年金の受け取りは本当に「繰り下げ」が正解? 64歳男性の不安に専門家が出した答えとは
Finasee / 2024年3月15日 11時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
私は今年10月に65歳を迎え、公的年金が受け取れるようになります。今は定年後の再雇用で働いていますが、会社を辞めたとしても体が動くうちは働き、その間は年金の受給を繰り下げて将来の年金額を増やしておきたいと考えていました。
というのも、私が65歳からもらえる年金額は15万円強しかなく、来年から妻が受け取る年金と合わせても25万円がいいところ。無収入になった後に年金だけで暮らしていける自信がなかったからです。どちらかが要介護状態になったら、介護サービスや施設の利用料を払っていけるのか不安しかありません。
ところが、同級生や妻と年金の受け取り方について話をしたところ、「60歳を過ぎれば人生何が起きるか分からない。早く受け取った方がいい」とか、「長生きするのでない限り、トータルでは繰り下げない方がお得じゃないの?」と言われ、繰り下げは止めておいた方がいいのだろうかと悩んでしまいました。
●前編:【「机上の空論でしょ?」年金は“繰り下げ受給派”の64歳夫に妻反論…試算して分かった「意外な結果」】
動画の内容に惹かれて専門家への相談を決意そこで意を決し、社会保険労務士の照岡さんに相談してみることにしたのです。照岡さんは動画共有サイトに年金制度や年金を受給する際の注意点について私のような初心者にも分かりやすい動画をアップしていて、年金受給を意識し始めた昨年頃からよく視聴していました。
動画は通り一遍の解説にとどまらず、具体的なケースを挙げてどうすべきかといった助言も盛り込まれていたので、この人なら適切な助言をもらえるのではないかという期待がありました。
照岡さんの意表を突くアドバイス今までこうした専門家に相談を持ち掛けたことがなかったので事前にメールで資料のやり取りをしている間は多少身構えたところがありましたが、実際に照岡さんの事務所に伺って動画と同じ柔らかな笑顔で迎えられると、ふっと肩の力が抜けるのが分かりました。
実際、照岡さんは素晴らしい相談相手で、私のやたらと長い、しかし、いささか要領を得ない話を粘り強く聞いてくれました。その上で、こんな話をしてくれました。
「いろいろな意見や情報があって、天城さんが混乱されるのはよく分かります。実際、年金の受け取り方に正解なんてないんです。どの方法がいいのかは人それぞれ、としか言えません。繰り上げ受給をされているお友達のお話をされていましたが、その方は酒屋さんの売り上げから生活費が賄えているわけですよね? 一方、会社勤めの天城さんの場合、年金は完全リタイア後の生活を支える柱になります。そもそも、年金の位置付けが違うんです。何歳から受け取ったら受け取り総額を最大化できるかも、その方が何歳まで生きるか次第です。人の寿命は予測できませんよね」
確かに、照岡さんの言う通りだと思いました。そうした中で、照岡さんが提案してくれたのが「夫婦共々心穏やかに生涯を全うできるための受け取り方」でした。
夫婦が「心穏やかに生涯を全うできる」受け取り方とは?「繰り下げと一口に言ってもいろいろな選択肢があります。天城さんも奥さんも老齢厚生年金と老齢基礎年金を受給されることになりますが、それぞれが単独で繰り下げ可能です。私がお勧めしたいのは、むしろ奥さんの方の年金の繰り下げです」
私でなく妻の年金の繰り下げるですって? 意表を突くアドバイスに口あんぐりの私に、照岡さんは理路整然とその理由を説明してくれました。
「天城さんは住宅ローンを払い終えていて、1500万円の退職金はそのまま預金してあり、他に評価額500万円の投資資産もお持ちです。今の支出ペースのままで年金生活に突入しても、毎月の収支はトントンです。将来ご夫婦のどちらかが要介護になったとしても、介護保険のサービスを使えば今の貯蓄から払っていけるでしょう」
「仮に天城さんと奥さんが今の日本人の平均寿命まで生きたとすると、心配なのは天城さんより7年は長生きする奥さんが1人になった後の生活です。奥さんは天城さんの遺族年金が受け取れますが、天城さんが繰り下げ受給をしても、遺族年金は繰り下げ分を加味しない本来の年金額をベースに計算されます。そもそも遺族厚生年金の額は亡くなった人が受け取っていた老齢厚生年金の4分の3ですから、天城さんの存命中とのギャップが大きくなります」
「固定資産税や光熱費などの負担は1人でも2人でも変わりませんから、奥さんが1人になった時に受け取る年金額をなるべく増やしておく方がいい。奥さんの年金の繰り下げは、その極めて有効な対策になります」
自分の年金額を増やすことで頭が一杯だった私にはない発想でした。
「一度、ご夫婦で話し合ってみてはいかがですか? 奥さんが自分の年金は自分で使うとおっしゃるならそれまでですが……」と控えめに私の様子をうかがう照岡さんに、「照岡さんのご提案は説得力があるし、最終的には妻のためになるんだから妻が反対するはずがありません。妻は究極の現実主義者、合理主義者なんです」と返すと、それが照岡さんのツボにはまったのか、ひとしきり、2人で大笑いしました。
実際、私がその日持ち帰った資料を見た直後から、妻は早速繰り下げ受給の検討に入ったようです。私の方は65歳から年金を受給し、家計に余裕がある間は一部を今年から始まった新NISA(少額投資非課税制度)で運用し、インフレに備えることを考えています。
私も妻も納得できる極めて現実的な提案をいただいたおかげで、頭の中のもやもやが一気に晴れました。「こんなことなら、もっと早く照岡さんに相談すれば良かった」と少々後悔した次第です。
※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。
森田 聡子/金融ライター/編集者
日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。
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