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なぜデサント社員は伊藤忠に反発したのか

プレジデントオンライン / 2019年4月3日 9時15分

デサントの石本雅敏社長。創業家の石本社長は6月中に退任し、後任には筆頭株主の伊藤忠商事の小関秀一専務執行役員が就く予定だという=2018年12月3日(東京都新宿区)写真=時事通信フォト

■50%上乗せのプレミアム価格で株式を買い集め

3月14日、伊藤忠商事がデサントに対して実施した株式の公開買い付け(TOB、Take-Over Bid)が終了した。TOBへの応募は約1512万株に達し、買い付け予定数の上限(721万株)を大きく上回った。わが国の主要企業間で、今回のような“敵対的TOB”が成立したのは実質的には初めてとみてよいだろう。

これまで伊藤忠は、筆頭株主としてデサントに経営の改善を求めてきた。一方、デサントとしては自社の考えを貫きたかった。伊藤忠は協議を重ねても進展は見込めないと判断し、デサントへの敵対的TOBに踏み切った。

TOBが成立した主な理由は2つある。ひとつは、伊藤忠がTOB価格に50%ものプレミアム(上乗せの価格)をつけたことだ。そしてもうひとつは、伊藤忠のストラテジー(戦略)は、株主にとってそれなりの説得力があったことである。株式買い取り価格と、企業戦略経済の観点から海外投資家を中心にTOBに応募した株主は多かった。

ただこの結果が伊藤忠にとって成功かどうかは、まだわからない。敵対的TOBでは、企業の内部にさまざまな違和感を残すおそれがある。デサントでは、経営陣をはじめ組織が大きく入れ替わる。この状況で伊藤忠が取り組むべきことは、従業員の不安を解消して組織をひとつにまとめることだ。組織の構成員すべてがベクトルを合わせ、その上で経営陣が持続性あるビジネスモデルを構築することが、TOB後には重要となる。

■伊藤忠は「中国事業の拡大」に自信を持っていた

伊藤忠がデサントに敵対的TOBを仕掛けた背景には、両社の戦略の違いがある。

伊藤忠は、デサントの中国ビジネスへの取り組みを加速させ、グローバルブランドを育成したい。具体的には、伊藤忠はデサントに対して、中国において早期に1000店を出す成長戦略に取り組むべきと求めてきた。伊藤忠は中国事業に自信を持っている。加えて、アパレル事業は伊藤忠の岡藤正広会長が強くコミットしてきたビジネスセグメントでもある。

中国は所得水準の上昇とともに世界有数の消費市場として存在感を発揮している。今後の経済動向への不安はあるものの、伊藤忠は中国市場においてデサントのシェアを高めたかった。この考えに基づき、伊藤忠は自社のアドバイスを聞き入れることを強く求めてきた。

一方、デサントは30%を保有する筆頭株主である伊藤忠との資本関係を維持しつつ、独自の戦略に取り組みたかった。

■「水沢ダウン」のヒットで、デサント側にも自信があった

デサントは、国内を中心に高付加価値のブランドを自前で育てることにコミットしてきた。企業が競争力のあるブランドを育成するには、それなりの時間がかかる。その上で同社は、海外での成長戦略に取り組むことを目指してきた。

創業家出身の石本雅敏社長は、「水沢ダウン」のヒットなどを受けて、自らの考えに相応の自信があったはずだ。また、デサントは中国市場の開拓にも取り組んできた。その背景には、売り上げの50%を占める韓国事業への依存度を低下させ、収益源を分散させる狙いがあった。

石本氏には、短期間での中国事業へのコミットメントを求める伊藤忠の考えはリスクが高いと映ったはずだ。中国経済の先行きは不透明だ。加えて、短期間でグローバルブランドを目指せば、従来の製品よりも品質が低下するなどしてブランド価値が損なわれるとの危惧もあっただろう。

■ついに「資本の論理」が「日本の企業風土」に勝った

両社は協議を重ねてきたが、折り合いはつかず、話がこじれてしまった。そのため、伊藤忠は敵対的TOBに踏み切った。これは「資本の論理」が「わが国の企業風土」に勝ったことを意味する。わが国における企業経営の常識が大きく変わりつつあると考える。

長年、わが国の企業は、融和を重視した経営を行ってきた。企業は波風を立てることを避けてきたともいえる。

企業の経営者と株主の利害が対立した場合、話し合いによる利害の調整が優先されることが多かった。背景には、多様な利害関係者(株主、地域社会、顧客など)の納得感や安心感が得られていない状況の中で経営の主導権を確保できたとしても、企業が多様なステークホルダーと長期の良好な関係を築くことは難しいとの考えがあった。

一方、伊藤忠は経済合理性(期待収益率の高いマーケットに進出し、シェアを押さえること)に強くこだわった。世界経済の中で相対的に高い成長率を維持し、人口が多い中国にビジネスチャンスがあることへの異論は少ないだろう。この考えの是非を問うべく、伊藤忠はデサントへの敵対的TOBに踏み切った。

■海外投資家は「50%」という株価プレミアムを評価

ここで重要のはTOB価格の水準だ。伊藤忠はTOBの価格を2800円に設定した。これは、1月30日のデサント終値に対して50%も高い。50%という株価プレミアム(基準日の株価に対する上乗せ価格)は、わが国の株式市場の70%超の売買を占める海外投資家を中心に、多くの株主の賛同を得た。伊藤忠の主張は、株主に対して、デサントの戦略を上回る成長への期待を与えた。

その結果、伊藤忠は敵対的TOBを成立させた。これは、「わが国の企業風土」よりも、価格や経済合理性に基づく「資本の論理」に軍配が上がったことに他ならない。

現時点で、伊藤忠の拡張主義的な戦略の正否はわからない。中国経済の動向など、新生デサントの将来に影響を与える要因は多い。伊藤忠が取り組むべきことは組織全体を落ち着かせ、ひとつにまとめることだ。

■なぜ1000人超のデサント従業員が反対したのか

企業が実力を発揮するには、組織構成員の視点がひとつの方向に集中していなければならない。「ヘッドカウント×集中力」が企業の実力だ。その上で、伊藤忠は長期的に付加価値を創出できるビジネスモデルを構築しなければならない。これは一朝一夕にできることではない。

TOBは、禍根を残す。なぜなら、TOBは組織を根本から変えてしまうからだ。その不安があったから、1000人を超えるデサントの従業員もTOBに反対した。伊藤忠主導の下でデサントの取締役10人のうち9人が退任する。デサント内では、伊藤忠が経営を主導することへの反発感、組織が変わることへの不安がかなり強くなっているだろう。

TOBが成立し、デサントの組織は不安定化している。その中で伊藤忠は短期間での成果実現にこだわるべきではないだろう。強引に自社の主張を突き通そうとすれば、さらにデサント内部に動揺が広がる。それは、デサントの経営の持続性を低下させる。状況によっては、伊藤忠にもリスクが波及しかねない。

■TOB後の判断を誤ると、組織の統率が取れなくなるおそれ

今回のTOB成立はわが国企業全体にとって大きな意味がある。大手企業が仕掛けた敵対的TOBの成立を受け、わが国企業の経営風土は、融和重視から、資本の論理に基づいたものに変化していくだろう。

今後、筆頭株主と経営陣の議論が行き詰まった場合、国内主要企業間での敵対的TOBが増える可能性がある。ただし、TOBの成立が企業の成長を保証するわけではない。TOB成立後の判断を誤ると、組織の統率が取れなくなるおそれがある。

そのリスクを抑えるために、企業は、組織をまとめ、持続性あるビジネスモデルを確立しなければならない。伊藤忠によるデサントへのTOB成立を契機に、組織力の引き上げを通して、長期の視点で成果の実現にこだわる企業が増えることを期待したい

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)

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