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黄色い涙を流す幼女を看取った母の闘病手記 胆道閉鎖症で亡くなった娘と向きった4年間

東洋経済オンライン / 2024年11月4日 9時40分

<茉友香のやきもちにはまったくこまった。
 私が少しでも○○(※筆者注:2人目の子)をかまうとおこるし おもちゃでも茉友香のものをかしてやると とりあげたり たたいたりでもう大変。>
(1989年6月23日)

しかし、今度の退院は5カ月で終わる。11月6日、恐れていた大量出血が起きたのだ。

<昼間は本当に元気であそぶ。
 夜中突然ねていてせきこんだため だっこして背中を少したたいてやったら吐血した。
 はじめてのことで びっくりしてもう自分でどうしたのかはっきりおぼえていない。
 この日は実家の方にとまっていて 実母のところへあわててつれて行き
 服が血だらけになっていたため着がえさせた。>
(1989年11月6日)

朝方にも大量の下血。2時間半かかる道を「1分1秒でも早く」と願いながら、長良病院に向かう。

病院にたどり着いて一命を取り留めたものの、茉友香ちゃんは吐血と下血を繰り返している。数日後にはAさんの弟の結婚式に親子4人で出席する予定だったが、もはや望むべくもない。主治医からは「覚悟しておくように」とも言われた。

それでも今回もなんとか峠を越えることができた。ちょうどその頃、世間では胆道閉鎖症を患った1歳児・杉本裕弥ちゃんへの生体肝移植が話題になっていた。日本初であり、世界でも4例目の生体肝移植だ。ノートにも言及がある。

<このころ杉本裕弥ちゃん生体肝移植
 生体肝移植について私は それで100%完治するのならすぐにでもやりたい。
 でもまだ医学はそこまでいってない
 また傷つけて えらく痛い思いさせるのはあまりにも茉友香がかわいそう。
 それよりも もっとよい薬ができることを願う。>
(1989年11月22日)

手術は無事成功したものの、杉本裕弥ちゃんは9カ月後に急変して亡くなっている。そのことを踏まえて書いたものなのか、日付けのタイミングで書いたものなのかはわからない。

栄養が取れず痩せ細っていく

Aさんは血液検査のたびにビリルビンの値をメモしているが、体重も頻繁に記録している。ノートに残る茉友香ちゃんの最高体重は1万0815グラム(約10.8キロ)。1989年11月22日の記録だ。ここから少しずつ下降線を描くようになり、体調も悪化していった。

<体重 9660g
 超音波検査で あきらかに腹水がたまっているとのこと>
(1989年12月4日)

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