団塊の世代の物語(9)
Japan In-depth / 2024年10月15日 23時0分
「いや、他にもたくさん優れた方がいたけど、たまたまじゃないかな。前の社長が決めたんだけど、長い間部下として仕えた方だったから、たまたま他の方より信頼が厚かったということかな。」
「エコ贔屓?」
「ま、近いかな。ただし、いい意味でね」
「あなたなら、エコ贔屓だなんて誰も言わない。」
「ありがとう。
とにかく、牧山さんは日立の方だからね。重電の強い日立で半導体を率いていた、その業績悪化の責任を取らされたってことらしい。
でも、牧山さんの話をするのは、そんなことが言いたいんじゃない。
トラウマ、って表現されている、アメリカによる日本攻撃の具体的事実の指摘がとっても印象に残ったんだ。
日米半導体協定が締結されたのが1986年の9月。要するに日本市場の20%をアメリカに保証し、日本の半導体製造のコストまでアメリカ政府に開示して最低販売価格のお墨付きを事前に戴きます、っていう、まるで自由主義経済じゃない内容なんだな。
でもね、牧本さんがトラウマと表現しているのはそのことじゃない。そんなことで弱音を吐く方じゃない。
問題は、半導体協定が締結されて未だ半年しか経っていないとき、1987年3月にアメリカが通商法301条による制裁をやるって発表したことなんだ。」
「えっ?未だ半年なのに?」
「そう。でも、アメリカの凄いところはそこじゃない。
なんと、その制裁の対象が半導体そのものじゃなくって、パソコン、カラーテレビ、電動工具の三製品だったところさ。それらに100%の報復関税を賦課する、っていう内容なんだ。」
「日本の首相は誰だったの?ちゃんと文句を言わなかったの?」
「言ったさ。中曽根さんは翌月に渡米してレーガン大統領に会っている。トップ会談だ。
でも、アメリカの答は『約束じゃダメ、結果が出てからだ』という、つれないものだった。
この二つ、301条と首脳会談の決裂が日本にアメリカの怒りの大きさを思い知らせたんだな。『日本はすっかり萎縮してしまったのだ。これは一種のトラウマとなって長く尾を引いたように思われる。』と牧本さんはその本のなかで書いている。渦中にいた人物の証言だからね、僕は重いなと思ってる。『長く尾を引いた』っていう表現は腹にこたえる。」
英子はおびえたように三津野の胸のうえに置いていた腕を引っこめた。
「そうなの。アメリカなのね。それであなたは『第二の敗戦』ていうのね。」
「そうだよ。牧本さんらの払わなければならなかった代償は、自分たちの力ではどうにもならない世界のパワーゲームだったってことさ。」
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