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だからNHKの暴走が止まらない…「月2回の会議で年収600万円」NHK経営トップが抜本改革に後ろ向きなワケ

プレジデントオンライン / 2024年4月5日 11時15分

NHK経営委員長に就任し、記者会見する古賀信行氏=2024年3月12日午後、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト

■NHKの新経営委員長は野村ホールディングスの名誉顧問

NHKの最高意思決定機関である経営委員会のトップに、古賀信行・野村ホールディングス名誉顧問(73)が就任した。日本経済団体連合会(経団連)でナンバー2の審議員会議長も務め、金融・証券業界にとどまらない幅広い活動で知られる「財界の大物」だ。

前任の森下俊三委員長(元NTT西日本社長、2019年12月就任)は、放送史に残る“愚行”を重ね、経営委の権威を地に貶めた。かんぽ生命保険の不正販売報道を巡る番組干渉、開示を義務づけられている議事録の隠蔽、認められていないBS番組のネット配信関連予算の承認など、公共の福祉という放送法の理念をきちんと理解していたとは言い難い失態が相次ぎ、そのうえ自らの責任を認めようとしなかった。当然のことながら、その醜態は激しい批判を浴びた。

それだけに、古賀新委員長には、経営委はもとより執行部を含めたNHK全体のガバナンスの立て直しに期待がかかる。だが、財界人としての実績はともかく、メディア人としては「ズブの素人」といってもいいだけに、単なるお飾りになりかねないという危惧も強い。

NHKは、ネット業務が放送と並んで「必須業務」となり、「ネット受信料」の創設も予定され、名実ともに「公共放送」から「公共メディア」へと移行する、開局以来の歴史的転換期のまっただ中にいる。国民の信頼を取り戻して「ニューNHK」の舵取りをできるかどうか、受信料を払っている視聴者は注視している。

■報酬の財源はもちろん「受信料」

NHKの経営委は、経営全般に責任を負い、経営に関する基本方針から、予算や中期経営計画の決定、会長の任免に至るまで、強力な権限を持ち、執行部を監督する最重要組織だ。一方で、番組に干渉することは禁じられ、執行部の業務とは明確な一線が引かれている。

【図表】NHKの経営体制
NHK経営委員会「経営委員会とは(経営委員会の仕事)」参照

メンバーは、委員長以下12人、任期は1期3年で再選も認められている。国会の同意を得て総理大臣が任命するプロセスをみれば、任務の重要性がわかる。

現在、常勤は委員1人だけで、委員長はじめ全国に散らばる11人は、いずれも非常勤。大学教授などの有識者や財界人が大半を占める。月2回程度開かれる委員会に出席することが主たる業務で、報酬は、委員長が年間約620万円、委員は約500万円(常勤の場合は委員で約2200万円)。委員会に出席するごとに、委員は20万円超の高額収入を得られる計算になる(もちろん財源は受信料)。厚遇されているのは、それだけ重責を担っているとの前提がある。

【図表】経営委員会委員報酬支給基準
出典=NHK経営委員会「経営委員会委員報酬支給基準」参照

だが、経営委員としての役割の重みと、選任されたメンバーの意識や実績にギャップがあることが、以前から指摘されてきた。

3月1日付けで4人が任命(新任2人、再任2人)され、古賀氏は新たに任命された2人のうちの1人で、互選でいきなり委員長に就任した。

委員長を4年余り務めた森下氏は、経営委員を3期9年も務めており、NHKの経営課題を熟知したうえで就任したが、結果として放送法もまともに理解していなかったことを露呈してしまった。

それだけに、経営委員の経験がまったくなく、NHKが抱えるさまざまな問題と直接向き合ってきたこともない古賀委員長が、にわか勉強で難局に対処するのは容易ではない。時折、NHK官僚の説明や報告を聴きかじるだけで、はたして委員長としての重責をまっとうできるだろうか。

古賀委員長は、就任後の記者会見で、経営委員長を引き受けた理由を問われ、「お礼奉公のつもり。自分が真ん中に立ってどうのこうのというよりは、この国の将来にいささかなりとも貢献できたら」と、早々に「リーダーシップ放棄宣言」をしてしまった。巨大NHKのトップとしての自覚が欠けていると言わざるを得ない。これでは、先が思いやられるというものだ。

■歴代の経営委員長は財界出身者ばかり

経営委の業績をチェックするうえで、歴代の経営委員長を森下氏から遡ってみる(カッコ内は出身と就任時期)。

・石原進(JR九州、2016.6)
・浜田健一郎(全日空、2012.9)
・數土文夫(JFE、2011.4)
・小丸成洋(福山通運、2008.12)
・古森重隆(富士フイルム、2007.6)
・石原邦夫(東京海上、2004.12)
・須田寛(JR東海、1998.6)
・小林庄一郎(関西電力、1992.12)
・竹見淳一(日本ガイシ、1990.12)

ズラリと財界出身者が並ぶ。これらを見れば、経営委員長は、功なり名を遂げた人たちの箔付けポストのように見える。竹見氏以前には、新聞社のOBが名を連ねている時代もあったが、いつのまにか財界人ポストになってしまった。

ついでにいえば、現在の経営委員は、委員長代行の榊原一夫・弁護士のほか、五十音順に、明石伸子・NPO法人日本マナー・プロトコール協会理事長、礒山誠二・九州リースサービス社長、大草透・元三菱地所常勤監査委員、尾崎裕・大阪ガス相談役、坂本有芳・鳴門教育大大学院教授、堰八義博・北海道銀行特別顧問、不破泰・信州大副学長、前田香織・広島市立大特任教授、水尾衣里・名城大教授、村田晃嗣・同志社大教授。

メディアの専門家は見当たらない。つまり、経営委員も、名誉職に過ぎないといっても過言ではない。これでは、経営委が報道機関としてのNHKのあり方について物申すことは難しい。

2023年末に開かれた総務省の有識者会議で、宍戸常寿・東京大学大学院教授が「経済や言論の競争を考える上で、経営委にメディアの経験者がいることは大事ではないか」と提言したが、その通りだろう。

そもそも、経営委がNHKの経営問題について指揮を執った例は、あまり聞いたことがない。ネット事業の必須業務化についても、しかりだ。経営委員は「公共の福祉に関し公正な判断をすることができる」というのが任命にあたっての唯一の条件だが、はたして視聴者のために実のある仕事をしてきたといえるだろうか。執行部が出した予算や計画を、唯々諾々と承認するだけの機関になり下がっているのが現状だ。

NHK放送センター
NHK放送センター(写真=Samulili/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

■放送史に残る“愚行”を重ねた森下俊三・前委員長

こうした中で起きたのが、森下氏の数々の“愚行”だった。まさに晩節を汚した所業で、あらためて整理してみる。

① かんぽ生命保険の不正販売を報じた番組を巡って、上田良一会長(当時)に対する厳重注意を主導した
② 厳重注意が放送法で禁じられている番組干渉に該当しないと強弁し続けた
③ 厳重注意を巡る詳細なやりとりが書かれた正式な議事録を公開しなかった
④ 認可されていないBS番組のネット配信関連費用を執行部が2023年度予算に計上したのに見過ごした
⑤ 「ニュースウォッチ9」によるコロナ禍報道の放送倫理違反、取材メモのネット流出、記者による800万円近い経費不正請求問題など相次ぐ不祥事の対応を、執行部任せにした
等々。

まず①と②について、経緯を振り返ってみる。

2018年4月24日、NHKは「クローズアップ現代+」で、郵便局員がかんぽ生命保険を不適切な営業で販売していたと報道、次いで続編の制作を計画した。

これに対し、日本郵政グループは、「犯罪的営業を組織ぐるみでしている印象を与える」と反発し、続編の取材を拒否。さらに、番組の責任者が「会長は番組制作に関与しない」と発言したことを取り上げ、「番組制作・編集の最終責任者は会長であることは放送法上明らか」と抗議した。

そして9月25日、日本郵政の鈴木康雄副社長(当時、元総務事務次官)が、経営委の森下俊三委員長代行(当時)に直談判し、善処を迫った。鈴木氏と森下氏は、監督官庁の事務方トップと監督される事業者のトップという関係だった。

■違法な番組介入をしても開き直る

日本郵政グループは、経営委に「ガバナンスの検証」を正式に申し入れ、森下氏は「番組は極めて稚拙」などと執行部を激しく叱責。経営委は10月23日、日本郵政グループの意に沿う形で、上田良一会長(当時)に対し、異例の「厳重注意」処分を下した。

NHKは事実上の謝罪に追い込まれ、11月6日、放送現場のトップである放送総局長が「説明が不十分で誠に遺憾」とする上田会長名の文書を日本郵政グループに届けた。

経営委の圧力に、執行部が屈した形で区切りがついたのである。そのとき、上田会長は「厳重注意」は「NHK全体、経営委も含めて非常に大きな問題になる」と事態の重大性を訴えていた。

処分は公表されなかったが、1年ほど経った2019年9月、毎日新聞の報道で発覚、上田会長の予言通り、国会も巻き込む一大騒動となった。「『厳重注意』によってNHKの番組制作の自主自律が脅かされたのではないか」という問題が急浮上したのである。

経営委が番組への干渉を禁止する放送法の根幹に抵触した疑いは、誰の目にも明らかだった。

だが、森下氏は、あくまで「ガバナンスの問題」と強弁し、「番組介入には当たらない」と開き直った。

NHK大阪放送局
写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

■司法が議事録の隠蔽を断罪

そこで、③の問題がクローズアップされた。

放送法は経営委員長に議事録の作成と公表を義務づけているが、森下氏は、「厳重処分」を決めた会議の議事録の公表を拒んだのだ。

NHKの「情報公開・個人情報保護審議委員会」が2度にわたって議事録の全面開示を答申したにもかかわらず、当初は無視。「厳重注意」から3年近く経った2021年7月になって、ようやく委員会での議論の概要を明らかにしたが、議事録は「正式ではない粗起こし」に過ぎず、細部は不詳のままだった。

議事録を開示しなかったのは、そこに隠したい何かがあったからだと誰もが受け止めた。番組介入のようなやましいことがなければ、早々にオープンにできたはずだからだ。

そこで、市民グループや元NHK職員ら約100人が、経営委の正式な議事録と録音データの開示を求める訴訟を起こした。

その結果、東京地裁は2月20日、NHKと森下氏を断罪した。「録音データは消去した」というNHKの主張を退け、さらに森下氏は議事録の開示を妨げたと認め、計228万円の損害賠償金の支払いを命じたのである。判決は、執行部のガバナンスを問題視した経営委自体のガバナンス不全を指弾した。

不名誉極まりない判決を受けた森下氏は控訴したが、悪あがきというよりほかはない。「NHKの名誉や信用を損なうような行為をしてはならない」とする経営委員の服務規程を委員長が自ら逸脱してしまったのだから、何をかいわんやである。

古賀氏は就任の記者会見で、有価証券の目論見書や保険の約款を例に、「公開情報が多くなればなるほど、真実、事実が埋没してしまう。全部公開することが本当に正しいのか、わたし自身の中で納得できるのにはもう少し時間がかかる」と議事録の全面開示に否定的な見解を示したが、議事録を目論見書や約款と同一視するとは、見当違いも甚だしい。

④と⑤についても、経営委は執行部に責任を押しつけるのではなく、執行部と連携して対処すべき由々しき問題だろう。

■前代未聞の不祥事は“未解決”のまま

経営委が、問題発覚後の2021年に森下委員長を互選で再任したことは、経営委のガバナンスが機能不全に陥っていたことを雄弁に物語っている。日本郵政グループからの圧力に経営委が同調したことだけをとっても、公共メディアの独立性を疑うには十分であり、その時点で森下氏の進退も問われるべきだった。

違法な番組介入をし、それを隠し続けようとした経営委の振る舞いには不信感が募るばかり。放送法をきちんと修得せず、ジャーナリズムの使命を理解できない経営委員ばかりでは、公共メディアを標榜するNHKにとって致命傷になりかねない。

経営委が番組に介入するような事態を繰り返してはならない。稲葉延雄会長は、個別の番組について「執行部側の自主自律を担保していただくことが大切だ」と、古賀新体制の経営委にさっそくクギを刺した。

かんぽ生命保険の不正販売問題は、後に、NHKが番組で指摘した通りだったことが明らかになり、日本郵政グループは、NHKに抗議した3社長と鈴木上級副社長が引責辞任、3カ月の業務停止に追い込まれる前代未聞の不祥事に発展した。

上田会長が、「厳重注意」を受けて謝罪する必要はまったくなかったのである。

■「受信料を払う視聴者」の不信感は増すばかり

古賀氏は、一連の問題について「事実関係を知らないので言及するつもりはない」と語ったが、経営委員長としては、それでは済まされない。最初の仕事は、一刻も早く事実関係を掌握し、正式な議事録を開示して、森下氏から引き継いだ負の遺産を清算することではないだろうか。

未開の荒野に踏み出すネット必須の「ニューNHK」が、視聴者の目線に立って、公共メディアとして公正中立をどう担保するか。

古賀新委員長が本気で取り組もうとするなら、口先だけの片手間仕事ではなく、常勤の経営委員長となって真摯に向き合う覚悟が求められる。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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