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ガザの悲劇を今も世界に伝えているスマホ…生みの親、スティーブ・ジョブズの知られざるルーツと数奇な運命

集英社オンライン / 2024年3月12日 8時1分

中東研究の第一人者である高橋和夫氏によると、「イスラエル建国の際に流されたパレスチナ人の血が世界に報じられなかったのは、イスラエルによる情報統制があったからだ」という。だが現在はスマホの普及のおかげで戦火のガザの様子をつぶさに知ることができる。書籍『なぜガザは戦場になるのか』より一部抜粋し、イスラエル建国の背景とパレスチナ人が経験したナクバ(大惨事)、スティーブ・ジョブスと中東との関わりを紹介する。

イスラエル建国とナクバ

第二次世界大戦が終わると、戦争で疲れたイギリスには、もはやパレスチナを支配し続ける力も意志も残っていなかった。イギリスは委任統治権の返還を決めた。イギリスは、国際連盟の後継機関である国際連合に、パレスチナの統治権を返還しようとした。下駄を預けられた国際連合は、パレスチナの分割を提案した。



この分割の提案は、ユダヤ人側に有利であった。ユダヤ人が所有していた土地は、6パーセント程度にしか過ぎないのに、パレスチナ全体の半分以上(55%)がユダヤ人に割り当てられていた。人口は、ユダヤ人65万に対して、パレスチナ人は100万を超えていた。つまり、少ない方に半分以上の土地を与える内容である。これではパレスチナ人が決議に反対するのも当然である。なお、ユダヤ人とアラブ人の双方が強い愛着を持つエルサレムに関しては、国際管理が想定されていた。

1947年にパレスチナの分割案が国連総会の投票で採択された。投票結果は、賛成が33票、反対13票、棄権が10票、欠席が1票であった。当時は国連の加盟国数は、わずか57と少なく、現在の193の加盟国の約四分の一であった。しかも当時の加盟国の大半が欧米とラテン・アメリカ諸国であった。

この決議を受け入れたシオニスト側は、1948年にイギリスがパレスチナから撤退すると、イスラエルの建国を宣言した。逆にアラブ諸国は、国連決議を拒絶した。そして周辺のアラブ諸国の軍隊がパレスチナに侵攻して、第一次中東戦争が始まった。パレスチナ人自身は、組織的な軍事行動を取るだけの力を持っていなかった。

委任統治下でイギリス当局の厳しい弾圧を受けたせいであった。生まれたばかりのイスラエルは、大きな損害を出しながら、指揮系統がバラバラのアラブ各国の軍隊を撃破して生き延びた。これをイスラエルでは独立戦争と呼ぶ。また世界的には第一次中東戦争として知られている。

「自発的な」移動などではなかった

この勝利によってイスラエルは、イギリスの委任統治下にあったパレスチナの約78%を支配下に収めた。戦争により、国連決議案を上回る領土を手に入れた。残りの22%はガザ地区とヨルダン川西岸地区であった。

そして前者はエジプトが、後者はヨルダンが支配下に入れた。ガザがエジプトの支配下に入った点についてはすでに言及した。そしてエルサレムは東西に分割された。歴史的地区を含む東エルサレムをヨルダンが、西エルサレムをイスラエルが制圧した。

この戦争に勝ちユダヤ人国家が生き残った。シオニストの夢がついに実現した。しかし、パレスチナ人にとっては悪夢の始まりであった。この過程で70万人を超える多くのパレスチナ人が難民となった。アラビア語では、この事件は「ナクバ(大惨事)」として知られ、パレスチナ難民問題の原点になっている。

イスラエルは、難民が故郷に戻るのを妨げ、難民の残した家や土地を没収し、新たにヨーロッパや中東各地から移民してきたユダヤ人に与えた。ヨーロッパでマイノリティー(少数派)であったユダヤ人たちは、マジョリティー(多数派)のキリスト教徒による迫害を受けた、被害者であった。しかしヨーロッパでは被害者であったユダヤ人たちが、パレスチナでは加害者となった。

なぜパレスチナ人が故郷を離れたかに関して、イスラエル側は以下のような説明をしている。アラブ諸国が、攻撃をかけるので避難するようにとラジオで呼びかけた。それに応じてパレスチナ人は、自らの意志で移動した、というものであった。難民となったパレスチナ人自身の説明は、異なっている。逃げ出したのは、シオニストの軍隊により生命を脅かされたからである。「自発的な」移動などではなかった、とパレスチナ難民は証言している。

実際、第一次中東戦争が始まる以前に、シオニストの軍がパレスチナ人の村で人々を虐殺したという記録もある。また、21世紀になってから、少数ながらイスラエルの元兵士たちが、実はパレスチナ人を殺害したとか、脅かして追い出したとか証言するようになった。

世界はパレスチナ人の
悲劇を〝見なかった〟

途方もない悲劇が起こったのだが、当時の世界では、パレスチナ人に対する同情心が燃え上がりはしなかった。その理由の一端は、第二次世界大戦中に数百万人のユダヤ人がヨーロッパで虐殺される事件が起こり、世界の人々がユダヤ人に同情的だったからである。この点についてはすでに言及した。もう一つの理由を挙げるとすると、パレスチナ人の悲劇を伝える映像が世界に出回らなかったからである。これは大きい。世界は、この悲劇を〝見なかった〟のである。

かつてパレスチナ問題のテレビ番組を制作した経験がある。その時に直面した課題は、このナクバの映像探しだった。写真は少しあるのだが、動画が見つからない。当時は動画の撮影が、まだ技術的に難しかったのか。それもあっただろう。しかし、もっと大きな理由があった。それを教えてくれているのが、『ニューヨーク・タイムズ』紙の特派員だったトーマス・フリードマンだ。アメリカでベストセラーとなった『ベイルートからエルサレムへ』という著書で以下の旨を語っている。

〈動画を撮影したヨーロッパのジャーナリストはいた。だが、動画のインパクトを恐れたイスラエルの諜報当局が、空港の通関時に密かにフィルムを光にあてて映像を破壊した。ジャーナリストはヨーロッパに戻って役に立たないフィルムを発見した。イスラエル側は映像の力を十分に認識していた〉

ところが現在は、ガザから殺戮の様子を生々しく伝える映像が届く。こうした映像が、全世界的規模での即時停戦を求める運動を引き起こしている。これまでならば、攻撃を受け殺戮される側は、ただ殺されるだけで、映像を発信することはできなかった。ところが、現在ではスマホさえあれば映像を撮影し世界に向けて発信できる。

Palestinians evacuate wounded after an Israeli airstrike in Rafah refugee camp, southern Gaza Strip, on October 12 2023.

そして、現在では誰もがスマホを持っている。イスラエルは現地から送り出される映像を管理できなくなった。殺される側の視点が、世界で共有されるようになった。映像によって喚起された国際世論が、今回の戦争の即時停止を求める運動のエネルギーの源泉になっている。道理を求める国際世論と冷酷な国際政治の論理が、力いっぱいの綱引きを演じている。世論の味方は映像である。

ところでスマホに最も縁の深い人物は誰だろう。それは、この機器を普及させたアップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズだ。ジョブズの両親はアメリカ人である。だが、実はジョブズの父と母は育ての親である。

ジョブズの産みの親はシリア生まれだ。アブドルファッターフ・ジョン・ジャンダーリーというシリアからアメリカへの留学生だ。ジャンダーリーは、理由があってスティーブを養子に出し、引き取ったのがジョブズ夫妻だった。ジャンダーリーは大学卒ではなかった。そこで、養子に出す際に、息子を大学に進学させてくれと頼んだと伝えられている。

このスティーブが長じて、アメリカ西海岸の名門のスタンフォード大学に進学した。その後にアップル社を創業し、パソコンやスマホを製造して世界を変えた。産みの親との関係は微妙だったようだ。そのジョブズが、どのような感情をアラブ世界に抱いていたのかは知るよしもない。しかしパレスチナの北にあるシリアにルーツのあるジョブズが普及させたスマホが、ガザの悲劇を世界に伝えている。


写真/shutterstock

なぜガザは戦場になるのか - イスラエルとパレスチナ 攻防の裏側(ワニブックス)

高橋和夫

2024/2/8

1089円

256ページ

ISBN:

978-4847067006

激化するイスラエルのガザ地区への攻撃。
発端となったハマスからの攻撃は、なぜ10月7日だったのか――

長年中東研究を行ってきた著者が、これまでの歴史と最新情報から、
こうした事態に陥った原因を解説します。

・そもそもハマスとは何者なのか
・主要メディアではほぼ紹介されないパレスチナの「本当の地図」
・ハマスを育ててきた国はイランなのか、イスラエルなのか
・イスラエル建国の歴史
・反イスラエルでも一枚岩にならないイスラム教国家
・アメリカが解決のカギを握り続けている理由
・ガザの状況を中国、ロシアはどう見ているのか
・本当は日本だからこそできること

など、日本人にはなかなか理解しづらい中東情勢について
正しい知識を得るためには必読の一冊です。

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