選挙で疑問ばかり残った各党の消費税公約
プレジデントオンライン / 2017年10月24日 15時15分
■日本の財政赤字はGDPの約2倍
「snap election」(突然の選挙)。今回の日本の総選挙を諸外国のメディアはそう呼んでいます。実際かなり「唐突感」のある解散だったのではないかと思います。そのことは、各党の選挙公約の「急ごしらえさ加減」を見ても感じられます。そんな中、安倍総裁が「消費税増税分の使途変更」を訴えたことから、消費税が総選挙の争点の1つになっていました。
この問題を考える出発点として、そもそも何のための消費税の引き上げだったのか、2012年に与野党で合意した社会保障・税一体改革(以下「一体改革」)ではどんな議論をしたのか。原点に立ち戻って確認をしておきたいと思います。
一体改革は、「財政健全化」「経済再生」そして「社会保障改革」を同時に達成するための改革です。この3つは深い相互依存の関係にあります。安定的な成長がなければ財政再建もできないし社会保障の財源も確保できません。社会保障が機能しなければ社会の安定と活力が失われ経済社会は発展しません。財政が健全でなければ政府は財源不足で機能不全に陥り社会保障はもちろん、あらゆる分野でその役割を果たせなくなります。どれ1つを欠いても経済社会が機能しなくなるのです。だから一体改革なのです。
日本の財政赤字はGDPの約2倍、第二次世界大戦敗戦直後に匹敵する巨額なものです。経済が成長軌道に乗れば金利は緩やかに上昇していきます。その前に財政収支を黒字化しておかないと財政赤字は縮小するどころか発散(増加)していってしまいます。なのでまず財政健全化を達成すること。そして一般歳出の半分は社会保障関係費ですから、年々歳々の財政赤字の半分は社会保障から発生しているといってもいい。このままでは社会保障の機能維持という観点からも財政健全化という観点からも持続可能性はありません。
社会保障の財源を将来世代の負担にせず現世代で負担するための消費税引き上げです。消費税を社会保障財源化し、社会保障の機能強化・機能維持に充当して財政赤字に頼らない社会保障財源の安定的確保を実現し、財政赤字を縮減して財政健全化を達成する。一体改革とはそのような考え方で設計された国民に負担を求める改革です。
歴史をひもといてみても増税を正面から掲げて総選挙を勝ち抜いた政権はまずありません。ですが、誰が政権を担当するにせよ避けて通ることのできない課題、財政健全化や増税は政争の具にしてはいけない、という共通理解ができたからこその与野党合意です。
■財政健全化の「5つの1%」
次に、具体的な消費税の充当先について確認します。よく「5%のうち、1%は社会保障だけ、4%は財政健全化といわれますが、実際は「5つの1%」で次のように構成されています。
・制度改革に伴う増―医療・年金・介護・少子化4分野の給付改善1%
・高齢化に伴う増―いわゆる「社会保障費の自然増」をカバーする経費1%
・基礎年金国庫負担1/2確保1%
・消費税導入に伴って生じる国・地方の負担増1%
・機能維持―財政赤字の純減1%
「財政健全化4%」といわれているうちの1%は基礎年金国庫負担1/2実現の分、1%は毎年夏の概算要求シーリング(※1)で問題になる「社会保障費の自然増」に充てられる分です。これらの部分は「消費税を負担する世代の給付拡充」にはなりませんが、社会保障給付財源に充てられる部分です。つまり構図は次のようにも見ることができます。
※1 財務省が翌年度の予算編成を始める際、分野ごとに予算額や各省庁が要求できる上限を目安として設定する仕組み。
・社会保障の機能強化―3%(給付改善1%、自然増1%、基礎年金1%)
・財政健全化寄与分―2%(政府の負担増分充当1%、社会保障全般の財政赤字削減1%。社会保障費の自然増分は両方に効いてくるのでダブルカウントにすれば3%)
これを財政当局からみれば、財政健全化寄与分は2%分ですが、高齢化で経済成長(≒税収の伸び)を上回って毎年増大していく社会保障費の自然増をカバーする分1%と新規の支出増になる基礎年金国庫負担1/2のための1%分は「これ以上財政赤字を増やさない」という意味で財政健全化に資することになるので、「社会保障の安定化=財政健全化」分としてトータル4%、という説明になるわけです。
一体改革法案成立後、8%への引き上げは予定通り実施されましたが、10%への引き上げは延期されましたので、現時点では増収分は3%しかありません。少子化対策の7000億円と基礎年金国庫負担1%には優先的に充当されましたが、財政健全化などそれ以外の部分は「未完成」なのです。
以上をまず押さえて、消費税を巡る各党の「公約」について考えてみます。
■日々借金を積み上げながら財政運営をしている
一体改革フレームは「社会保障の機能強化と財政健全化の同時実施」を実現するために当時の与野党が徹底的に議論してつくり上げたもので、全体が1つのパッケージになっています。消費税引き上げ延期・凍結や予定以上の給付拡充、医療・年金・介護・少子化以外の施策への財源充当は、そもそも法律改正が必要ですし、新たに見合いの財源を追加で確保しない限り、社会保障の機能強化分の削減か財政健全化の先送りか、自然増充当分を転用しなければならなくなります。これは負担(財源)を語らないサービス競争であって、「財政ポピュリズム」と呼ぶべき類いのものです。
わが国の財政は均衡していません。つまり私たちは日々財政赤字を出し、後代に付けを回しながら社会保障給付や政府のサービスを享受している。これは厳然たる事実です。
「基礎的財政収支の均衡・黒字化」が財政健全化の大きな目標です。基礎的財政収支の均衡とは簡単にいうと「これ以上の借金をしないで財政を運営できる状態」ということです。つまり基礎的財政収支の均衡だけでまだ過去の借金を返済できる状態にはなりません。まして基礎的財政収支が赤字という現状は日々借金を積み上げながら財政運営をしている状態ということです。
成長で財政赤字を消したいなら尚更、成長軌道に入る前に財政健全化(プライマリーバランスの黒字化)をしておくことが必要です。財政健全化を先送りすればするほど借金は膨らみ、将来の若者にさらなる重い負担を負わせることになり、最終的な財政均衡を実現するための負担はどんどん大きくなっていきます。そうなったらいよいよ社会保障も維持できなくなるし、成長のための投資もできなくなります。このことへの明確な対応方針なしに一体改革の枠組みを変更することはおかしいと考えます。
希望の党が突如として公約に掲げた「ベーシックインカム(BI)」についても考えてみましょう。BIという考え方は別に新しいものではなく、2つの系譜があります。リバタリアンの系譜とフェミニズムの系譜です。
前者のリバタリアンは、いわば「極限の小さい政府論」です。全国民に一律の最低所得保障を行って後はすべて個人と市場に任せ、政府は社会保障から手を引く。公的な医療保障や年金は基本的に廃止、BIの財源は廃止した社会保障給付を振り替える。そのほうがトータルの政府の負担は小さくなる、というものです。後者は、GDPにカウントされる労働だけが労働ではない、家事労働や子育てのような対価の払われてない労働(アンペイドワーク)にも社会は対価を支払うべき、というものです。
希望の党が一体どちらの哲学を背景に公約に載せたのか聞いてみたいものですが、それ以前に実現可能性という観点からして、1人月10万円の給付を行うとして年間120万円、1億2700万人で約150兆円。国の一般会計予算の総額より巨額です。一体どうやって調達するのでしょう。ちなみに生活保護は約4兆円、医療扶助や介護扶助を除いた生活扶助は1.5兆円です。医療保険や年金を全部やめて財源を出すのか。実現可能性を真剣に考えた公約とは私には到底思えませんでした。
希望の党の政策ブレーンは「BIは当面社会実験で」といいました。社会実験なら200年前に英国で実証済みです。スピーナムランド法。この法律は英国社会を大混乱に陥れ、結局廃止されました。希望の党はこのことをご存じだったのでしょうか。
※本稿は個人的見解を記したものであり、外務省ともアゼルバイジャン大使館とも一切関係ありません。
(元・内閣官房内閣審議官 駐アゼルバイジャン共和国大使 香取 照幸 撮影=村上庄吾 写真=時事通信フォト)
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