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団塊の世代の物語(9)

Japan In-depth / 2024年10月15日 23時0分

1997年にそのとおりになった。





あの山一証券の社長のセリフ、「社員は悪くないんです」という叫びを覚えている?」





「立派な方だと感じ入ったわ、あの方。いまどうしていらっしゃるのかしら。最後まで従業員の再就職の心配をしていらしたって聞いているけど。」





英子がカップを三津野に手渡しながら、また毛布のなかに潜り込んだ。





「要するに都市銀行が激減してメガバンクになったこと、それに大蔵省が解体されて金融庁が誕生したことに全てが象徴されていると思っている。





三津野は二つのカップを大理石の丸いテーブルにもどすべくまた立ち上がった。バスタオルを巻きつけたが、こんどは英子はなにも言わなかった。





「しかしね」





と英子の横に自分の体を滑りこませながら、話を再開し、さて英子に触れたものかと迷った。が、





<今しかない、この瞬間を逃したら、次はないかもしれない>





という思いが火の点いたように三津野の身体じゅうに広がる。身体を横にして上を向いている英子の左の胸に右の手のひらを置き、その暖かさを感じながら言葉を続けた。ほっとした。





「僕は、バブル崩壊後日本は未だに安定した構造にたどり着いていないと思っているよ。戦後40年かけて高度成長を達成した。その後にはその果実を味わっている日本の甘美な姿があった。それが、あっという間にめちゃめちゃに壊れた。





今僕らが目にしているのはその後の日本の姿だ。





僕は歴史学者の小熊英二という方の考えにとても共感しているんだ。」





<あ、これも大木先生の受け売りだ>





三津野にまたあの感情が湧きあがる。しかし、こんどは抑えつけることができた。





「日本は、森鴎外の小説のタイトルを借りていうなら、再び『普請中』になったっていうことだと思っているんだ。」





「ああ、あのドイツ時代の女性、鷗外を追いかけて日本まで来た女性が、ダンサーとして相方の男性を連れて訪日したっていう話ね。





私、あれ、嘘だと思ってる。ま、小説だから嘘でいいんだけど、きっと鷗外氏、そのころあの虚構の物語を書かなきゃいけない理由があったんだろう、って。





たぶん、奥さんの関係か、役所の関係かでそういうお話を世間に向かって打ち出す必要があったのでしょうね。鷗外さんもなんだかとても大変だったのね。」





「おもしろいね。そうかもしれない。





だって、そもそも鷗外が『舞姫』を書いたのも、そうした一種よこしまな考えがあってのことだろうからね。舞踊団の団長のセクハラを我慢して『恥じなき人』となる一歩手前の踊り子を救ったっていう話を創りあげて、その女性との純愛をドイツから来た女性と森林太郎の正伝にしてしまう。文章の力を信じていた鷗外らしい。





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