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熊本、北海道、そして能登半島…「地震ハザードマップ」がまったくアテにならない科学的な理由

プレジデントオンライン / 2024年3月11日 8時16分

「全国地震動予測地図2020年版」。いわゆるハザードマップ。

超巨大地震「南海トラフ地震」の発生が危惧される中、2016年に熊本、2018年に北海道・胆振、2024年には能登半島で大地震が起きた。発生確率が高くないとされていた地域で地震が起き、南海トラフ地震が起きないのはなぜなのか。『南海トラフ地震の真実』を書いた東京新聞の小沢慧一記者に聞いた――。(後編/全2回)

(前編から続く)

■発生確率「0.1~3%」の能登半島で大地震発生

2024年1月1日、石川県能登半島をマグニチュード7.6、最大震度7の地震が襲った。県内で2020年から30年内にマグニチュード6.5以上の揺れが起きる確率は「0.1~3%未満」だったにもかわわらず、だ。

地震調査研究推進本部(文部省管轄)が公表したハザードマップと呼ばれる「全国地震動予測地図(2020年度版最新)」が示す色は、発生確率が相対的に低い「黄色」。70~80%の確率で地震が切迫し、真っ赤に色分けされている南海トラフとは対照的だ。

東京新聞社会部・小沢慧一記者は、著書『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)で、「『安全』と勘違いする落とし穴が地震発生確率とハザードマップにはある」と書いている。

■「うちの地域は安全」という油断を生んでいる

前編で紹介したように、「南海トラフ地震が30年以内に70~80%で発生する」という予測はデタラメだった。地震確率を検証・評価する地震予測推進本部の海溝型分科会の元委員で、そのスクープのきっかけとなった名古屋大学・鷺谷威教授(地殻変動学)は、「地震ハザードマップ」についてこう批判する。

小沢慧一『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)
小沢慧一『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)

「赤く色分けされた南海トラフ沿いの地域や首都圏以外は『安全』だと国民に誤解させることにしかなっていない。危険は日本列島に満遍なくあるのに、この地図だとそのことが見えなくなる」

地震の発生確率は天気予報の降水確率とは違う。降水確率が2%なら「傘は持って行かなくても安心」と思えるが、もしも地震が起きた場合、そのリスクは雨に濡れるのとは桁違いになる。

「政府は地震に備えてほしいというメッセージを送るなら、国民に地震の危険度を低い確率で表示するのは逆効果になる」と、鷺谷氏は強調する。

■国のハザードマップは「外れマップ」

現に、石川県は想定以上の被害を受けた。県は政府の地震評価を基に、防災計画の被害想定を27年間見直ししていなかったことも明らかになっている。このような事例は石川県だけではない。

2016年4月、M6.5とM7.3の揺れを連続記録した熊本地震、2018年6月の大阪府北部地震(M6.1)、2018年9月の北海道胆振東部地震(M6.7)、2019年2月の北海道胆振地方中東部(M5.8)など。30年以内のマグニチュード(M)7.0級の地震発生確率は、熊本が「ほぼ0~0.9%」、大阪が「0%から3%」、北海道が「ほぼ0%」「0.2%以下」だった。

小沢記者の著書に登場する東京大学理学部ロバート・ゲラー名誉教授は「今後30年のうちに震度6弱以上の地震に見舞われる確率が極めて高いとされている、南海・東南海・東海地方(南海トラフ)や首都圏では、1990年以降死者10人以上の地震は起こっていない。実際に起きた震災は、比較的安全とされた地域ばかりだった。この地図はハザードマップではなく、『外れマップ』だ」と批判している。

■日本国民を裏切り続ける「安全神話」

熊本地震に遭った熊本県の防災担当者は、小沢記者にこう話した。

「私たちも南海トラフのように80%と言われたら、いつでも起きるんだと思い、防災に努めるとなったかもしれない。1桁を切る確率だったので、地震は来ないと思っていました」

ほかにも多くの被災者が「油断していた」「不意打ちを受けた」と語った。熊本地震が発生するまで、地震は来ないという「安全神話」が浸透していた、と小沢記者は指摘する。

熊本地震で被害を受けた熊本城
写真=iStock.com/CHENG FENG CHIANG
熊本地震で被害を受けた熊本城(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/CHENG FENG CHIANG

北海道や大阪でも、自治体や住民は「神話」を信じてしまった感が否めない。小沢記者が話を聞いたある自治体担当者は「南海トラフや首都直下みたいに真っ赤な地域以外、どう見たって地震は起きないということを伝えているようにしか見えないですよね」と語る。

こうした「安全神話」に対して、政府の地震本部は「自治体が情報をどう使うか、何かをいう立場ではない」と回答する。そして、熊本地震で活動した布田川断層帯の長期評価について、「0~0.9%という数値は『やや高い』に分類する」と説明する。

小沢記者は「0.9%をやや高いと思う人がどれだけいるだろうか。地震ハザードマップの存在そのものが誤解を招く原因になっているのではないか」と問いかける。

■地震発生確率は科学的根拠もなく広まった

前出のゲラー氏は「周期的に地震が発生していることを統計的に証明するためには、1万年分くらいの地震を見る必要がある」と説明する。内陸活断層地震は数万年、数千年に1回、南海トラフや東日本大震災といった海域活断層地震は、数百年、数十年に1回の周期で発生するといわれているため、統計的な証明をするのに十分な過去の地震発生のデータがない。

南海トラフ地震については、江戸時代の3回の地震を基にした「時間予測モデル」で算出されている(詳しくは前編)。そのうえ、ほかの地域にしても、数百~数万年周期の地震を無理やり30年という短い間隔に当てはめて計算しているため、精度はさらに下がってしまう。

また、30年という区切りも、「住宅ローンを組む時の目安が30年と同じ論理でわかりやすさを求めた結果で、科学的理由はなかった」と小沢記者は明かす。つまり、科学的根拠の薄い地震発生確率や全国地震動予測地図を社会実装したことに大きな問題があるのだ。

■首都直下地震の被害想定が過小評価されたワケ

さらに小沢記者は「地震の被害想定の策定にもちぐはぐな考え方がある」という。地震発生確率を出すのが文科省の地震本部に対し、被害想定は内閣府の中央防災会議が発表しているが、この中央防災会議が2012年に発表した南海トラフの被害想定は、最悪の場合、死者・行方不明者推計32万3000人。2003年に公表した数値の13倍にも跳ね上がった。

「想定外」の被害が発生した東日本大震災を受け、2012年の想定では、震源域を2倍に拡大し、季節や時間帯なども最悪条件を重ね合わせ、歴史的に把握できているレベルを超えた「千年に一度あるかないかの」巨大地震を想定した。

一方の首都直下型地震の被害想定は、M7級の場合、死者2万3000人と推定した。首都を襲った大正の関東大震災は死者約10万5000人を出している。なぜ、それよりも被害想定が低いのか? 首都直下地震は海溝型の地震の関東大震災とは異なる内陸部の活断層で、「関東大震災のようなタイプの地震が発生した場合の被害は想定されていない」と小沢記者はいう。

首都直下型地震で想定される震度分布(左)と全壊・焼失棟数
首都直下型地震で想定される震度分布(左)と全壊・焼失棟数〔内閣府「特集 首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」より〕

2013年10月の資料を調べたところ、委員らの「大正関東地震はやるべきだ」「防災上はそこから出発するのが筋」と相模トラフ地震を想定に入れることを主張する声があった。しかし、「相模トラフ地震の周期は200~400年とみられ、まだ100年しかたっていない」という反対意見のほか、「東京オリンピックをやるというときに100万人の死者だの何だの、そんなばかなことはあり得ない」という発言もあり、今の想定となった。

■地震予測は「防災対策をしない」理由にもなる

関東大震災タイプの地震である海溝型の相模トラフ地震の規模はM8.6と想定されており、首都直下地震の想定をはるかに上回っている。それでも、相模トラフ地震の発生間隔は200~400年と来ないものとして、関東大地震タイプの地震より小さい想定をした。「その想定には、五輪を控えた東京の世界的イメージも意識したのかもしれない」と小沢記者は指摘する。

地震発生確率、ハザードマップ、そして被害想定を巡る政府の対応について、小沢記者は「リスク判断をする材料となる科学的なデータは、正直に開示しなければ、正しい前提で判断ができないだけでなく、地震に対しても正しい危機意識を持てなくなる」という。

また、「自治体や住民も政府の地震予知・予測で『どこ』と予測されたら、そこだけ対策をすればいいと考え、コストのかかる防災対策を『しない』理由付けにしてしまっているのも問題だ」と苦言を呈した。

■現代の地震学でも「予知」はできない

日本は、世界で起きるM6.0以上の大地震の20%が発生する地震大国だ。明治時代に日本で地震学が始まってから地震研究が推進されているが、小沢記者によると「残念ながら現在の地震学はいつ、どこで地震が起きるかはっきり予知する実力がない」。

地震学者らいわく、地震発生の要因は地球内部の複雑な現象が絡み合っているため、現代の科学をもってしても解明できないのだ。石川県能登地震でも、震源の海域活断層の存在は把握していたが、実際に地震が起きてから、約20キロ離れた活断層が付随して動いたことがわかり、新たな知見を得ている。

大規模火災で焼け落ちた石川県輪島市の「輪島朝市」付近=2024年1月3日午前
写真=時事通信フォト
大規模火災で焼け落ちた石川県輪島市の「輪島朝市」付近=2024年1月3日午前 - 写真=時事通信フォト

全国地震動予測地図や地震発生確率といった地震予測が的確な情報を表示していないのであれば、私たちは何を頼りに備えをすればいいのだろうか。

小沢記者は「主要活断層の位置、揺れやすさ、揺れた場合の被害の大きさなどついては比較的正確に知ることができる。こうした情報は防災科研ホームページの『地震ハザードステーション』などで確認できる」とするが「専門家向けで、素人が調べるには難しいかもしれない。こうした情報が国民にわかりやすく周知されていないのも問題だ」と指摘する。

現段階で検知できているのは116の主要活断層と6つの海域活断層のほか、2000以上の活断層の位置だ。しかし、計測できない相当数の活断層がまだ日本の地下で眠っているとされ、どこにあるかはわかっていない。言えるのは、地震発生確率が低いから安全と考える「安全神話」と同じように、活断層がHPに表示されていないからといって、油断しないことだ。

「各自治体のハザードマップは上記のような問題もあるので必ずしも十分ではないが、いま私たちにできることは、まずは国や各自治体が出している防災情報を自ら調べて土砂崩れ、津波、地盤のリスクを確認し、地震対策として備えをすること。日本に住む以上はどういうリスクがあるかを知った上で、『いつ地震が起きてもおかしくない』という意識を持って生活しないといけない」(小沢記者)

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小沢 慧一(おざわ・けいいち)
東京新聞記者
2011年入社。横浜支局、東海報道部(浜松)、名古屋社会部、東京社会部東京地検特捜部・司法担当などで取材。20年の連載「南海トラフ80%の内幕」は、同年に「科学ジャーナリスト賞」、23年に「第71回菊池寛賞」をそれぞれ受賞。東京地検特捜部・司法担当時代は、刑事確定記録から安倍晋三元首相の後援会が「桜を見る会」前日に主催した夕食会の問題をひもとき、追及した。趣味はオートバイ、プラモデル、バルーンアートなど。著書に『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)

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(東京新聞記者 小沢 慧一 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)

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