平成24年の年賀状「リチャード・W・ラビノウィッツ先生のこと」・「様々な葬儀のこと」
Japan In-depth / 2023年9月13日 13時45分
このころも、今と同じく、「毎晩、決まって漱石の『心』を読んで眠りに入」っていたのだ。いや、今は読むのではなく、聴きながらいつともなく寝入ってしまっている。私のひそやかな世界が増えた。画期的に増えた。散歩中も聴く。
徳島に行ったのは、弁護士会の用件だった。外国弁護士制度についての説明に、日本弁護士連合会の外国弁護士委員会の委員長をしていたので、徳島の弁護士会の方々にその話をしに行ったのだった。
「徳島に行ったら、大塚美術館を訪ねるといいですよ」と私に教えてくれたのも三菱地所の専務をしていたM氏だった記憶だ。
「陶器のタイルで、世界の名画を再現しているばかりか、システィナ聖堂にいたっては、そのままが建物ごと大きく造られているんですからね」という触れ込みだった。そのときだったか、丸の内のオアゾにピカソのゲルニカがありますよ、とも教えてくれた。
鳴門海峡の渦潮はどんなだろうという思いと興味もあった。
そう書いていて、不思議の感に打たれる。
今の私は、徳島に行くことはできるが、美術館を訪ねにはいかない。鳴門の渦潮も拝む気になれない。
そうだった、私の師匠だったラビノウィッツ弁護士の口癖が、「私は世界のどこへでも出かけていきます。ただし、仕事の必要があれば」だった。名所旧跡にはなんの興味もないと言っていた。私はラビノウィッツ先生の下でまる6年間働いた。
私がロンドンに出張と決まると、ここでこの人、あちらでこの人に会ってこいという指示をくれた。もちろん私が担当していた依頼者である。
山中湖を見下ろす大きな別荘地の一角に、窓枠がそのまま富士山の絵の額縁になっている別荘を持っていて、自分が使わないときに若い弁護士だけで出かけて使うことを許していた。パートナーのアーサー・K・毛利が別荘開発会社をやっていて、その特別な一角なのだという話が伝わっていた。
別荘を使わせていただくとき、オフィスの廊下で私に向かって立ったまま、
「ラビノウィッツは、ほら、こう指先が不器用ですから」と、自らモンキージャパニーズと称する日本語で呟きながら、キーホルダーから別荘の鍵を取り分けて渡してくれた。アメリカ人と日本人の夫婦とその間の子ども、日本人同士の夫婦とその間の子どもの6人が一晩、その絶景の別荘に遊んだのだった。子どもが一人だったころのことだから、私は未だ30歳そこそこだったことになる。
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