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なぜウォルマートは5000億円以上を「広告」で稼げるのか…日本の小売業が誤解する「リテールメディア」の本質

プレジデントオンライン / 2024年3月22日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alexander Farnsworth

小売発の新たな広告サービス「リテールメディア」の市場が急速に拡大している。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「米ウォルマートのリテールメディア事業は5000億円以上に達している。これは日本の広告業界では電通、博報堂に次ぐ規模だ。そうした成功の背景には、スマホ対応と顧客中心主義がある」という――。

■ウォルマートでは5100億円の事業に成長

リテールメディアは、小売(リテール)企業が保有する顧客データを活用して、自社のスマホアプリや店舗のデジタルサイネージなどに広告を配信する仕組みだ。英広告会社WPP傘下のグループエムのリポートでは、2028年にテレビ広告市場をリテールメディアが超えると予測されている。

日本ではまだあまり浸透していないが、アメリカでは大手小売のほとんどがリテールメディア事業に取り組んでいる。なかでも売上で群を抜いているのがアマゾンとウォルマートだ。特にウォルマートはこの3年で急成長し、現在は約5100億円に達している。日本の広告業界でいえば、電通、博報堂に次ぐトップ3に入る売上規模だ。

アマゾンとウォルマートの広告事業が堅調に伸びてきた理由は、一言でいえば「カスタマーセントリック(顧客中心主義)」で取り組み、「カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)」が高いことにある。アマゾンには、自社の取引相手であるBtoBの事業者とBtoCの消費者で利害が対立したときは、BtoCの消費者を優先するという社内ルールがある。リテールメディア事業でいえば、クライアント(広告主)がいくら希望しても、消費者に受け入れてもらえない広告は出さないということだ。

■2021年にスタートした「Walmart Connect」

現在のアメリカは「リテールメディア2.0」から「リテールメディア3.0」へとアップデートしている段階だといわれる。オンライン検索広告が主だったのが1.0の時代。2.0に入ると、ECサイトやスマホのアプリに動画広告が流れ、店舗でデジタルサイネージが展開されるなど幅広いフォーマットが活用されるようになった。3.0では、顧客が自社と取引を開始してから終わるまでにもたらすライフタイムバリュー(LTV=顧客生涯価値)の最大化を目指すことになる。

このうち、本稿ではウォルマートの取り組みを紹介したい。同社は、2021年にデジタル広告を扱う部門を「Walmart Connect」として再編し、リテールメディアの取り組みを強化した。Walmart Connectのプラットフォームは、今後の成長が期待される日本のリテールメディアが進むべき方向を示しているはずだ。

■勝負のカギを握る「スーパーアプリ」

アメリカに限らず、現在のデジタルを巡る戦いは、“スーパーアプリ”の存在にかかっている。顧客とデジタルでつながるだけでなく、一日に自社のアプリをどれくらい使ってもらうかの勝負だ。スマホにアプリが多数あるなかで、一日に何度も開くアプリはわずかだ。

スーパーアプリはいくつもの機能を統合したプラットフォームであり、小売業の場合はQRコード決済など支払い機能がベースになる。例えば中国の二強であるアリババとテンセントも、アリペイなどの決済機能から自社のECサイトや金融サービスに誘導するのと同様に、Walmartアプリも、底辺にWalmartペイがある構造のプラットフォームになっている。

「スーパーアプリとしてのWalmartアプリ」
筆者作成
デジタルを巡る戦いは、「スーパーアプリ」の存在にかかっている - 筆者作成

Walmart Connectが再編された2021年はコロナ禍の真っ只中であり、三密回避需要が高まってキャッシュレス決済搭載のアプリが消費者に浸透していった。アプリで注文した商品を店舗で受け取る「ストアピックアップ」などの流れもできた。

世界最大のスーパーマーケットチェーンであるウォルマートが、大量の顧客とデジタルで、スマホで、アプリでつながることが一気に進んだ時期だ。

■「サードパーティ・クッキーの廃止」で成長が加速

顧客とデジタルでつながると、新しい価値が提供できるようになる。ウォルマートの場合は、店舗とデジタルの顧客接点を活かしたリテールメディアであり、広告プラットフォーム事業が展開できるようになった。

リテールメディアの生命線は、顧客とデジタルでつながることであり、スーパーアプリがなければ本質的なリテールメディア事業は困難になる。顧客とスーパーアプリでつながらない限り、リテールメディアの2.0と3.0は実現されないということだ。

さらに、リテールメディアの成長を加速させたのがサードパーティ・クッキーの廃止だ。広告バナーなどから発行されるサードパーティ・クッキーが、プライバシー保護の強化によって制限・廃止されると、従来のネット広告は複数のドメインを横断してユーザーの行動を追跡できなくなる。反対に、ユーザーが訪れたサイト(ファーストパーティ)が得るデータの価値が高まる。つまり、サードパーティ・クッキーの廃止は、多くの企業がメディアになるきっかけとなっている。

■クライアント向けに開示した「顧客データ」

2021年1月にWalmart Connectをスタートしたとき、ウォルマートは「オフラインとオンラインの顧客接点を活かして、5年以内に全米トップ10の広告プラットフォームになることを目指す」と発表した。競合としては、GAFAMなどのメガテック企業が想定される。

Amazon、Temu、eBay、Target、Walmart、Etsyのアプリアイコン
写真=iStock.com/Kenneth Cheung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kenneth Cheung

ウォルマートはアメリカ最大のリテーラーであり、同社のデータによると、アメリカ人の90%が23年に購入経験があり、リアルとデジタルで訪れる顧客数は1週間で1億5000万人にも及ぶ。これほど巨大なスケールとリーチを背景にしていることで、広告事業者としても強力となっている。

膨大な顧客のカスタマージャーニーに主要な各地点で影響を与えるため、自分たちで「リテーラー以上、データ企業以上、メディア以上」の存在だと位置づけている。リテーラーとして顧客と継続的な関係を築いてきたから、クライアントと顧客が継続的な関係を構築することに貢献できるという意味だ。

自社の顧客についても調査データを開示している。例えば、以下のようなものだ。

○ 48%の顧客がオンラインでリサーチしてから店舗で購買していると回答。
○ 顧客の半数がソーシャルメディアが購買の意思決定を行うのに重要になってきていると回答。
○ 21%の顧客が携帯電話で商品を閲覧するものの、その商品をラップトップやデスクトップでのオンラインで購入すると回答。
○ 19%の顧客が店舗内で商品を閲覧するものの、その商品をオンラインで購入すると回答。

■日本のデジタルサイネージとの決定的な違い

また、デジタルサイネージなど店舗での広告については以下のような調査結果がある。

○ 70%の顧客が「TV Wall」が設置されているセクションで購買したことがあると回答。
○ そのうち40%がテレビ広告を見ると回答。
○ 同じく81%がテレビ広告から商品やブランドを見つけることをいとわないと回答。
○ 95%の顧客がセルフチェックアウトを使ったことがあると回答。
○ 17%の顧客がセルフチェックアウト使用時に広告を見たと回答。
○ そのうち29%の顧客が新たな商品を広告で知ったと回答。
○ 73%の顧客がセルフチェックアウト時の広告で新たな商品を知ることにはオープンであると回答。

これらは実店舗があるリテーラーしか得られないファーストパーティ・データであり、「リテールメディア2.0」に店舗広告が強調された理由がわかるだろう。

ただし、ウォルマートの店舗広告が効果を発揮するのも、顧客とスーパーアプリでつながっていることが前提となっている。日本の店舗で見る巨大画面のデジタルサイネージがいまひとつ興味をひかないのも、スーパーアプリの前提が抜けているからだ。

■アマゾンを恐れ、アマゾンから学んだ

リテールメディアにとって、ECサイトや店舗のデジタルサイネージが必要条件だとすれば、顧客とスマホでつながること、カスタマーセントリックであることは十分条件といえる。

ウォルマートのダグ・マクミロンCEOは、アマゾンに関する書籍を読み漁り、徹底的に研究したことで知られる。彼は取締役会でもアマゾンに極めて強い危機感を示していたそうだ。

小売り世界最大手の米ウォルマート・ストアーズのダグ・マクミロン最高経営責任者(CEO)
写真=時事通信フォト
小売り世界最大手の米ウォルマート・ストアーズのダグ・マクミロン最高経営責任者(CEO)(=2014年6月6日、アメリカ・アーカンソー州ファイエットビル) - 写真=時事通信フォト

彼がアマゾンから強く学んだのは、カスタマーセントリックの重視だろう。アマゾンのサイトでは、ユーザーの購買や閲覧からおすすめ商品が出てくる。他のECサイトに比べ、スポンサー広告を見せられた違和感は小さい。先ほど紹介したBtoBのクライアントより、BtoCの顧客を優先するからだ。

ウォルマートの店舗やサイトでも同様に、デジタルネイティブ企業並みにカスタマーセントリックが重視され、カスタマーエクスペリエンスは高い。

CEO自ら危機感を覚えてアマゾンから本気で学び、自分たちはテクノロジー企業だと宣言して、社員たちに企業文化の刷新を求めた。社員教育やDXにも積極的に取り組み、全社を挙げてカスタマーセントリックをめざした点は大きい。

■日本のリテーラーが取り組むべき課題

日本のリテールメディアでは、2020年に設立された伊藤忠商事・ファミリーマート・NTTドコモ・サイバーエージェントによる合弁企業の「データ・ワン」が一歩先んじているように見える。また、2022年にはセブン‐イレブン・ジャパンが「リテールメディア推進部」という部署を新設し、動きを本格化させている。そして、2月に発表された三菱商事・KDDI・ローソンによる資本業務提携でも、リテールメディア事業の強化が課題になるだろう。

ただし、日本のリテールメディア事業は本格的な展開にはなっていない。リテールメディアの本質はBtoBではなくBtoCにある。これまでのマス広告と同じように出稿主を募るようでは、成長は望めない。重要なことは、日本のリテーラーが顧客と本格的にスマホでつながり、カスタマーセントリックを実現することにある。

もし日本で本格的なリテールメディアを立ち上げることができれば、そのリテーラーは爆発的な成長を遂げることになるだろう。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)

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