「平成28年の年賀状」団塊の世代の物語(1)
Japan In-depth / 2024年1月12日 11時18分
「へえ、眼科の君に産婦人科の相談か」
「そうさ。広島の産婦人科では困るから、ってね。ま、大阪なら大学に通っていたから土地勘もあるし、ぜひ大阪の産婦人科のお医者さんに、って」
「で、紹介してあげたのか」
「うん。そりゃそうよね。同級生じゃけんね。
おっと、君、確か弁護士だよな。じゃあ秘密を守ってくれるよな」
弁護士だからと人生の秘事をあからさまに相談されることには慣れている。
「そうだよ、弁護士だよ。秘密をまもるのが仕事だ。」
「それで安心した。
こんなこと他では口にできないことだからね。
でも、もうオレたちも歳だから、いまのうちに言っておかないと話すチャンスがなくなってしまう。」
「闇から闇ってのも、便利といえば便利だぜ。」
私のいったことには反応せず、藤友君は大きく息を吸うと、ふーっと吐き出しながら、
「オレ自身、もう長くないんだ。腎臓の癌てやつは治癒しにくい。
誰かに洗いざらいぶちまけないままに死んでしまいたくない。」
「ふーん、そいつは大変だな。
でも、そんなものなのかな。」
「ああ、なにしろ岩本さんの一人目の子どもの父親はオレだからね。」
私は絶句した。目のまえの、みずから光を発しているかのように見事に禿げてしまっている頭と七面鳥のように垂れ下がった両の頬をもった旧友の、一生の秘密がいとも簡単に明かされたのだ。私が弁護士というだけの理由だった。
「彼女、一度結婚したのは事実なんだ。で、一人目の子どもができた。オレが父親だ。彼女とはいろいろあってね。
大阪の産婦人科の医者ってのは、二人目の子どもの出産についての相談だった。もう、そのときにはオレと彼女とは男女の関係はなくなっていて、ただの昔馴染みになっていたんだよ。さっぱりしたもんだよ、もともとが人に隠すことをしている関係だったからね、切れたって、それはそこさ。」
「ふーん。それで二人目の子どもを妊娠したからって君に相談か。眼科医の君にねえ。」
「眼科医には産婦人科の友人はたくさんいるさ。大阪でも東京でも、それこそ那覇でも札幌でもニューヨークでも。」
私からは、話の先をたずねない。人は、しゃべりたければしゃべるものだ。しゃべりたくなければ、仕事でもないのだ、聞く必要などない。でも、きっと話の先が出てくる。私はそう思いながら、席を立って自分のノンアルコールビールの瓶が未だ少し残ったまま立っているテーブルまで歩いて行って新しいグラスに注ぐと、それを抱えてまた元の椅子に戻った。
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