仕事に疲れたら“駅直結のオアシス”でプリン・ア・ラ・モードはいかが?…50年以上の歴史を持つ「至高の純喫茶」2選【大森・新橋】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年3月2日 13時0分
(※写真はイメージです/PIXTA)
若者のレトロブームで、昨今再び注目を集めている喫茶店。なかでも、アルコールがメニューになく存分にコーヒーを楽しめる喫茶店のことを「純喫茶」といいます。旅行、お散歩、買い物帰りなど、たまには喧騒を離れてコーヒーと空間に思う存分浸ってみるのはいかがでしょうか。文筆家の甲斐みのり氏が『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より、大森・新橋エリアでおすすめの純喫茶を2ヵ所紹介します。
“モボ・モガ”が歩いた街・大森に佇む、「貴族の別荘」
■大森│珈琲亭「ルアン」
昭和46年、大森で一番の繁華街にオープン
大森にある日本初のフラワーデザイン学校「マミフラワーデザインスクール」で年に数回、講師を務めるようになって随分と経つ。
大森は大正末期から昭和初期にかけて、尾﨑士郎、宇野千代、村岡花子といった多くの文士や芸術家が暮らし、「馬込文士村」と呼ばれた文化的なまち。講座が終わると、100年前にモダンガール・モダンボーイが闊歩した一帯を散策して帰るのを楽しみにしている。
ひとしきり歩いたあとは、大森駅東口側の喫茶店「珈琲亭ルアン」でひと休みして帰るのが定番のコース。昭和46年の開店当時、店の前には映画館が4館もあって、大森で一番の繁華街だったそうだ。
店名「ルアン」は、フランス北部の都市名から
ルアンの先代はもともと板橋で和菓子職人をしていたという。引っ越す予定ができて物件を探す中、ひょんなことから大森の繁華街に喫茶店の居抜き物件を見つけて一念発起。コーヒー教室に通ったり、喫茶店業務の経験があるスタッフからも惜しみなく学びつつ、コーヒー専門店を始めることになった。
フランス北部の都市名である「ルアン」という店名は、以前の店主がつけたものをそのまま受け継いだ。現在は2階建ての建物全体を店舗として使用しているけれど、創業当時、1階の一角は立ち食いうどん店で、2階には麻雀店やマスター家族の住まいがあり、今より雑多な雰囲気だったそう。
そうして少しずつ店舗を拡張し、ヨーロッパの貴族の別荘を思わせる、華やかだけれど落ち着きのある内装が仕上がった。
各所を彩る骨董品は、先代が各地から買い集めたもの。味わい深い文字で綴られた、壁にかかるメニューや看板は、書道家である先代の妻や昔ながらの看板職人が手がけている。
50年以上の年月が、まるでコーヒー色のフィルターをかけたような、こっくりと深みのある喫茶店然とした空間を織りなす。ここにしかない雰囲気が重宝されて、映画やドラマのロケ地としてもたびたび登場している。
東京五輪をきっかけに全席禁煙へ…客層が変化し、若者も訪れるように
「珈琲亭」の名に恥じぬ数十種類のコーヒー
珈琲亭と冠するだけのことはあって、メニューに連なるコーヒーの数はかなりのもの。ストレート、ブレンド、アイス、ヴァリエーションとさまざま取り揃い、全て合わせると数十種類。サイフォンやネルドリップと、それぞれに適した淹れ方で提供されている。
すぐお向かいのパン店のパンを使ったスナックメニューや、お皿の代わりにシルバーのプレートを用いたクラシックスタイルのモーニングも評判だ。
「これでも、父が店に立っていた頃よりは、メニューの数は減っているんですよ」と、2代目マスターの宮沢孝昌さん。
少し前に、父の代から長年勤めていたスタッフが退社したことで、1、2階合わせて80席ほどの大箱を回していくのが難しくなり、しばらく2階に上がってもらうのは週末だけに限っているという。
東京2020オリンピックを機に全席禁煙にしたときは、ぐっと客が減って苦しい時期があったけれど、じょじょに客層が変化して、これまでにない若い世代が、物語の世界へ連れ出してくれるような心ときめく場所として、昔ながらの喫茶店を日常的に利用してくれるようになったそうだ。
現代の“モダンガール”も目を輝かせる「バラ」のメニュー
フラワーデザインスクールで講義を終えたあとの私が、真紅のバラの絨毯が敷き詰められた1階席でいつも味わうのは、ダッチコーヒーで作る「コーヒー・ゼリー」や、ティーカップにロイヤルミルクティーを注ぐ「ベルサイユのバラ」。それから、チョコレート風味のアイスコーヒー「モカ・フロスティ」。
どれも白いバラの花のクリームが彩る愛らしいメニューで、目の前に運ばれてくるたびに、心の中にもぱっと美しい花が開く。
かつて大森で過ごした宇野千代や村岡花子や吉屋信子、自分らしく生きるモダンガールたちも、この時代に生きていたらバラの花のメニューに目を輝かせたに違いない。そんな想像を楽しみながらゆったりと、特別な時を過ごしている。
<DATA> JR「大森駅」東口より徒歩約3分
住所:東京都大田区大森北1-36-2 TEL:03-3761-6077
営業時間:7:00〜19:00(月、火、金曜)
7:30 〜 18:00(土、日曜・祝日)
定休日:水曜・木曜
新橋駅と直結…半世紀以上変わらぬ“地下のオアシス”
■新橋│パーラー「キムラヤ」
「新橋駅前ビル」が新橋駅前に竣工したのは昭和41年。今は当たり前の駅ビルがまだ珍しい時代に建てられた。
ビルができるその前は、辺り一帯「狸小路」と呼ばれる呑み屋街だったという。ビルの入り口に狸の銅像が鎮座しているのも、かつてのこの地の呼び名にちなむ。そうして今も下層階には、食事やお酒やお茶を味わえる多様な飲食店がひしめき、新橋で働き集う人たちの拠りどころとして愛されている。
地下1階にある「パーラーキムラヤ」が開店したのは、ビルの竣工と同じ年。コーヒー豆などを扱う食品会社で営業を担当していた和田精輔さんが、仕事を通して出会った店舗のオーナーに飲食店をやらないかと声をかけられ、脱サラをして喫茶店を始めた。
今、店の前には新橋駅と直結する地下通路があるけれど、開店当時そこは壁。数年後に地下改札が完成して扉が作られると、人通りができて常連客も増えていった。
ビルの地下にあるハイヤー会社の運転手が休憩したり、サラリーマンが朝食や昼食を食べにやって来たり。忙しく働く人が束の間店で羽を休める光景が、半世紀以上変わらず続いている。
モダンなデザインに、気分はまるで映画の登場人物
少し前に店を禁煙にしてからは、あまいもの目当ての若い人たちがこぞって訪れるようになった。店先のガラスケースに並ぶ食品サンプルや、昭和の時代から続く喫茶店然とした昔ながらのメニューが、古き良き昭和の時代の象徴として再び脚光を浴びている。
およそ60年前の成人男性の体形に合わせて小ぶりに作られた赤茶とクリーム色のツートンカラーの椅子や、幾何学的な模様の壁の飾りも、モダンなデザインで心が浮き立つ。
私自身この店で過ごすときはいつも、古い映画の登場人物になったような心持ちで、ときめきが絶えない。駅から直通の地下にあることで、雨の日は特に混雑するというけれど、私も気持ちを晴らすためわざわざ雨の日に訪れ、あまいものを頰張ったことがある。
外が見えない地下空間でも、生きているものを見て心が和むようにと、先代が店の中央に設置した水槽と観葉植物を眺めながら。
頑固な父のこだわりを受け継ぎ、パスタもパフェも一から仕込む
現在、店を切り盛りするのは、父の跡を継いだ2代目マスター・耕一さん。平日は朝から晩まで営業時間が長いため従業員の手も借りながら、母・栄子さんや姉や甥、家族総出で営業を続けてきた。
「父には出来合いのものを出すのを良しとしない頑固なこだわりがありました。スパゲティのミートソースは1から仕込みますし、チョコレートパフェのチョコレートソースも手作りです。やむを得ず冷凍食品を使うことがあっても、必ずどこかにオリジナルのものを加えます」と耕一さん。そのため仕込みに時間がかかり、毎朝始発の電車で出勤している。
プリンだけで3時間半…もっとも手間暇をかける「プリン・ア・ラ・モード」
中でも、もっとも手間をかけているのが、不動の人気メニュー「プリン・ア・ラ・モード」の主役となる、ほんのりラム酒が利いたプリン。卵、牛乳、砂糖を混ぜて下ごしらえを行い、オーブンで焼いて、蒸らし、それから冷やす。1個のプリンの完成までに3時間半かかるというから驚きだ。
キッチンが小さな分、1日に作れる量も限られていて、夕方には売り切れてしまうことも多い。プリン、アイスクリーム、生クリームとともに、コルトンディッシュに盛りつけられるフルーツも、バナナ、メロン、ウサギ形のりんごは、丁寧にカット。
さらに、黄桃、みかん、パイナップル、さくらんぼをバランスよくのせて、あまい宝石箱が完成する。
これが、創業当時から付き合いのあるコーヒー豆の卸会社が店のためにブレンドする豆を使い、ハンドドリップで淹れる濃厚なコーヒーと実によく合う。
「ここ数年は、昔ながらの固めのプリンと紹介いただくことが多いのですが、私としては父から受け継いでいるやり方を続けてやっているだけなんです」。カウンターの中からそう話す耕一さんの手は、決して休むことがなかった。
<DATA>
JR「新橋駅」より徒歩約1分
住所:東京都港区新橋2-20-15 新橋駅前ビル1号館B1
TEL:03-3573-2156
営業時間:8:00~20:00(月~金曜)※L.O.19:30
11:00~17:30(土曜)※L.O.17:00
土曜は途中休憩あり。材料切れで早く閉店する可能性あり。
定休日:日曜・祝日
http://www.shinbashi.net/shop/200602
甲斐 みのり 文筆家
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