病を患う光源氏、「再生の旅路」での運命の出会い 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫①
東洋経済オンライン / 2024年4月14日 16時0分
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」で主人公として描かれている紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第5帖「若紫(わかむらさき)」を全10回でお送りする。
体調のすぐれない光源氏が山奥の療養先で出会ったのは、思い慕う藤壺女御によく似た一人の少女だった。「自分の手元に置き、親しくともに暮らしたい。思いのままに教育して成長を見守りたい」。光君はそんな願望を募らせていき……。
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若紫 運命の出会い、運命の密会
無理に連れ出したのは、恋い焦がれる方のゆかりある少女ということです。
幼いながら、面影は宿っていたのでしょう。
内密で北山へ
光君(ひかるきみ)がわらわ病(やみ)を患ってしまった。あれこれと手を尽くしてまじないや加持(かじ)をさせたものの、いっこうに効き目がない。何度も発作が起きるので、ある人が、
「北山の何々寺というところに、すぐれた修行者がおります」と言う。「去年の夏も病が世間に流行し、まじないが効かず人々が手を焼いておりました時も、即座になおした例がたくさんございました。こじらせてしまいますとたいへんですから、早くお試しなさったほうがよろしいでしょう」
それを聞いてその聖(ひじり)を呼び寄せるために使者を遣わした。ところが、
「年老いて腰も曲がってしまい、岩屋から出ることもままなりません」という返答である。
「仕方がない、内密で出かけることにしよう」と光君は言い、親しく仕えている五人ばかりのお供を連れて、まだ夜の明けきらないうちに出発した。
その寺は山深く分け入ったところにあった。三月も終わろうという時期で、京の花はみなもう盛りを過ぎている。けれども山の桜はまだ満開で、分け入っていくにつれて広がる霞(かすみ)がかった光景を、光君は興味深く眺めた。こうした遠出の外出も今までしたことのない窮屈な身分なので、珍しく思えるのだった。寺の様子もじつに趣深いものだった。峰が高く、岩に囲まれた奥深いところに、その聖はこもっていた。光君は素性を明かすこともなく、またたいそう地味な身なりをしてはいるが、そのたたずまいから高貴な人だとはっきりわかったらしく、聖は驚きあわてている。
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