「平成28年の年賀状」団塊の世代の物語(1)
Japan In-depth / 2024年1月12日 11時18分
「ご亭主、お亡くなりになられていたの。保険金が入ったのはいいとしても、でも、大変だったね。おいくつで亡くなられたの?」
私は、飲みたくもないノンアルコールビールを口元へ運んでほんのすこしすすった。
「うーんと、45だったかな。小さな靴屋をやってたから、取引先の関係で義理で入った保険だったんだけどね、こんなにすぐに保険が役に立っちゃうなんて、って、悲しいような嬉しいような。」
「え?ご亭主が亡くなったんだろう。でも、まあ、生活があるからね。お金が入れば嬉しいよね。人生ってそんなものかもしれない」
私は、<彼女の亭主なら5歳年上として彼女は40くらいだったわけか。なんと若いこと。>と思った。口には出さなかった。しかし、40歳の彼女はどれほどの色香を周囲にまき散らしていたことだろうかと勝手に想像をした。満開になった花の女王。もちろん、真紅のバラだ。いや、彼女なら淡いピンクかもしれない。
そのころ自分はなにをしていたかな。ふっとそう自問してみた。
そうだった、私はバブルの時代の申し子のような弁護士として日本有数の金持ちたちの仕事をいくつも引き受けていた。麻布自動車の渡辺喜太郎氏との出会いもその一コマだった。
あるとき青山一丁目の交差点、ツインタワーの前の横断歩道で信号待ちしていると、突然目の前に黒に輝くベンツの1000というストレッチしたリムジンが停まったことがあった。私の事務所が未だツインタワーにあったころのことだ。へえ、ベンツにこんなストレッチしたのがあるのか、と思いながらみるともなく車の方を眺めていたら、運転手が車のドアを開ける間を惜しむようにして中から一人男が飛び出してくるや、ぼーっとつったっていた私のところに駆け寄ってくる。いきなり、「先生、お世話になっている渡辺です。」とひと言おおきな声で呼びかけられた。渡辺喜太郎氏だった。彼は「どうか、よろしくお願いします、先生」と繰り返すと、その場で私にたいして最敬礼をするや急いで車に戻っていった。
そんなことがあった。34年前のことになる。
或る土地をめぐるプロジェクトで私の依頼者の共同事業者になっていたのだった。
大したものだ、金のためなら弁護士でも街路樹の銀杏にでも頭をさげないではいられない性分、ってことか。それでこの男は巨富を築くのに成功したってわけだ。巨富の秘密をのぞき見たという気がしたものだった。
「うちの亭主、太っとったけえね、心配はしとったんよ。でもうちがなにを言うても聞かんのよ。健康診断を受けてくれってなんど頼んでも、わかったわかったでおしまい。私もまさか死んでしまうなんておもわないから。でも、夜中にうーっと叫んで両の手の平で心臓を押さえて苦しみだして、すぐよ。あっけないものね、人間なんて。」
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