーズがあると判断し、チャーターした民間船を被災地に派遣した」(防衛日報オンライン版)という。現場のニーズをキャッチする知見は救助にあたる防衛省でも消防、行政にも積み上がっている。さらに船上からの支援を充実させろという提案は理解できるが、自衛隊が現実に動ける範囲で山本氏の提案はすでに実行に移されている。

山本氏の行動が現地の支援者やたとえ一部であっても住民にプラスの効果を与えたことまでは否定したくはない。SNSの視察報告も決して無駄で片付けていいものではない。繰り返しになるが、彼はあくまで国会議員だ。仕事の評価はスタンドプレー以外で下される必要がある。

押しかけボランティアも同様だ。彼らが押しかけることで支援が進むという側面がないとは言わない。しかし、地理的特性まで踏まえれば早期の行動が吉に出るとは限らない。それは現地に押しかけたボランティアが支援活動にあたったことで、いたずらに行政の混乱を招いた熊本地震の教訓でもある(実害が生じた事例)。

2016年の熊本地震で甚大な被害を受けた阿蘇神社で建物が倒壊
写真=iStock.com/Amenohi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Amenohi

■関心を持続させることも立派な支援

あの災害を目の当たりにして何かできることがないか、と考えるのは行動に移った人々だけでなく当たり前のことだ。行動をしたくても、行政からボランティアの自制を呼び掛けられたことで無力感を覚えたり、萎縮したりした人も多いだろう。無力感は怒りを呼び起こし、せめてSNSで何か力になるようなことを考える人がいることが国会議員やボランティア、メディアの行動が争点になった遠因ではないか。だが、いまの時点で必要以上に無力感も萎縮も感じる必要はないと思う。

過去の災害を踏まえれば確実に言えることがある。能登半島地震の支援は必ず長期化するということだ。

災害初期は災害救援、医療支援や情報発信もスキルを持ったプロやNPOが担い、時間が経って徐々に多くの人ができることが浮かびあがってくる。県外からのボランティアを受け入れられる体制も整う。必要な出番がやってくるのは1カ月後かもしれないし、2カ月後、あるいはもっと先かもしれないが必ずやってくる。

その時点まで体力を温存して、被災地のものを買う、募金をするといったできることをしながら、刻一刻と変わる支援のニーズをキャッチしておく。出番を待つこと、被災地への関心を持続させることも立派な支援なのだから。

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石戸 諭(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター
1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)がある。

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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)

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