いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く2(イースターのハイチ)
ニューズウィーク日本版 / 2016年5月31日 15時0分
<『国境なき医師団』の広報から取材を受けた いとうせいこうさんは、団の活動があまりに外部に伝わっていないと思うやいなや、"現場を見せてもらって、原稿を書いて広めたい"と逆取材を申込み、ハイチを訪れることになった...。>
参考記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く1(プルーフ・オブ・ライフ)」
空港到着
ハイチの首都、ポルトー・プランスの小さな空港に着いたのが、日付の上で前日の朝八時だったと思う。トランジットの度に時間をホップするように後戻りしたため、俺は時の感覚を失ってただひたすら頬や顎に生えたヒゲをさすってぼんやりした。
空港内で簡単な入国審査(空港税を100ドルほど払うのが主眼だと思えた)をすませている間にも、カリブの陽気な音楽が施設内に響いていた。反響がよく効いていて、そこそこ高価なスピーカーを設置しているなと思った。
だが、いざハイチ国内へ足を踏み入れてみると、空港の奥のフロアで体を揺らしている五人組の男たちがいた。マラカス、カホーン、小さめのコンガ、バンジョー2本のバンドが生演奏していたのだ。ホールの鳴りと、彼らのプレイの確かさのあまり、それは目の前で見ていても録音されているようにしか聞こえなかった。このリアルさのずれは、その後も俺をしばしば襲うことになる。
外へ出ると涼しい風が吹いていた。陽に当たるとそれなりの暑さはあるが、ハイチは雨季直前のベストシーズンなのだった。その気持ちのよい晴れた朝の空の下に、たくさんの男が群れ、次々と空港から出てくる者に話しかけていた。タクシーはどうだ、と言うのだ。
発展途上の国なら当たり前の光景だけれど、客引きの目の真剣さは例えばバンコクよりマニラの方が鋭いし、ニューデリーならなおのことだ。そしてハイチのそれにもかなり切迫したものがあった。
谷口さんと俺は訛ったフランス語か、現地のクレオール語かでさかんに話しかける人々をかきわけるようにして先へ進んだ。誰かが迎えに来ているはずだというのだった。
谷口さんが一人の黒人女性に「MSFはどこですか?」と聞いたのだと思う。女性は背後を指さし、「MSF!」と言った。現にそちらに白いベストを着用した現地の男性がおり、その胸に赤く『MEDECINS SANS FRONTIERES』と印刷されているのが見えた。
俺はその折の彼女の声の調子を忘れていない。みながみなガツガツと客を取りあい、生活の糧のために喉を涸らしている中、その瞬間の彼女は善意の塊のようになった。尊敬、というようなものが伝わり、MSFを探している我々を妨げずに通せと周囲に警告する強い感情があった。実際、黒人女性の「MSF!」という叫びのあとからは、客引きは一切我々に話しかけようとしなかった。
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