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「北京化」する香港、アジアが誇る国際都市は沈没するのか?

トウシル / 2021年4月8日 5時10分

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「北京化」する香港、アジアが誇る国際都市は沈没するのか?

“北京化”する香港の命運と中国共産党の国家戦略

 今回のレポートでは、この期間温めてきた香港情勢を扱います。私の現段階における考察と見立てを整理したいと思います。

 私自身、2018年9月以来、香港大学を拠点に活動し、2019年6月を境に、香港政治、経済社会を覆った、市民の政府に対する「反送中」デモ、その後、全国人民代表大会(全人代)で《香港国家安全法》が成立した模様も現場で見てきました。それらの考察を、今年2月、拙著『“北京化”する香港の命運:中国共産党の国家戦略』(海竜社刊)という形で上梓しましたが、国際自由都市としての香港の将来を占う上で、最も指摘したかったポイントが以下の3点です。

(1)1997年の中国返還以来、「一国二制度」の下で歩んできた香港の命運を握る最大のプレーヤーは、北京を総本山とする中国共産党であること。香港市民による自由や民主化を求める運動、西側民主国家による圧力や制裁は断続的に発生し、その都度、混乱や摩擦は起こるだろうが、それらの事象が北京政府の政治的意思を変えることはない

(2)《中英共同声明》や《香港基本法》などを通じて、香港が中国本土とは異なる資本主義制度を適用するのを約束された、「一国二制度」の期限2047年を待たずして(サッチャー英首相と香港問題で交渉を行った鄧小平[ダンシャオピン]は、この方針を「50年不変」という文言で修飾した)、少なくとも政治レベル(例えば言論や集会の自由)においては、香港の“北京化”が避けられないこと

(3)中国という巨大マーケットに隣接する香港の国際金融センターとしての機能や重要性に変わりはなく、近い将来、上海や深センといった中国の地方都市、シンガポールや東京といったアジアの他都市に取って代わられる可能性は極めて低い。故に、政治が“北京化”するすう勢の下、経済・金融レベルにおける国際自由都市としての機能を、透明性と信用性を担保する形でいかに保障していくかが焦点となる

 そして、今年3月に北京で開催された全人代を通じて、香港のトップである行政長官、および香港の議会に当たる立法会の議員を選出する選挙制度の見直しが審議され、3月30日、全人代常務委員会が改正案を正式に承認しました。

 中国共産党が主導し、香港政府が追従し、香港市民にはそれを受け入れるしか手立てがない中、着々と進行するこの動きが何を意味するのでしょうか。

 2019年の「反送中」運動を境に、国家の主権、安全、尊厳を死守するためには、香港という地を、西側諸国が注視、関与、干渉する反中国・反共産主義の1拠点として、これ以上“野放し”にしておくわけにはいかない、経済はともかく、政治的にはしっかりとグリップし、「宗主国」である中華人民共和国、「お上」である中国共産党に忠誠を誓い続ける特別行政区に仕立てなければならないという、習近平政権の政治的意思の表れです。

 そして、そんな意思を制度として体現したのが、2020年に施行された《香港国家安全法》であり、2021年に行われた香港選挙制度の見直しです。

 香港に駐在する中国共産党の中堅幹部が私に語ったように、「2021年をもって、中国共産党の香港政策は一つの節目を迎えた」と言っても過言ではないでしょう。その年が中国共産党結党百周年と重なったのは、歴史の必然とすら私は解釈しています。2019~2021年というこの3年間で、香港をめぐって発生してきた一連の流れ、動きというのはセットであり、2047年に向かって伸びる香港の命運へとつながっていくのです。

香港選挙制度見直しの中身とインプリケーション

 ここからは、最新の動向として押さえておくべき香港の選挙制度の見直しについて整理し、それが示唆するもの(インプリケーション)について考えていきます。

 今年3月上旬、全人代の直前のレポートにて「香港情勢は何処へ?」、閉幕後、まだ選挙制度の改正案が公表されていないタイミングで書いたレポートにて「香港における選挙制度の見直し」を扱いました。

 後者では、執筆当時、私がつかんでいた情報を基に、香港の行政長官、香港立法会(議会)それぞれの選挙における変更点、民主派の香港政治における影響力を削ぐための仕組み、選挙の入り口である立候補資格に「愛国」という政治的基準を設けるといった複数のポイントを挙げました。見直し案がすでに公表、承認され、正式な制度となった現時点で振り返ってみると、ほぼ、これらの見立て通りに事は進んでいるといえます。

 見直し案をめぐるキーワードは「愛国者治港」、すなわち「愛国者による香港統治」。統治機構から、民主派が実質排除される新たな仕組みになっています。特に、民主派が政府、その首長である行政長官による政策を監視、批判する主戦場となってきた立法会の選挙制度、立候補資格などにおいて、民主派の勢いや影響力を削ごうという政治的意思が如実に露呈されています。

 また、香港の政治制度において、1人1票による普通選挙に最も近いとされる区議会(地方議会)選挙によって選ばれた議員やその国政への影響力を、制度的にゼロにしています。

 詳細に見ていきましょう。

 まず、香港行政長官(任期5年)の選挙をめぐる見直し案です。

 これまでは、産業界、立法会や区議会議員など1,200人からなる「選挙委員会」による間接投票によって、行政長官が選ばれてきました。前提として、行政長官の立候補には、選挙委員150人以上の推薦が必要です。

 前回、2017年の行政長官選挙では、林鄭月娥(キャリー・ラム)が777票を獲得し、ほか2人の立候補者を破って当選しました。投票権を持つ選挙委員会1,200人の内訳が重要ですが、業界団体枠が926人、中国全人代・政治協商会議枠が87人、立法会議員枠が70人、区議会議員枠が117人という構成でした。

 特筆すべきは、香港の民意を最も反映しやすい区議会議員の役割です。

 2019年11月に行われた区議会選で民主派が圧勝し、区議会議員の「117」という枠を民主派が獲得しました。これによって、従来は親中派勝利の出来レースのはずの2022年3月開催予定の行政長官選で、前回選の325人よりも民主派が握る「票数」が大幅に増える可能性から、民主派にかつてないほどの「健闘」が期待されていた経緯があります。

 そんな流れに楔(くさび)を打ち込み、今後、民意をくんだ区議会議員が二度と行政長官選で、いかなる影響力を発揮することを不可能にしたのが、今回の見直し案です。

 この新たな案では、「選挙委員会」の人数自体を1,200人から1,500人に増やしますが、問題はその内訳です。(1)業界団体枠が926→1,110、(2)中国全人代・政治協商会議に全国性団体を加えた枠が87→300、(3)立法会議員枠が70→90、そして(4)区議会議員枠が117→0に変更されます。

 新たに開設された「全国性団体」は中国全土における各種団体に所属する香港市民であり、(2)は完全に親中派の枠になります。全国性団体の立候補には選挙委員188人以上の推薦が必要になるとありますが、これは形式的なものにすぎないでしょう。

(3)において、立法会議員枠が20増えていますが、ここにも「愛国者治港」というトリックが仕掛けられています。今回の選挙制度見直しにとって、もう一つの対象である立法会選がどのように変更されるのかを見ていきましょう。

 これまで立法会議員の定数は70で、うち業界別の職能枠35(うち区議会枠6)、香港各地に設定されている選挙区の直接選挙枠が35という内訳でした。これが見直し案では、定数が90に増えます。増減の内訳は業界別の職能枠が30に減り、民主派が優勢の区議会枠は撤廃、地区別の直接選挙枠を20に減らした上で、行政長官を選ぶための選挙委員会枠が新たに40設けられるのです。

 私の解釈では、行政長官、立法会両選挙をめぐってそれぞれ独自の変更点があるものの、実質的に、親中派の議席数が増える前提で、双方の選挙に影響力を誇示するという仕組みになっているのです。

 これら新たな制度において、行政長官選挙はこれまで以上に親中派が多数を占める出来レースになり、限定的とはいえ、香港市民の意思や民主派の影響力が制度的に可視化されることが許されていた立法会選挙でも、民主派が過半数を得るチャンスは永遠に消滅したといえるでしょう。

 前回選挙において、民主派議席は4割を超え、2020年9月に開催される予定だった(新型コロナウイルスを理由に延期)選挙では、親中派と五分五分の戦いをする見込みさえ議論されていました。しかし、新たな制度において、立法会選挙において民主派が獲得できる議席は、健闘したとしても2割が上限となるでしょう。

 最後に、行政長官選、立法会選を含め、立候補者には、香港政府国家安全委員会による審査と意見に基づき、香港政府の中に設けられた資格審査委員会で厳格な資格審査が施されることになります。例えば、物議を醸してきた《香港国家安全法》に反対する者、中華人民共和国や中国共産党への忠誠を宣誓しない者、あるいは政治家としての立場や価値観が反中、反共的である者などは、立候補が認められなくなります。

 繰り返しますが、「愛国者治港」こそが、上記見直し案を計画、実践、評価する上での唯一無二の方針になり、一人の候補者が「愛国的(=愛党的)」であるかどうかという基準を決定、解釈するのは習近平時代における中国共産党に他なりません。香港がこれから、少なくとも政治レベルでは“北京化”を免れないと私が判断する根拠が、ここに横たわっています。

国際自由都市、金融センターは沈没するのか?

 新たな選挙制度の枠組みが正式に決まったのを受けて、中国共産党や香港政府は、この枠組みが香港の未来における安定と繁栄にとっていかに前向きであるかを宣伝するのに奔走(ほんそう)しています。その例として、香港政府内における閣僚級幹部の発言をいくつか紹介しましょう。

「新たな選挙制度を断固として支持、充実させることは、香港社会に安定と繁栄を取り戻させ、より機能的、効率的になり、経済成長の成果もより広範かつ均衡的に共有していけるはずだ」(財政司長・陳茂波[ポール・チャン]、4月4日)

「選挙制度を充実させることの意義は重く、深い。香港の政治体制を新たなスタートラインに立たせるものである。それは香港民主主義の進歩に他ならない」(政務司長・張建宗[マシュー・チャン]、4月4日)

 そして、香港政府の首長であり、今回の制度見直しによって、行政府の権限が増し、立法府の行政府への服従構造がより鮮明となる中、香港の地で、中国共産党の代理人、習近平の分身として、これまで以上の権力を保持、誇示することになる林鄭月娥は、4月3日、新華社通信のインタビューを受けた際に、次のように語っています。

「今回の香港選挙制度の見直しは重要な一歩を踏み出した。これから、この見直し案に基づいて、香港現地における多くの選挙関連法律を改正していくことになる」

 林鄭はこれからの12カ月において、香港現地の法律改正に加え、選挙委員会、立法会、行政長官をめぐる3つの選挙を手配しなければならず、仕事のスケジュール感が非常に密であると強調しました。本稿で論じてきたように、林鄭が言うところの選挙に関する法律改正のプロセス、および3つの選挙の結果は、香港政治の“北京化”を一歩ずつ、着実に浸透させるでしょう。

 政治の北京化を前提に、向こう12カ月の香港情勢を占う上で、私が注目する2つのポイントを問題提起し、本稿を結ぶことにしたいと思います。

 一つは、新型コロナウイルスの抑制とワクチン接種率の普及が進む中で、市民による抗議デモが「復活」するのかどうかです。香港では、入国制限を含めた措置が取られる中、新型コロナを基本的には抑え込んでいる状況です。少し前に、香港島のスポーツジムでクラスターが発生するなど、局地的な不安はまん延しましたが、香港の経済社会や市民生活全体を覆すほどの深刻さではなさそうです。

 ワクチン接種も着実に進行している印象を受けます。香港政府の発表によれば、4月5日までに、57万7,000回のワクチンが投与され、うち、48万7,000人が1回目を、9万人が2回目のワクチンを接種したとのこと。林鄭は、前出のインタビューにて、「新型コロナを抑える上で、現在最も重要かつ有効なのがワクチン接種である。その意味で、香港は本当に幸福で、幸運だ。なぜなら我々にはワクチンがたくさんあるからだ。中央政府によるサポートがあるから、供給も安定している」と、新型コロナ対策でも中国共産党が自らの後ろ盾になっている現状を強調。また、「香港社会でワクチン接種率70%が実現すれば、集団免疫の能力を持つことになり、他国、他地域も香港との人的往来を再開したいという具合になるだろう」と主張しました。

 新型コロナ感染が抑制されれば、当然、公の場における人々の活動制限も緩和されていきます。その過程には、市民が統治機構への不満を表現する可能性の特に高い、今年12月から来年3月にかけて実施される2大選挙があります。新型コロナを口実に市民の集会やデモに制限をかけられなくなった香港政府が、政治的自由や真の民主主義を要求する市民の言動にどう対応していくのでしょうか。仮に、集会を許可すらしない、市民による自発的なデモ集会を力で抑え込むといった強硬措置に出る場合は、グローバルスタンダードな資本主義社会、アジアを代表する国際自由都市としての香港の地位や信用は下降の一途をたどるでしょう。

 そして、私が注目するもう一つのポイントが、香港政治の北京化が国際金融センター、アジアのビジネスハブとしての地位や信用に与える影響です。私自身は、今後、日本の実業家や投資家を含め、香港という政治的、経済的に独特で、変わりゆく空間をどう見て、とらえるか、その価値観と立場が重要になってくるとみています。言論の自由が踏みにじられるような場所でビジネスはできないという人もいるでしょうし、政治と経済は分けて考えるべき、ビジネスがしっかりできれば関係ないという人もいるでしょう。

 一つ言えるのは、中国共産党と香港政府は、政治の北京化というニューノーマル時代においても、香港の経済的地位は変わらない、むしろ、香港政府の高官たちが主張するように、《香港国家安全法》や選挙制度の見直しを経て、香港の国際金融センターとしての価値が上がる、海外の実業家や投資家はより安心して、安定的な環境でビジネスができるようになると宣伝して回るでしょう。

 例えば、両政府は、グローバルにビジネスを展開する中国の民間企業の香港上場を促すような動きが見て取れます。昨年、米ナスダック市場に上場していたインターネット通販大手の京東集団(JDドットコム)が香港市場に重複上場しました。今年に入って、同じくナスダックに上場していたインターネット検索最大手の百度(バイドゥ)も香港市場に重複上場しました。今後、この流れ、動きは多くの業種で加速していくでしょう。海外の投資家たちが、中国マーケットの旨味を、香港という金融センターを通じて享受できる状況を作ろうとしているのです。

 もう一つ例を挙げます。今年2月、中国人民銀行(人民銀)が、香港で250億元の人民元建て証券を発行しました(100億元分が3カ月物、150億元分が1年物)。人民銀は、今回の発行が海外投資家たちから広範に歓迎されていて、欧米やアジアにおける多くの銀行、中央銀行、ファンドなどが参入しており、入札総量は760億元と、発行量の3倍となり、「人民元資産が海外投資家に対して比較的強い吸引力を持っている」と主張しています。人民銀による香港での人民元証券発行が常態化し、香港が人民元の国際化プロセスで独自の、前向きな役割を果たしている現状を強調しました。

 私自身は、中国経済と世界経済のマーケットを通じた連動という意味で、香港という国際自由都市、金融センターに取って代わる都市へ、少なくとも現時点では全く見いだせません。香港の余人をもって代えがたい地位と機能は、継続されるでしょう。その過程で、中国政府や香港政府が、政治的懸念から香港の先行きに懸念を示す海外の政府やマーケット関係者の声にどれだけ耳を傾け、経済社会やマーケットが政治の論理によって翻ろうされるのを回避すべく、どれだけ謙虚に、自制的になれるかが、香港の命運という意味で鍵を握るものと考えています。

(加藤 嘉一)

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