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なぜ東大生の8割は男性なのか?「男女比の偏りが慢性的な差別的発言を生んでいる」という女性学生の危機意識

集英社オンライン / 2024年4月2日 11時0分

東京大学に在学する学生のなんと8割は、男性だという。「それはジェンダー指数が世界最低レベルである日本全体の問題だ」と、東京大学の現役教授であり、副学長も務める矢口祐人(ゆうじん)氏が覚悟を持って指摘した書籍『なぜ東大は男だらけなのか』。本書より一部抜粋・再構成し、学生の8割が男性という状況がいかに特殊なのかを解説する。

東大生は男性が8割

東大は学部学生の8割が男性である。それはどのようなものなのか、具体的に考えてみよう。

東大の新入生は理科一類から三類、文科一類から三類という「科類」に基づいて入学を許可される。これらの科類は後に学生が専攻する専門とある程度関連している。入学者全体の男女比率は8対2だが、科類によって比率が異なる。



たとえば大半の学生が工学部や理学部で学ぶことになる理科一類には1割ほどしか女性はいない。逆に多くが文学部、教育学部、教養学部で学ぶことになる文科三類の女性比率は4割ほどになる。

新入生はおおむねこの科類と、基本的に全員必修とされる「初修外国語」(いわゆる第二外国語)の選択で「クラス」が決められ、「理科一類でドイツ語選択のクラス」などとして分けられる。このクラスは単に同じ教室で授業を受けるだけではなく、一緒に入学オリエンテーションをしたり、学園祭の催しをしたりするなど、東大1、2年生の学生生活の基本単位ともなる。

それぞれのクラスには30名から50名ほどの学生が所属するが、科類と選択する初修外国語によって女性の比率が変わってくる。たとえばフランス語は概して女性の履修者が多く、文科三類のフランス語クラスは女性比率が半分になることもある。

その一方、合格者数が一番多い理科一類には各学年1100名ほどが所属しているが、先述したように女性はその1割程度なので必然的に各クラスの女性の数は少ない。フランス語クラスであっても2割を超えることはほとんどない。また、東大は女性がクラスに1名だけにならないよう編成するため、1割しかいない女性がある程度まとめられる傾向があり、結果的に男性のみのクラスもできてしまう。

このようなクラスで駒場キャンパスの教養学部時代を過ごした学生たちは、3、4年生では専門を深めるために、教養学部に残る一部の学生を除き、ほとんどは本郷キャンパスにある諸々の学部に移動する。ここでも学部間で男女比はかなりばらつきがある(表3)。

たとえば教育学部、薬学部、教養学部(教養後期=3、4年生)など、女性の比率が3割を超えている学部がある一方、工学部と理学部は1割程度である。

在学中一貫して男子校の環境下

以上の数値からもわかるように、東大には女性が少ないのみならず、男性の学生のなかには、在学中、同じ教室に女性がいない状態で卒業する学生がいる。たまたま理科一類の「男子クラス」に振り分けられ、そのまま男性の学生ばかりの工学部の学科に進むこともある。

理系の学部では研究室に所属するのが一般的だが、先輩である院生や指導にあたる助教、准教授、教授などの教員全員が男性ということもある。唯一そばにいる女性は、研究室の秘書というのも珍しくない。このように4年間、周囲に女性の同級生や教員がいない環境で学ぶことになる。大学院修士課程に進めば東大は6年間、博士課程なら9年間の「男子校」にもなりかねない。

むろん、男性が多いのは理系だけではない。学部で言えば、もっとも女性比率が高いのは教育学部で、45%である。文学部は28%、法学部は23%に過ぎない。「東大の女性比率が低いのは理工系の学生が多いから」という説明がなされることがあるが、理工系の女性が少ないのは必然かどうかという議論は別にして、東大ではすべての学部において男性学生の方がはるかに多いのである。

このような環境を女性学生はどのように感じているのだろうか。

2020年度「東京大学におけるダイバーシティに関する意識と実態調査」報告書には「授業やサークルなど大学内の空間で自分だけが女性ということがとても多く、それだけで孤独感や疎外感を感じます」「特に理系では女性比率が少ないために、男子学生が周囲の目を気にせずセクハラ行為を女子生徒にする場面がこれまでに何度か見受けられました」「東京大学では男性が女性の存在を顧みずに発言・行動する例が特に多いように見られます。これは大学内の男女比の偏りが慢性的な差別的発言などにつながっていると考えています」「特に前期教養学部時代、男子学生が大っぴらに女子学生の容姿や性的な事柄について品定めするような発言をしても当然に許されるような雰囲気があることに驚き、過ごしづらいと感じた。女子学生が圧倒的に少数であることがこのような雰囲気の醸成に寄与していると考える」などといった切実な声が寄せられている。

男性学生からも「全く悪意はないものの、男性がほとんどの環境であるが故に、参加者に女性がいる可能性を忘れたような話の進められ方が学生間でされることがまれにあり、もやっとする」という声がある。

 男子校の世界

東大の多くの学生たちはどのような環境から東大に入学するのだろう。一般的な傾向を見てみたい。

表4は2022年度の東大合格者数トップ20の高校リストである。この年の全合格者数は3085名で、トップ20の高校の合格者数は1317名。全合格者の42.7%にのぼる(その前年もほぼ同じ数値である)。

日本には4856校の高校があるが(2021年)、そのうちの20校(0.4%)が東大合格者の4割以上を出しているのである。「東大合格校」が異様なまでに寡占化していることがわかるだろう。そしてこれら20校の地理的分布は関東が15、関西が2、東海が1、九州が2で、鹿児島のラ・サール高校を除いて政令指定都市の通学圏にある。

トップ5には男子校が4校ある。トップ10では6校、トップ20では10校である(表太字)。これら10の男子校で計785名、全合格者の25.4%を占めている。実際にはこれ以外にも合格者がいる男子校はあるから、東大生のかなりの比率が男子校から来ていることがわかる。日本の全高校数に占める男子高校の比率は2%に過ぎないという現状を考えると、これがどれほど特殊なことかがわかるだろう。

なお、東大生の出身校の特殊性はジェンダーに限定されたものではない。トップ20内にある男子校は1校を除きすべて私立校で中高一貫を基本としているが、日本にこのような形の学校は非常に少ない。残りの1校も国立の男子中高一貫校で、これも日本にひとつしかない形態である。そもそも日本の高校の73%は公立高校だが、トップ20校に公立の学校は3校しかない。

一般的に、私立中高一貫校の学費は東大の授業料(2022年時点で年間53万5800円)より高額である。東大合格者数の多い私立中学・高等学校の学費と諸経費はおおむね年間で70万円から100万円ほどであり、さらに寄付金を求められるのが一般的だ。

加えて、このような進学校に合格するには小学生の頃から塾などに通って準備をしなければならない。東大の授業料は私立大学より安価ではあるものの、東大に入るには相応の教育投資がたいていは必要である。

東大が定期的に行っている学生生活実態調査(2018年)によると、東大生の92.6%が父親を家計支持者に挙げている(複数回答が可能なので、母親を選んでいる学生が39%いる)。父親の職業は「管理的職業」「専門的、技術的職業」「教育的職業」で7割を超えている。一方、母親は「無職」が34.2%で一番多く、次に「事務」が19.8%で続く。

家計支持者の年収は750万円以上が74.3%で、なかでも1050万円以上が39.5%もいる。日本では「児童のいる世帯の平均収入」は約746万円(2018年)であるが、それと比べると収入が高めであることがわかる。

このようなデータから浮かび上がるのは、東大の学生の家庭の多くは父親が主な家計支持者で、母親が専業主婦、あるいはパートとして家事と育児を担当し、子供の教育に投資する余裕のある都会の中流家族である。むろん、すべての学生がこのような家庭の出身であるわけではない。ひとり親の世帯もあるし、経済的に厳しい環境で育った学生も、人口の少ない地方から来る学生もいる。

しかし総じて言えば、東大生の多くは東京、東海、関西などの大都市圏に住み、管理職や専門職などに就く父親が収入を得て、母親が夫と子を支えるという、近代的なホワイトカラーの核家族像を「普通」のものとして育ってきた男性である可能性が高い。そしてその多くが中学1年生から教室に男子しかいない私立の進学校で学んできている。

 上野千鶴子の祝辞

2019年の東大入学式の祝辞で、東大の名誉教授で社会学者の上野千鶴子は、入学生の8割が男性で占められる東大生に向かって「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください」と説いて議論を呼んだ。東大のいびつな学生男女比、均質な出身高校や出身地域は決して自然の結果ではない。

今の日本社会では、どれほど潜在的に才能豊かでも、たとえば地方の町村で生まれ育った経済的に厳しい環境にある女性が東大を受験して、合格する可能性はものすごく低いのが実情である。上野はこのような社会の意味を真剣に考えるよう新入生に促した。

「あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価」してくれるような、安定した家庭の男子が優遇される社会が日本にはある。「頭が良い」だけではなかなか東大には合格できない。東大に合格するにはもともとの才能を発揮することを可能にする特殊な環境が必要なわけであるが、現状、それにアクセスできるのは都会の中流以上の家庭の男子が圧倒的に多いのである。

東大生を描写するにあたり、よく「地頭」という言葉が使われる。それは生まれ持った頭の良さを意味しており、あたかも東大に入ることが優れた地頭の証あかしであるかのごとく語られる。学生のみならず教職員も好んでこの言葉を使うし、企業の採用担当者のなかには、「東大生は地頭が良い」からと在学中の成績などをまったく気にしないこともあると聞く。

しかし上野が指摘するように、東大には天性の才能だけではなかなか合格できない。知識と努力だけでなく、テストに向き合う技術やそれに関連する情報へのアクセス、両親と教師の理解と支援、さらにそれを支える資金が必要で、加えて社会が男子に持たせる夢と期待や、東大受験を可能にする都市の私立男子中高一貫校の存在も大きく影響する。

東大に入る「地頭」は生まれ持ったものだけでは成立せず、多様な要素が絡み合って初めて成立するものである。当然、そこにはジェンダーの力学が大きく作用している。

図/書籍『なぜ東大は男だらけなのか』より
写真/shutterstock


なぜ東大は男だらけなのか(集英社新書)

矢口祐人
なぜ東大は男だらけなのか(集英社新書)
2024年2月16日発売
1,089円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4087213034
「男が8割」の衝撃――。女性の“いない”キャンパス。現役の教授による懺悔と決意。これは大学だけじゃない、日本全体の問題だ!

2023年現在、東大生の男女比は8:2である。日本のジェンダー・ギャップ指数が世界最下位レベルであることはよく知られているが、将来的な社会のリーダーを輩出する高等教育機関がこのように旧弊的なままでは、真に多様性ある未来など訪れないだろう。

現状を打開するには何が必要なのか。現役の副学長でもある著者が、「女性の“いない”東大」を改革するべく声を上げる!

東大の知られざるジェンダー史をつまびらかにし、アメリカでの取り組み例も独自取材。自身の経験や反省もふまえて、日本の大学、そして日本社会のあり方そのものを問いなおす覚悟の書。

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