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難聴は認知症のリスクになる…「耳が遠くなった」を甘くみてはいけない医学的理由

プレジデントオンライン / 2024年3月14日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/solidcolours

「難聴」は高齢者の生活にどのような影響を及ぼすのか。東京慈恵会医科大学講師の栗原渉さんは「耳が遠くなると社会的な交流を避けるようになる。その結果、転倒だけでなく、認知症やうつ病の発症リスクが高まる」という――。

※本稿は、小島博己編『耳は悩んでいる』(岩波新書)の一部を再編集したものです。

■難聴は認知症の最大のリスク

認知症は、脳の神経細胞の働きが悪くなり、記憶や判断力などの認知機能が低下する状態で、社会生活に影響を与える疾患だとされる。高齢化が進むなかで、厚生労働省の発表によると、65歳以上の高齢者では約7人に1人が認知症であり、年齢が上がるほど発症する可能性も高まる。

また、認知症の前段階とされる軽度認知障害を加えると65歳以上の約4人に1人に認知障害があるということになり、認知症の人の数は増え続けると予想されている。

認知症に関しては、権威ある認知症の専門家からなるthe Lancet Commissionが、体系的な文献の解析を行い、その結果を2020年に発表している。

この報告では、認知症に関連する12のリスク要因である「教育」「難聴」「高血圧」「肥満」「喫煙」「うつ病」「社会的孤立」「運動不足」「糖尿病」「過度の飲酒」「頭部外傷」「大気汚染」を改善することで、認知症の発症を遅らせ、発症を約40パーセント予防する効果が期待できるとしている(Livingstonほか)。

そして、この12のリスク因子のなかで中年期(45〜65歳)における難聴の存在が、最も影響が大きく、認知症の発症リスクを1.9倍高めるとされている。また、難聴が10デシベル(㏈)悪化するごとに認知症の発症リスクが増加することも示された。

一方、複数の研究から、補聴器を適切に使用することで認知機能の悪化を抑制できる可能性も示されており、今後、認知症診療において耳鼻咽喉科医が積極的にかかわっていくことが重要になると考えられる。

■耳が悪くなると社会的交流を避けるようになる

加齢による聴力の低下は、一般的に高音域から始まる。40代のうちはあまり自覚することはないが、60代になると「軽度難聴」レベルまで聴力が低下する音域が増え、きこえが悪くなったと感じる人が急激に増えてくる。さらに70歳をこえるとほとんどの音域の聴力が「軽度難聴」から「中等度難聴」レベルまで低下し、65〜74歳では3人に1人、75歳以上では約半数が難聴に悩んでいるといわれている。

こうした加齢性難聴患者は、ことばを理解するのに困難を感じ、コミュニケーションや社会生活に支障をきたすようになる。さらに、聞きとりが難しくなることで、高齢者は社会的な交流を避け、孤独感やうつ病を悪化させ、幸福感を低下させる可能性がある。

では、難聴はどのように認知機能に影響を与えるのだろうか。前に述べたように難聴が認知機能低下のリスク要因であるという妥当な証拠は示されているが、難聴と認知症の間に起こりうる根本的なメカニズムや因果関係については、まだ明らかになっていない。ただし、この因果関係には複数の研究成果から、共通原因仮説、情報劣化仮説、感覚遮断仮説という三つの有力な仮説がある(Sladeほか)。

■「加齢が脳機能に影響を及ぼす」という説

共通原因仮説

共通原因仮説は脳における神経細胞の障害が、認知機能低下と加齢性難聴の両方を引き起こしている、とする考えである。高齢者ではいくつかの知覚・認知領域において、並行的に変化が起こることが知られている。例えば、認知機能の低下と視力の低下が並行的に起こっていくという現象がある。

加えて、加齢と加齢性難聴の両方で脳の萎縮が観察されるという事実は、生物学的な加齢が広範な脳機能に影響をおよぼすものであることを示唆している。

■高齢者は「聞く」ことに認知能力を多く割く

情報劣化仮説

情報劣化仮説では、聴覚が障害されると、聴覚から得られる情報が欠け、それによって処理しなければならない情報が増えると考える。

多くの研究が示すように、私たちの記憶と認知能力には限りがある。特定の時間集中したり、記憶したり、使用できる情報の量には上限があるとされているので、騒音のある環境や、難聴などで音声の質が低くなると、理解するために必要な「聞く努力」が増加する。

このため、ほかの認知機能に使うはずだった能力が、努力して聞く作業に使われるようになる。結果として、認知リソース(資源)が使い果たされ、全体的な認知機能に悪影響をおよぼす可能性が生じる。

実際に、高齢者は若者よりも「聞く」ことに多くの労力を使うことが知られており、さらに、聞きとりが困難になるほど、その要求に対処するためにさらなる認知的な資源が必要となり、ほかのことを認知するためのリソースが不足するのである。補聴器を使うことで、聴覚は改善され、認知的な負荷を軽減する効果があるとの研究結果も報告されている。

補聴器を持つ男性医師の手の接写
写真=iStock.com/Pablo Echazarreta
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pablo Echazarreta

■難聴は脳の皮質に影響を与える

感覚遮断仮説

感覚遮断仮説は、加齢性難聴によって長期間にわたり聴覚が剝奪(はくだつ)されると、認知機能の低下が引き起こされるという考えである。具体的には、長期にわたる感覚の遮断が、代償としての大脳皮質の再編成を引き起こし、聴覚に使用されていた認知・情動プロセスが妨げられるとするものである。

実際に、加齢性難聴の状態では、音声を認識する際に前頭葉への依存が増加し、聴覚皮質の灰白質(かいはくしつ)が減少するといった、脳の皮質の変化が観察されることもある。これらの変化が感覚遮断仮説を支持する証拠とされている。

さらに、研究者たちはこの仮説を発展させ、感覚の遮断が直接的に認知機能に影響を与えるだけでなく、社会的孤立やコミュニケーションの低下、抑うつ症状の増加などを通じて、認知機能に間接的に影響をおよぼす可能性もあると報告している。

人口の高齢化が急速に進むなか、難聴と認知機能の低下がQOL(生活の質)におよぼす影響は、かつてないほど重大な問題である。難聴が神経におよぼす影響や、大脳皮質の再編成と認知機能低下との因果関係に関する研究は、将来の治療戦略に有益な情報となる。

難聴と認知機能低下の関連性の根底にある潜在的なメカニズムを明らかにすることで、加齢性難聴と同時に観察される、認知機能低下を緩和するための有効な手段を、見出すことができるかもしれない。

■難聴は「孤立」リスクを2.78倍に高める

難聴はコミュニケーションの低下のみならず、心身にさまざまな影響をおよぼすことがわかってきている。先ほどから述べている認知症のリスク要因であるということ以外に、難聴はどのような影響をおよぼすのか。さまざまな報告がなされており、その一部を紹介する。

社会的孤立

社会的孤立は、高齢者が生涯を通じて影響を受ける、世界中が直面している健康問題である。

60歳以上の人を対象として、高齢者の社会的孤立に関連する要因を明らかにすることを目的として行われた解析では、複数のリスク要因が明らかにされた。そのなかで、難聴があることは社会的孤立のリスクを2.78倍にすることが明らかにされている。これは、配偶者なし(リスク2.61倍)、80歳以上であること(リスク2.41倍)と近い値であった(Wenほか)。

■うつ病になりやすく、転びやすい

うつ、不安

聴覚障害がうつ病の発症と関連していることが、近年報告されている。これは、聴覚障害による生産性の低下、コミュニケーション能力の低下、社会的孤立、QOLの悪化によって説明できるかもしれない。高齢者の、うつ病の新規発症リスクを明らかにすることを目的に行われた韓国での調査の結果、聴覚障害がある人のうつ病の発症リスクは、聴覚障害がない人と比較して、1.11倍であるということが示された(Kimほか)。

転倒

高齢者の転倒は疾病予防や健康増進の観点から非常に重要な問題である。そのため、予防できるリスク要因を明らかにする試みがなされてきた。特に、難聴が転倒と関連していると考えられる要素として、以下が考えられている。

内耳の機能障害 蝸牛(かぎゅう)(聴覚を司る)と前庭(ぜんてい)(身体の平衡感覚を司る)の機能障害が同時に起きることがある。

空間的環境の認識不足 難聴により聴覚的な情報や空間的環境の認識が不足する場合がある。

小島博己編『耳は悩んでいる』(岩波新書)
小島博己編『耳は悩んでいる』(岩波新書)

認知機能への影響 難聴は認知的な負荷や注意の分散を引き起こし、これが転倒につながる可能性がある。

40歳から69歳の2017人のアメリカ人を対象として、難聴と転倒歴の調査が行われた。この調査の結果、難聴と転倒の間には明確な関連が見られた。具体的には、25デシベルの難聴(軽度難聴に相当)を持つ人は、過去1年間に転倒する確率が約3倍に増加していた。

さらに、聴力の損失が10デシベル増加するごとに、転倒を経験するリスクが1.4倍増加したというデータもある(Lin and Ferrucci)。この結果から、難聴が転倒の危険因子である可能性が高いことがわかる。したがって、難聴の予防や早期対策が、高齢者の転倒リスクの軽減に効果があると言えるだろう。

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小島 博己(こじま・ひろみ)
東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座主任教授、同大学附属病院院長
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会理事、日本耳科学会副理事長、日本頭頸部外科学会理事。1987年東京慈恵会医科大学医学部卒業。95年、米国ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所。2013年東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座主任教授就任。主な研究テーマは中耳疾患の病態解明と治療戦略、再生医療。難治性耳疾患の手術を専門とする。主な編著書に『標準耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 第4版』(共編著、医学書院)、『耳鼻咽喉科エキスパートナーシング 改訂第2版』(共編著、南江堂)

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(東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座主任教授、同大学附属病院院長 小島 博己、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室 講師 栗原 渉)

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