カテプシンD欠損が中枢神経組織に与える影響を解明
PR TIMES / 2022年7月23日 22時40分
~プロテオパチー関連神経疾患の動物モデルとしての期待~
順天堂大学医学部薬理学講座 鈴木ちぐれ 助教、大学院医学研究科研究基盤センター形態解析イメージング研究室 山口隼司 助教、老人性疾患病態・治療研究センター 谷田以誠 先任准教授、内山安男 特任教授らのグループは、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 柴田昌宏 教授との共同研究において、神経セロイドリポフスチン症(*1)の原因遺伝子の一つであるカテプシンD遺伝子の中枢神経組織特異的欠損マウスを作成し、中枢神経組織におけるカテプシンDの欠損によって、神経変性様表現型を示し、神経細胞の滑落に加え、ミクログリアとアストロサイトが活性化することを明らかにしました。また、この中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスではアルツハイマー病やパーキンソン病に関連したプロテオパチー(*2)関連タンパク質(リン酸化Tauやリン酸化αシヌクレイン)の蓄積も認められ、このマウスがプロテオパチー関連タンパク質の早期蓄積モデルとして利用できる可能性を示しました。本成果はScientific Reports誌のオンライン版に公開されました。
本研究成果のポイント
中枢神経組織におけるカテプシンDが神経細胞の生存に必須であることを解明
カテプシンD欠損により、神経細胞の滑落、ミクログリアやアストロサイトの活性化が起こっていることを解明
中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスは、プロテオパチー関連神経疾患の動物モデルとしても有用である可能性
背景
カテプシンDはリソソーム(*3)の主要タンパク質分解酵素であり、カテプシンD遺伝子、「CtsD」は、リソソーム病の神経セロイドリポフスチン症の原因遺伝子の一つであるCLN10と同一遺伝子です。また、神経セロイドリポフスチン症は乳児期より重度の神経症状を示す進行性の遺伝性神経変性疾患です。これまでに、全身カテプシンD欠損マウスでは中枢神経組織における神経変性の他に、腸管、免疫系など多くの臓器でも異常が報告されていますが、中枢神経組織のみでカテプシンDの欠損した場合、神経変性を伴うマウス個体の生存率の低下を引き起こすか否かはわかっていませんでした。そこで、研究グループは、中枢神経組織特異的にカテプシンDを欠損させたマウスを作成し、中枢神経組織におけるカテプシンD欠損と神経変性の関係について検討しました。
内容
研究グループが今回作成した中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスは、誕生時は顕著な身体症状は認められず、生後23日前後から振戦(*4)などの神経症状と生育阻害が認められました。生後25日目では大脳皮質、海馬、視床、小脳に消耗性色素(セロイドリポフスチン*5)が蓄積し、神経セロイドリポフスチン症に特徴的な病理所見が見られ(図)、その後、マウス個体の生存率の急激な低下が見られました。カテプシンDはリソソームの主要タンパク質分解酵素の1つであるため、その欠損はオートファジー・リソソーム分解系の機能不全を引き起こします。また、オートファジーが関わるパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患の患者さんの脳組織では、ユビキチンやオートファジー関連タンパク質の蓄積が報告されており、今回の中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスの視床においても、オートファジー関連タンパク質の異常な蓄積が見られました。
さらに、中枢神経系における唯一の免疫細胞であるミクログリアが、異常なオートファジー関連構造体を蓄積した神経細胞を貪食していました(図)。また、組織炎症の指標であるミクログリアとアストロサイトが増加しており、炎症メディエーターも増加していました。つまり、中枢神経におけるカテプシンD欠損により神経セロイドリポフスチン症が引き起こされ、生命予後不良の一因となっていることが強く示唆されました。
[画像: https://prtimes.jp/i/21495/434/resize/d21495-434-43c87ee389bb4097c69f-0.jpg ]
近年、オートファジー・リソソーム分解系の破綻とアルツハイマー型認知症やパーキンソン病に代表されるプロテオパチーとの関連が注目されています。そこで、プロテオパチー関連タンパク質として知られているリン酸化Tauやリン酸化αシヌクレインの蓄積を調べたところ、中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスの視床においては、これらのタンパク質が蓄積していました(図)。この解析結果は、中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスがプロテオパチー関連タンパク質の早期蓄積モデルとして利用できる可能性を示しています。
今後の展開
本邦では高齢化が進む中、認知機能障害や運動機能障害を伴う神経疾患への関心が高まっています。本研究により、カテプシンDの欠損により重度の神経障害が引き起こされることが示され、中枢神経組織の神経細胞維持にはカテプシンDが必須であることが明らかになりました。加えて、アルツハイマー病やパーキンソン病に関連したプロテオパチー関連疾患との組織学的類似性も本研究で認められ、中枢神経組織特異的カテプシンD欠損マウスが今後の神経疾患の病態解明と治療法の研究・開発へと貢献できることが期待されます。
用語解説
*1 神経セロイドリポフスチン症:常染色体劣性の遺伝性の疾患で、脳などの神経や網膜、全身の細胞に、セロイドリポフスチンという色素が蓄積して起こる病気。乳幼児期から小児期にかけて神経系の障害として発症する進行性の遺伝性神経変性疾患。
*2 プロテオパチー:特定のタンパク質の構造異常でもたらされる疾患のこと。脳神経系で代表的なものにアルツハイマー病、パーキンソン病、プリオン病、多系統萎縮症などがある。
*3 リソソーム:酸性で働く種々の加水分解酵素を内包している細胞内小器官。細胞内外から取り込まれた生体分子を加水分解する。オートファジーにおいては、分解における中心的役割を果たす。
*4 振戦:筋肉の収縮、弛緩が繰り返し起こるリズミカルな不随意運動。ふるえ。
*5 セロイドリポフスチン:重度の栄養不良あるいは老齢個体の肝臓、心筋、神経細胞において出現するceroid タンパクを含む難溶性黄褐色の細胞内色素。
原著論文
本研究はScientific reports誌のオンライン版 (2022年7月9日付)で先行公開されました。
タイトル: Lack of Cathepsin D in the central nervous system results in microglia and astrocyte activation and the accumulation of proteinopathy-related proteins.
タイトル(日本語訳): カテプシンD欠損の中枢神経組織に与える影響
著者: Chigure Suzuki1, 2#, Junji Yamaguchi1, 3#, Takahito Sanada1, Juan Alejandro Oliva Trejo1, Souichirou Kakuta1, 3, Masahiro Shibata4, Isei Tanida1*, Yasuo Uchiyama1*.
著者(日本語表記): 鈴木ちぐれ1,2、山口隼司2,3、真田貴人2、オリバトレホ・アレハンドロ2 、角田宗一郎2,3、柴田昌宏4, 谷田以誠2、内山安男2
著者所属:1)順天堂大学医学部薬理学講座、2)順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センター、3)順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター形態解析イメージング研究室、4)鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
DOI: 10.1038/s41598-022-15805-3
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)「老化メカニズム解明・制御プロジェクト」研究費 (21gm5010003)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、日本私立学校振興・共済事業団、日本学術振興会 (JSPS) 科研費 (20H05342、21H02435、 22H04652、20K22744、21K15198)、順天堂大学老人性疾患病態・治療研究センター研究奨励費の支援を受けて、実施されました。
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