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二重被災の傷は癒えぬまま…能登半島地震から1年 輪島塗工房の今「“どうして なぜ”という思い無くならない」

東海テレビ / 2025年1月11日 22時4分

ニュースONE

 2024年元日に起きた、能登半島地震から1年が経ちました。甚大な被害を受けた奥能登地方では、9月の集中豪雨でも被災し、伝統工芸「輪島塗」の工房でも、二重被災の傷が癒えぬまま、新年を迎えていました。

■未曽有の大地震から1年…再開進めていた伝統工芸「輪島塗」の職人たち




 2025年1月2日、能登半島地震で大きな被害を受けた、石川県輪島市の朝市通りを訪れました。

解体工事が進み、更地になっていましたが、すぐ横には倒壊したまま手つかずの建物もありました。

死者504人(災害関連死を含む)、行方不明者2人を出した2024年元日の能登半島地震。

最大震度7を観測した輪島市では、今も倒壊した家屋など建物の公費解体が進められていました。



桐本泰一さん(62)は、市の伝統工芸「輪島塗」の工房「輪島キリモト」の7代目です。


地震でおよそ1トンの機械が倒れるなど、工房に甚大な被害が出たほか、市内にある自宅や倉庫は全壊しました。


それでも3月には建築家にオーダーして仮設の工房を建設。柱は紙の筒、基礎はビール瓶のケースで作りました。


店舗を寝床にして必死で動き続ける桐本さんに呼応するように、被災した職人たちも春ごろから、徐々に戻ってきました。

■「直るけどなかったことにはならない」…修復した器は多くの人に




 職人の1人、愛知県稲沢市出身の今瀬風韻(かざね)さん(29)は、地震発生時、実家の稲沢市に帰省していて、5月に輪島市に戻ってきました。


輪島キリモトの今瀬風韻さん:
「自分の住んでいる街が実際にこういうことになると、『この街は立ち直れるんだろうか』っていう不安がすごくありました」

地震で転がって欠けた器の傷跡に、あえて上から薪絵や漆絵を施し、新たな器として蘇らせる、輪島に戻ってきた今瀬さんの思いを込めた作業です。


今瀬さん:
「震災を忘れないためにも、傷って『直るけど、なかったことにはならない』っていうのを意識して。新品同様にするのではなくて『傷を活かした直し方』をするっていうことを意識しました」


地震から8カ月が経った2024年9月、大阪市の阪神百貨店で開かれた販売イベントで、今瀬さんが生まれ変わらせた器たちが、多くの人の手に渡りました。


今瀬さん:
「皆さんから結構応援の言葉をかけていただいて。『やっぱりがんばらないとな』っていう気持ちになりました」

傷も連れて、前へ。大きく踏み出した、復興への第一歩でした。

■「さすがに心折れた」…1年経たないうちに襲った“観測史上最大の豪雨”




 ところがそのわずか5日後、奥能登を今度は豪雨が襲いました。


輪島市では48時間降水量が観測史上最大の498.5ミリとなり、わずか2日で平年の1カ月分の2倍を超える雨が降りました。


輪島キリモトの工房は泥水にあふれ、漆器も多くが浸水。余震に備えて床に平置きしていたことが、仇となりました。


地震から8カ月、必死に前を向き、ようやく光が見え始めたところに、無情の豪雨。

輪島キリモトの代表 桐本泰一さん:
「さすがに(心が)折れましたわ、人生初めてかなぁ。『神は能登にはいないな』と思いましたよね。来年の元旦が怖い」

桐本さんは度重なるストレスからか、20年以上ぶりに喘息が発症していました。地震と豪雨の「二重被災」に遭った住民へのアンケート調査では、およそ4人に1人が「豪雨のあと体調が悪化した」と答えています。


再起を目指す能登の人たちの、心まで深く傷つけた2つの災害。

■輪島の住宅を襲った“想定外”の土砂災害




 輪島市内で取材を進めると“傷痕”をほかにもみつけました。この日、ボランティアの手で土砂の撤去が完了した住宅では、鍵をかけていないのに、玄関の扉が開きません。床下から入り込んだ土砂が、内側からふさいでいました。


住人の女性:
「どうしてもできん(開かない)のよ。中に泥が入っているんですよ。どこかすき間から入って」

家の中を埋め尽くすほどの大量の土砂は、どこから流れてきたのか。この住宅から約400メートル先の、坂の上にある輪島中学校。


住民や市などによると、2024年元日の地震で、グラウンドが130メートルにわたって地割れし、約半分が崩落しました。


そして、土砂が流出しやすい状況のなかで、9月の豪雨が発生。校庭の土が濁流に乗って、一気に住宅街を飲み込んでいきました。


現地を調査した専門家は、地震で弱った地盤に豪雨が襲ったことによる“想定外”の土砂災害だったと指摘します。

だいち災害リスク研究所の横山芳春さん:
「そもそも想定されていた“急傾斜地の崩壊”という現象ではない。現象としては“土石流”に近い」


取材した住宅のエリアは、ハザードマップでは「急傾斜地の崩壊」、いわゆる「がけ崩れ」の警戒区域に指定されていました。

しかし豪雨の際に起きたのは、がけ崩れではなく「土石流」。グラウンドの土砂流出は、想定されていませんでした。


横山さん:
「地震によって、既に崩れてしまっている状態になっているところに大雨が降った。通常の状態よりも土砂災害に繋がりやすい状況になっていたのかなというふうには考えますね」

■能登地震から1年…二重災害の“傷”癒えぬまま迎えた新年




 輪島キリモトの桐本さんは、新年を自宅代わりの店舗で迎えました。


桐本さん:
「まだ朝が明けないうちに、自宅に行ってきました。やっぱりなんとも言えない気持ちになって、涙が止まらなかったですね」


それでも桐本さんは「せっかくリボーンするなら、全くこれまでとは違うものを」と新しい挑戦にも目を向けていました。

「銀・パール漆」。被災した輪島塗の器の上から、漆に雲母を混ぜたものを塗り直し、生まれ変わらせる手法です。


二度の被災を経てもなお、新たなやり方で懸命に前を向く桐本さん。しかし、1年たった今も心の傷は残ったままです。

桐本さん:
「2024年の午後4時10分に起こったその時間帯っていうのは、やっぱり胸がぐっと苦しくなりましたね。心が何かほっとするというよりも、やはり“どうしてなんだろう?“って。 9カ月のうちに未曽有の地震と、非常に信じられないような集中豪雨に見舞われて、みんなの心が本当に折れたり折れかかったり、まだ修復していないというところをなぜここまでのところにきたんだろうかという思いは、やはり常になくなるわけではありませんね」


能登のまちに、そして人々の心に。二重被災の傷を刻んだまま、2025年が始まりました。

2025年1月6日放送

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