1000坪相続から8億円借金に転落した男の末路
プレジデントオンライン / 2019年9月12日 11時15分
※本稿は、テツクル『ぼく、街金やってます』(ベストセラーズ)の一部を再編集したものです。
■にこにこしながら近づく人には気をつけろ
お金持ちの人がいたら、ぼくはこう言います。
にこにこしながら近づいてくる人には気をつけたほうがいいよ。
ただの空き巣や強盗に入られるくらいだったら、身ぐるみはがされることはたぶんありません。人間が持ち出せる量には限界がありますから。殺されなければ、かすり傷。
でも、にこにこしている人たちが使うのは力ではなくて、アタマです。アタマを使って、あなたの資産を根こそぎ狙ってきます。
Gさんは、地方都市の地主のひとり息子でした。地主といっても、そのへんの自称地主ではなく、本物のザ・地主です。
自宅の敷地は1000坪くらい、門から80メートルくらいの奥まったところに大きな屋敷があり、そこが住まいです。その周りにアパートや駐車場も持っています。
物静かで、世間知らずのGさん。服装や持ち物にも無頓着で、とても莫大な資産を持つ人には見えません。
そんなGさんがぼくのところに来たのは、借り換えの申込みでした。謄本を見ると、広大な土地やアパートを担保に、短期間に借り換えを繰り返しています。
一緒に来たブローカーの隣にちょこんと座るGさん。
「えーと、借り換えですよね」
「……はい」
「なんでまた借り換えするんですか? この前もしてません?」
「大丈夫です、支払いはできますから……」
■街金の次は反社会的勢力からも借金
何かおかしい。借り換えすれば、紹介したブローカーには手数料が入ります。
「いい条件で貸してくれるところ、紹介するから」
うまいこと債務者を言いくるめて、必要のない借り換えを繰り返させて借金を膨らませていく悪徳ブローカーというのは確かにいます。
借りる額が多ければ多いほど実入りも増えるので、ブローカーも頑張ります。理由はわからないけど、Gさんの意思とは関係なく借り換えをしている感じです。
でも担保もあるし、本人が借りたいと言ってるんだから、貸しました。街金ですから。
そんな温厚で実直そうなGさんだったのに、予想外の事件が勃発しました。ぼくが設定した抵当権の次に、反社のフロント企業の抵当権が設定されたんです。お屋敷に乗り込み、一括返済を求めます。
「Gさんさ、反社の人から借金したよね? そんな債務者とはもう付き合えないから、いますぐ全額一括で返してよ」
「いや、無理ですよ、そんなの」
「あのね、契約書に反社条項ってあるの。Gさんがルール破ったんだから。いますぐ返せって言ってるんだけど」
「そんなの知りませんよ」
「いやいや知らないって何? ハンコ押してるのおまえだろ! 眠たいこと言ってんじゃねーよ! 返せないならまた借り換えしろよ」
「いや……だって……すぐには……」
「あのさあ、いい加減にしろよこの(自粛)」
Gさんをなだめすかしてよそで借り換えさせて、無事回収完了。
■取り立てた後に首をつって自殺
Gさんのことも忘れかけていたころ、Qさんという弁護士から電話がありました。
「わたくし、Gさんの財産を管理している者ですが、テツクルさんはGさんのことご存知ですよね?」
「あー、あの地主さんね。昔、ウチのお客さんだったかな」
「亡くなったんですよ、首つって自殺です」
「はい?」
街金で働いていると、債務者の死にぶつかることがたまにあります。でも、ぼくが取立て厳しくやりすぎて、というのは一度だってありません。本当です。
「そうですか、ご愁傷さまです。で、何か?」
「テツクルさん、Gさんに何かひどいことしてませんか? たとえば取立てのときとか」
屋敷に乗り込んだときのことが頭をよぎります。でも違法行為はしてないし……。ちょっと怒鳴ったくらいだし……。
「いやいやいや、そんなことするわけないじゃないですか。闇金じゃないし。確かにトラブルはあったけど、そこはちゃんとした話し合いで解決を……」
「実はGさん、毎日細かく日記をつけていて、そこに『テツクルのやつにひどいことを言われた。あいつだけは許せない』とか、すごく細かく書かれてるんですよ、(ピー)と言われたとか、(ピー)と怒鳴られたとか……。ちょっと話を聞きたいんですが」
「日記? なんすかそれ……」
滝汗です。
Gさん、そういうのは墓場まで持っていって……。
■「相続した土地で事業」まではよかったが……
取立て(法律の範囲内です)の件についてはあれこれ説明して弁護士を納得させたものの、それにしてもGさんの身に何が起こったのか聞いておかないと、またいつ変な火の粉が降りかかるかわかりません。
蛇の道は蛇。いろいろと伝手をたどっていくと、こんなことがわかりました。
Gさんには親兄弟がなく、親戚づきあいもない。友だちもいない。地主だった親のおかげで生活には苦労はしないけれど、ひとりで寂しい毎日を送っていたGさん。
そこへ登場したのが、行政書士のHでした。
「Gさん、こんなに不動産があるのなら、そのまま寝かせておいてはもったいないですよ。土地に働いてもらって資金を調達して、事業をはじめましょう」
「事業?」
「ええ、社長はもちろんGさんにお願いします」
「……ぼくが社長?」
いままで想像もしていなかった世界にわくわくしてしまったGさん。でもこれは、地獄への第一歩。
Hとその仲間がGさんにささやきます。
「Gさん、この事業をはじめるのにこれだけのお金が必要なので、この土地を担保にお金を借りましょう。ここにハンコをお願いします」
「ここでいいの? ハイ」
ぺたっ。
「こっちのほうの資金が少し足りないから、この土地を担保にして借り入れしますね。ハンコください」
「えと、ここ?」
ぺたっ。
■借り換えを繰り返し8億円の借金地獄に
「来年のことを考えると、運転資金を調達しておいたほうがいいんじゃないかな。お金を借りてくるんでハンコ頼みます」
「……大丈夫なの?」
「もちろんですよ! 社長はドーンと構えていればいいんです! さ、こちらの書類にハンコを」
「うん……」
ぺたっ。
「枠がいっぱいになっちゃって、いまのところだとこれ以上借りられないんで、ちょっとほかの業者に借り換えしましょう」
「……借り換え?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと返済できますから問題ないです。余裕で返していける金額ですから」
「……そうなの?」
不動産を担保に借金を重ね、膨らんだ債務、総額8億円。その中には、前述のとおり反社から借りた借金もありました。
Gさんは、Hの事業の話は半信半疑だったのかもしれません。でも、食事に連れていってくれたり、ドライブに連れていってくれたり、Hと過ごす時間は有意義だったのかもしれません。楽しかったんでしょう。実際は、ドライブと称して金融機関や街金に連れていかれていただけでしたが。
でも、さすがに借金が増え続けることに不安を感じはじめたとき、Gさんの前にIというブローカーが現れました。Iは、「あなたはHに騙(だま)されているよ。オレが助けてあげるから、もうHとは縁を切りなさい」と、言葉巧みにGさんを誘惑します。
Iの言葉に惑わされて苦しんだんだと思います。謄本には、Iの紹介で借りたであろう抵当権もありました。これを知ったHはGさんを詰めるでしょう。
そして、板挟みに苦しんだGさんは精神的に病んでしまい、首をつるということになったらしい。完全に食い物にされてしまいました。
でもなんで、日記にぼくの名前を書いたりするのよ……。
■相続を守るための知識さえ持っていれば
何もわからないまま大金を相続してしまった人には、こういう罠(わな)にはまってしまう人がいます。不動産のことにせよ、お金のことにせよ、それを守るために知識がなさすぎるからです。
Gさんの一件も脅迫ではないし、何か言われてもHが「共同事業をやってました」って言えば、犯罪にならない。
そもそも当事者は自殺してるし、訴える親族もいない。
かわいそうだなとは思っても、どうしようもないことってあるんです。
それにしても、Gさんの自殺で事故物件になってしまったあの広い屋敷、どうにかして手に入れたかったな。事故物件も、ちょっとしたテクニックで、値崩れせず売れるんです。
Gさんもこういう知識があれば、食い物にされずにすんだのかもね。
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消費者金融業者
20代より金融業に携わる。福岡と東京で修行し、現在、池袋で金融業(街金)を経営。この道20年を超えるベテランで、自分が金融業に入るきっかけを書いた自叙伝「ぼくと街金」(note)が好評を博す。新著に『ぼく、街金やってます:悲しくもおかしい多重債務者の現実』があるTwitterアカウント:@tetukuruixi
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(消費者金融業者 テツクル)
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