本を信じて"不振会社"を買い破産した素人
プレジデントオンライン / 2018年11月20日 15時15分
■レストランを買い、年商1億6000万に
今、退職金で会社を買うという選択に注目が集まっている。その大きなきっかけは、2018年に発売されたある一冊の本が大ベストセラーになったからだ。
『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社新書)。現在、13万部を超えるベストセラーとなった同書の著者・日本創生投資CEOの三戸政和氏によれば、サラリーマンの転職が活発化しているのと同じように、今後は社長の転職も珍しくなくなってくるのだという。結果、会社を買いたい人と売りたい人の市場が拡大し、サラリーマンが退職金で買える会社も出てくるのだという。たとえば、70歳を超える中小・零細企業の社長が後継ぎを探した結果、元サラリーマンが再就職先として社長に転身するのも珍しくなくなってくるというのだ。
今や、脱サラして起業するリスクをとるより、顧客も商品もすでに持っている会社を割安で買い、社長に転身したほうが、リスクは少ない――。
そんな、夢のある同書の内容を、体現した人物がいた。
「学生時代にアルバイトをしていたレストランのオーナーを引き継ぎ、10年強で年商1億6000万円にまで成長させました。あのとき、会社を買って本当によかったです」
兵庫県で飲食店を経営する齊藤健一郎さん(37歳)だ。彼は大学卒業後、大手自動車販売サイトの営業マンとして働いていたが、学生時代からいずれは社長になりたいという夢を抱いていた。
「とはいっても、何のツテもスキルもなかったので無為にサラリーマン生活を続けていました。が、あるとき学生時代のバイト先のオーナーが会社の後継者を探しているという話が耳に入ったのです。詳しく聞けば、レストランの運営も含めて、350万円前後で売却を検討しているとのことでした」
■300万円で会社を買ったことで人生が変わった
この話に強く惹かれた齊藤さん。だが、当時25歳のサラリーマンだった彼の貯金額はほぼゼロ。会社を買えるカネは持ち合わせていなかった。
「それでも社長を説得して、月10万円の分割払いという条件で300万円で会社を引き継がせてもらいました」
だが、20代のサラリーマンがいきなり会社を辞めて社長になるリスクは大きい。そこで齊藤さんはサラリーマンを続けながらレストランの経営をするという、会社員と社長の二足のわらじを履くことにした。
「当時の店舗は赤字を垂れ流している状態。決して三戸氏の本のように好調な会社を買ったわけではありませんでした。そこで赤字を少しでも減らすため、サラリーマンだった自分は無給で働くことに。18時に仕事を終え、レストランに出勤し、そこから深夜2時まで働く生活を毎日続けました。ほかにも、スタッフの人件費を削るなどの工夫を行いました」
結果、わずか2カ月で店舗の黒字化に成功。さらに12年には2号店もオープンした。気づけば、買収から6年で年商1億円の企業にまで成長させた。
300万円で会社を買ったことで、齊藤さんの人生は大きく変わったのだ。
「成功の要因は、スタッフの教育ではないでしょうか。私が買ったレストランは雰囲気や料理はもともとよかった。あと必要だったのは、コストの削減とスタッフのモチベーションマネジメントだったんです。社員とコミュニケーションを取り、信頼を得ることができれば、未経験社長でも結果は出るのではないでしょうか」
そう自信たっぷりに語る彼は、今次なる一手を考えている。
「社長は落ち着き、そろそろ別のことに挑戦したいため、現在会社の売却を考えています」
■貯金500万円をはたいてレコード会社を買った
一方、会社を買ったばかりに、それまで得ていた資産や生活を手放さざるをえなくなってしまったケースもある。
〈あなたのそうしたチャレンジが、日本でどんどん潰れようとしている優良な中小企業を救うことにもつながるのですから〉
こう締めくくられる三戸氏の著書に対し、「安易に夢を持たせるのは危険。会社を買うなんて、やめたほうがいい」と真っ向から異を唱えるのが、井上和一さん(48歳・仮名)だ。
井上さんが経営者を志したのは、20歳の頃にアルバイトしていたレンタルビデオ店での経験がきっかけだった。
「働きぶりを会社からすごく評価してもらえていたんですよ。商品のレイアウトから、お客さんとのコミュニケーションまで、工夫次第でレンタルビデオ店の客単価は上がるので、面白くなっていろいろと仕掛けていました。そうしたらほかの店からヘッドハントされましてね。次の店では雇われ店長のようなポジションで、時給制ではなく、売り上げの10%をもらうという完全歩合制にさせてもらったんです」
結果、アルバイトながら井上さんの月収は100万円にも上ったという。
「それから10年ほどバイト生活を続けていたのですが、貯蓄も潤沢になった35歳のとき、知り合いが勤めるレコード会社が後継者不足に悩んでいることを耳にしました」
そこは、誰もが知っている有名楽曲も手がけていたレコード会社。もともとクラブでDJとしてステージに立つほど音楽が好きだった井上さんは、この機会を逃してはならないと思った。
「月収100万円のフリーター生活に見切りをつけ、当時の貯金500万円をはたいてそのレコード会社を買うことにしました」
■200万円を追加出資するも、会社は破産
ここまで、学生時代のアルバイトがきっかけで会社を買うことになった点では、齊藤さんも井上さんも一緒。
だが、ここから両者の明暗は分かれることになる。
「しかし、蓋を開けてみれば会社は火の車でした。これは抜本的改革が必要だと思い、前社長の右腕だった専務や役員たちにネットでの音楽配信事業などをすぐに提案しました」
しかし、社員たちは井上さんの話にまったく聞く耳を持たなかった。
「従来のCDの売り上げにこだわり『うちのアーティストは音楽配信なんて嫌がりますよ』の一点張り。そのくせ経費管理は甘く、役員たちは儲かったバブル期の悪い癖が直らないのか、毎晩飲み食いで散財する始末。それに追い打ちをかけるように、会社の不況を察した有能な若手社員が次々に辞めていきました」
こうする間にも会社の借金は増え続けていく。背に腹は代えられず、井上さんは自分の貯蓄からさらに200万円を出資する。
「逃げるわけにもいかず、この会社を誰かに売りさばきたいと思ったのですが、買い手はまったく見つかりませんでした」
結果、井上さんの会社は破産。現在、彼は20歳の頃に逆戻りするように、アルバイト生活で細々と暮らしている。
■パソコンやメールをろくに使えない社員もザラ
「何も知らないサラリーマンが会社を買うと地獄を見る」と警鐘を鳴らす井上さん。だが、彼の失敗の一因には低迷する音楽業界に足を突っ込んでしまったからというのもあるのではないだろうか。すべての業界に「手を出すな」とは言い切れないのでは?
「ほかの業界も一緒ですよ。その本で後継者に悩む高齢社長の会社を買うことが提案されていますが、それこそもっとも危険です。社長が70代なら社員も60代中心で全体が高齢化していることが珍しくない。急にやってきた年下の社長の話など聞かないんですよ」
さらに同書では、中小企業は業務改善の余地が大いにあるため、大企業で培った業務システムのノウハウを導入すれば生産効率が上がることが述べられているが――。
「中小・零細企業の社員は大手出身者に変なコンプレックスを抱いているため、非協力的な態度をとる可能性が高いです。私も『何もわかってないヤツがきやがった』と線を引かれ、簡単に言うことを聞いてくれませんでした。また、大企業で学んだやり方を導入するには時間もお金もかかります。パソコンやメールもろくに使えない社員もザラで、その落差に愕然としますよ」
同書では、実際に買う前に、ある程度の期間、買収候補先企業で役員として働くことを推奨している。そうすることで、会社の重大な瑕疵を発見でき、社員からの信任を得られるという。
井上さんは「本当は、これから成長する会社を買うべきだったんです。後継者不足で悩んでいる会社は、買い手がつかないということ。銀行からカネを借りられないのに、一介のサラリーマンが手を差し伸べたところで、多くの会社では、それは延命措置でしかないと思います」と吐露した。
(編集者・ライター 鈴木 俊之、フリーライター ツマミ 具依 撮影=プレジデント編集部 写真=iStock.com)
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