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【パレスチナ戦争】なぜイスラエルはハマスの奇襲を予期できなかったのか。第四次中東戦争時の奇襲との共通点

集英社オンライン / 2024年3月8日 8時1分

終わりが見えないイスラエルとパレスチナの戦争。いま現在の状況は、日本で例えると人口220万人の名古屋市全体が壁で囲まれたうえに水や食料、燃料を止められ、爆撃にさらされている状況に近い。なぜこのような事態が起きているのか。2023年の10月7日のハマスによる攻撃が直接的な原因ではあるが、その歴史はさらに根深い。日本人には分かりにくい攻防の歴史を中東研究の第一人者、高橋和夫氏が丁寧に解説した書籍『なぜガザは戦場になるのか』より一部抜粋して紹介する。

ガザという圧力釜

2023年10月7日、ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスの攻撃により、千人を超えるイスラエル人が亡くなった。また、240名を超える人質が取られた。



さらに、それをきっかけとしたイスラエル軍による攻撃で2万1000名を超えるガザのパレスチナ人の命が失われた。そして220万人とされるガザの人々の命が危機にさらされている(23年12月28日現在)。220万人と言えば、日本の自治体でいえば名古屋市の人口とほぼ同じくらいである。名古屋市民全体が、壁で囲まれた中で水や食料、燃料を止められ、爆撃にさらされている状況にたとえていいだろうか。

危機は、人質の交換のための一時休戦を挟みながら、この原稿を書いている現在も継続中である。一刻も早い停戦が望まれる。だが、いまはまだその道筋さえ見えない。

地中海に面するガザという地域は、古代からエジプト綿を輸出する港として栄えてきた。そのため、「ガーゼ」という言葉は、ガザが由来になっているという説がある。しかし、現在の状況は、ガーゼの包帯では止まらないくらいの出血が続いている。なぜ血が流れているのか。これからどうなるのか。まずは現状と紛争当事者双方の事情を確認しておきたい。

10月7日のハマスの越境攻撃は、イスラエルはもちろん、世界を驚かせた。まず、ハマスはなぜ奇襲を仕掛けたのだろうか。今回のハマスの攻撃の作戦名は「アル・アクサの大洪水」である。アル・アクサとは、エルサレム旧市街にあるイスラム教の聖地、アル・アクサ・モスクのことである。なぜ洪水なのか。

ユダヤ教の聖書、キリスト教は、これを旧約聖書と呼ぶが、この聖典に神が教えに従わない人々を罰し滅ぼすために大洪水を起こしたという記述がある。ノアの箱舟の話である。同じような記述がイスラム教の聖典コーランにもある。大洪水という作戦名に、聖なるモスクを冒涜するような邪悪を正すというハマス側の大義が反映されている。

こうした作戦が実施されたのはなぜか。それは、イスラエル軍による占領の状況があまりにひどいからである。エルサレムを含むヨルダン川西岸での入植地の拡大、そして16年以上に及ぶガザの封鎖が続いている。ガザは圧力釜のような存在だ。その圧力釜に火を焚べて、圧力が高まり続けていた。状況を知っている者にとっては、いつか爆発するのではないかと予測することは容易であった。

逆にこの前提を知らず、10月7日から紛争が始まったと考える人にとっては、なぜこのタイミングなのか理解できないことだろう。

パレスチナ自治区は、西のガザ地区と、東のヨルダン川西岸地区から成り立っている。まずはヨルダン川西岸地区である。ここ数年、西岸地区ではイスラエル側の暴力が特に目立っていた。

入植地の拡大、入植者による暴力により、パレスチナ人の村に火がつけられ、オリーブの木が切られ、人々が死傷した。家を奪われ追放される者も後を絶たない。そして2022年にはアル・アクサ・モスクの周辺でパレスチナ人とイスラエルの治安当局が衝突し、イスラエルの警察が土足でアル・アクサ・モスクの内部に入って信徒を警棒で殴ったり拘束したりする事件が起こった。そんなことも日常になっていた。

そしてガザ地区はもっとひどい。イスラエルとエジプトによる封鎖により、人々はあらゆる人権が奪われた状態が続いてきた。「天井のない世界最大の監獄」と言われてきたが、実態は監獄よりもひどい。監獄ならば刑期が終われば出られるが、ガザからは脱出できない。刑務所ではなく強制収容所ではないかとの声も聞こえる。ガザは、いつ爆発してもおかしくはなかった。

マスメディアの誤解

今回のハマスの攻撃の理由の一つとして、マスメディアではイスラエルとサウジアラビアの関係正常化の交渉があげられた。長年対立していた両国が、アメリカの仲介で接近していた。ハマスは、パレスチナが置き去りにされるのではないかという危機感を抱き、関係を壊すために今回の攻撃を仕掛けたのだという理由づけである。

しかしである。一方で、イスラエルとサウジとの交渉の進捗が報道されたのは、攻撃が行われる少し前のことだ。他方、これほど大規模な攻撃をしかけるには、ハマスは準備を何年も前からしていた。実際に2020年頃から、ハマスは他の抵抗運動の組織と連携して、越境攻撃の訓練を行っていたこともわかっている。だから、イスラエルとサウジとの国交正常化の交渉は、攻撃の理由にはなり得ない。攻撃を準備している途中で、その動機を強めた要素の一つに過ぎない。

なぜ多くのメディアが誤解したかという理由は、はっきりしている。パレスチナ問題がほとんど注目されていなかったからである。このような大きな衝突がない限り、パレスチナがマスメディアで報道される機会はない。しかし、報道されていない時も、ガザや西岸ではひどいことが起き続けていた。そのことを知らなければ、いきなりハマスが攻撃してきて、「とんでもない」と考えるだろう。慌てて理由を探した結果、最近のイスラエルとサウジアラビアの交渉の話が出てきたのだろう。

写真はイメージです

不正確な地図

マスメディアでの報道で違和感を覚える点がもうひとつある。パレスチナ自治区についての不正確な地図である。地図は、イスラエルという国家の右側にヨルダン川西岸地区、左側にガザ地区が描かれ、この2カ所をパレスチナ自治区としている。

この地図を見ると、狭いけどもそれなりの生活があって、パレスチナ人が自治をしているのだろうから、何の文句があるのかという印象になる。なぜパレスチナ人が怒っているかが伝わらない。〝テロ〟を起こすほど抵抗する理由が伝わらない。しかし、実態はその印象と大きく異なる。

ガザは封鎖され、壁の向こうに移動できない。電気も水も食料も外から供給されるが、容易には運ぶ許可が出ないため、生活に支障を来している。ヒトとモノの動きが制限され、通常でさえ、自由な行き来ができない。海も封鎖され漁師も沖合まで出ての漁ができない。〝自治〟どころか息も詰まるような状況である。そして西岸は実際に〝自治〟が許されているのは、ごく限られた穴のようなエリアでしかない。その他はすべてイスラエル軍が管理し、あちこちにイスラエルの入植地がつくられている。その実態を示す地図が使われていない。

筆者は、その元凶は日本外務省の地図ではないかと考えている。なお、かつては高校の教科書の地図も同様だった。だが最近は改善されてきている。筆者も含め多くの識者が声を上げたせいだろうか。つまり外務省も新聞もテレビも、高校の教科書に正確性で負けていることになる。

50年前の奇襲

ハマスによる攻撃は、なぜ10月7日だったのか。まず土曜日は、ユダヤ教徒の休日である。安息日と呼ばれている。この日には労働が禁じられている。戦争を始めるなら、ユダヤ人が仕事しない日にした方がいいという理由であろう。特に10月7日は安息日の中でも、ひときわ大切な祭日だった。もうひとつは、アラブ側の奇襲でイスラエルの足元がふらついた事件が、ちょうど50年前のほぼ同じ頃、10月6日に起きている。1973年の第四次中東戦争である。このときは、エジプトとシリアがイスラエル軍を奇襲した。当初は成功してイスラエル軍は苦境に陥った。

この奇襲の情報は、イスラエルの諜報機関から政府にあがってきていた。しかし、イスラエル政府はそれを本気にしなかった。なぜなら1967年の第三次中東戦争で、イスラエルはエジプトやシリアに大勝していたからである。あれだけやられたアラブ側が、まさか仕掛けてこないだろうと油断していた。

今回のハマスの攻撃への対応も、それと似ている。事前にエジプト側から攻撃の情報がもたらされていたという。しかし、イスラエル側は油断していた。イスラエル軍が強く、ハイテクによる監視体制、防御体制も完璧であると確信していた。ガザの内部からロケット弾を撃つことはあっても、大規模な越境攻撃は仕掛けてこないだろうとたかをくくっていた。そのおごりがスキを生んだ。イスラエルは、この50年間で何を学んだのだろうか。

奇襲への対策では、イスラエルは過去の教訓を生かせなかった。しかし逆に、経験が足かせになった面もある。たとえばイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とハマスとの関係である。

ネタニヤフにとっては、イスラエルとの和平に消極的なハマスの存在は便利であった。ガザを支配するハマスと、ヨルダン川西岸を支配するパレスチナ暫定自治政府は対立している。パレスチナが分裂したままであれば、イスラエルは和平交渉をしたくても相手が存在しないと言い訳ができる。和平を進めたくなかったネタニヤフにとっては、これは悪くない。和平を停滞させて、ヨルダン川西岸へのユダヤ人の入植を加速させるのに好都合であった。

たしかにハマスは脅威だが、制御できる程度の脅威である。ネタニヤフはそう考えていただろう。これまでもハマスの力が大きくなりそうになるとイスラエルは攻撃して、その力を削いだ。伸び過ぎないように、〝芝を刈る〟必要はあったが、そのコストは知れていた。芝を刈るための戦争を、イスラエルはハマスと4回戦った。イスラエル側の兵士の犠牲は許容できる範囲だった。

こうした過去4回の〝芝刈り〟の経験から、ハマスが大規模な奇襲を計画しているとはネタニヤフは予想しなかった。そして10月7日に奇襲攻撃を受けた。

写真/shutterstock

なぜガザは戦場になるのか - イスラエルとパレスチナ 攻防の裏側(ワニブックス)

高橋和夫

2024/2/8

1089円

256ページ

ISBN:

978-4847067006

激化するイスラエルのガザ地区への攻撃。

発端となったハマスからの攻撃は、なぜ10月7日だったのか――

長年中東研究を行ってきた著者が、これまでの歴史と最新情報から、
こうした事態に陥った原因を解説します。

・そもそもハマスとは何者なのか
・主要メディアではほぼ紹介されないパレスチナの「本当の地図」
・ハマスを育ててきた国はイランなのか、イスラエルなのか
・イスラエル建国の歴史
・反イスラエルでも一枚岩にならないイスラム教国家
・アメリカが解決のカギを握り続けている理由
・ガザの状況を中国、ロシアはどう見ているのか
・本当は日本だからこそできること

など、日本人にはなかなか理解しづらい中東情勢について
正しい知識を得るためには必読の一冊です。

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