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「東大理Ⅲに4連敗」夢破れた彼女が見つけた道 合格最低点と僅差で不合格、その後の彼女は?

東洋経済オンライン / 2023年12月3日 7時0分

「背水の陣を自分自身に課したので、国立しか受けていなかったんです。父には『今からでも受かりそうなところを受けたらどうだ』と言われていましたが、『理Ⅲじゃないと意味がない』と突っぱねていたんです。

ただ実際、浪人が決まり『自分の所属する場所がない』ことに気づき、その不安感が予想以上に強かったことをいまだに覚えています。今思えば、私のためを思って勉強できる環境を整えてくれていた両親には感謝しています」

こうして1浪目の森さんは、駿台市谷校で浪人生活を送ることに決めます。

「浪人して駿台の講義を受けると、バラバラだった知識が、やっとつながってきた手ごたえがありました。毎日やることを決めてもらえている、という状態はすごく気楽で、余計なことを考えて悩んだりする必要がないので予備校に通って心底よかったと思っています。駿台の講義は底抜けに面白かったので、今でも思い出すエピソードがたくさんありますね」

「理Ⅲに入りたい」と強く願い、決めた浪人生活。

このころ、駿台の刺激的な日々のおかげで、「研究ですごい治療法を発見する」、「『不老不死』『転生』のようなものを実現させたい」と、漠然と大学に入ってからの目標もできたそうです。

とはいえ、成績は徐々に上がっていったものの理Ⅲにはまだ届かず、前期は理Ⅲ、後期は地方の医学部にそれぞれ出願しましたが、どちらも落ちてしまいました。

森さんは1浪目でもどこにも受からなかったために2浪を決意します。

「周囲からは『2浪して、大学を6年間かけて卒業したら26歳になってしまう』といった意見を言われたことがありました。でも、18歳の時点で何をしていても、いずれ年を取って26歳になるので、満足するまで挑戦するのはよいことなのではないかと、私は思うんです。1浪目で成績が上がっている実感がありましたし、周囲にも2浪する人がいたので、私も目標を叶えるために2浪する決意ができました」

この年は駿台市谷校に通いながらも、駿台の講義後に苦手な数学を伸ばすため、学究社が運営しているenaにも通うことにした森さん。2浪目も調子よく偏差値は上がっていき、ついに模試の判定が理Ⅲで「C」が出るようになります。

この年こそ受かると思って決死の覚悟で臨んだ3度目の理Ⅲの受験。しかし、結果はまたしても不合格でした。それも、合格最低点までわずか5~6点差という悔しい結果でした。

金沢大学に合格したものの…

この年は後期試験で受けた金沢大学の医学部と、東京慈恵会医科大学に合格。金沢大学に進学することに決めますが、この選択は彼女自身の中で相当の葛藤があったようでした。

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