「平成28年の年賀状」団塊の世代の物語(1)
Japan In-depth / 2024年1月12日 11時18分
「ふーん、心臓か。あっけなかったのか」
「うん、心臓。あっけないものよ、人間なんて。
子ども二人がおったけえねえ、正直、お金を残してくれてありがたかった。まだ中学と小学校だったんよ。もしあの保険がおりなかったら私の人生も子どもらの人生も、どうなっていたかわからん。ほんとに女房孝行のいい亭主だった。」
彼女にとっては、何十回も繰りかえした昔話なのだろう。もはやどこにも感情のたかぶりはうかがえなかった。
「お子さんは、いまは」
そう、儀式のようにたずねた。私には、花の女王にも子どもか、当たり前だな、というていどの思いしかなかった。いや、花の女王との話を続けるための方便以上のことではなかったかもしれない。
「うん、もうどっちも結婚して、どっちも子どもがおるわ」
「それでおばあちゃん、てわけだね。お孫さんか、いいね」
「なーんもええことなんかないよね。」
あとで藤友君のテーブルに行ったら、彼が声をひそめて教えてくれた。眼科の医者をしている。同じ中学を受験して合格し、小学校の卒業後も仲よしだった。その後も年賀状の付き合いが何十年も続いている間柄だ。
「岩本嬢、長いあいだ年上の女房もちと付きあっていてね。今でいう不倫だね。その相手っていうのは、それなりに広島では名の知れた企業のオーナー社長だったのさ。
広島興産っていう、ま、不動産のデベロッパーだな、名前のとおり、やり手だったよ。
その広島興産に学卒で入社したんだ、彼女。とってもきれいだった。光り輝いていた。愛嬌もよかったから入社して半年もしないうちに社長秘書っていうことになってしまった。」
「ふーん、そうなの。
でもさっき、彼女、亭主が死んだら多額の保険金が入ってきたから、嬉しい面もあったなんて言っていたよ。」
「それさ。子どもが二人いた。でも、彼女は大阪の大学を出てすぐ広島の実家に戻ってからその広島興産なる不動産会社に勤め始めて、ずっと辞めないでいた。
辞めたのはつい最近、その不動産会社のオーナー社長が死んでからさ。つい何年かまえのことだよ。」
藤友君は、医者になってから東京の公立病院で勤務医をしていたことがあった。その間になんどか話をしたこともあった。しかし、岩本さんのことに触れたことはなかった。
酒に酔ったのか、藤友君は私を壁際に並べられた椅子に誘い、さらに話し続けた。
「でも、オレが言うのもなんだが、彼女、とても不幸な人生だったようになんだ。あの調子の明るい面しか他人には見せない人だからね。誰もなんとも思わなかった。でも、オレは彼女に相談されて大阪の産婦人科の医者を紹介したことがある。」
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