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小児科医が「子連れ出勤より優先するべき」と訴えること

プレジデントオンライン / 2020年3月25日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

2019年、政府は「子連れ出勤」を後押しする方針を打ち出した。だが、小児科専門医の森戸やすみ氏は「子どもの身になって考えられたものではなく、保護者も困る方法だ。それよりも先に、現実的な施策がある」と指摘する――。

※本稿は、朝日新聞の医療サイト「アピタル」の連載をまとめ、加筆した、森戸やすみ『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(内外出版社)の一部を再編集したものです。

■日常的な「子連れ出勤」はムリがある

気がつけば、いつのまにか「保活(ほかつ)」という言葉が定着していました。子どもを保育園に入れるための活動をいいますが、都市部では慢性的に保育園が足りておらず、認可はもちろん無認可も見学して申込みをしても入れず、待機児童になってしまうことが多々あります。そうすると父親か母親のどちらかが育休を延長して自宅で子どもの世話をすることになるわけですが、だいたいは育休をとりやすい母親が復職できないということになってしまいます。これを“よくある話”にしておいてはいけませんよね。

そこで、2019年に政府が「子連れ出勤」を後押しする方針を打ち出しました。でも、これは保護者と子どもにとって、現実的でベストな解決策なのでしょうか?

ときと場合によって、子連れ出勤をしなくてはいけないことはあるかもしれません。

たとえば保育園に通っている子でも、病気になり、回復はしたけど登園基準には満たないときなどは預け先がなくなってしまいます。とても困りますよね。こんなとき、子どもを連れていっていい職場だと、多くの保護者が助かると思います。

ただ、それが日常的になるとどうでしょう? まず、当たり前のこととして、小さな子どもは長時間じっと静かにひとりで過ごすことができません。しつけをする・しないという問題ではなく、発達上どうしても大人と同じようにはできないのです。年齢にもよりますが、仕事の場所だろうがなんだろうが、騒いだり、泣いたり、走り回ったり、遊んでほしいと要求したりします。果たして、それらの子どもの要求を満たしながら、まともに仕事を進めることができるでしょうか?

■保育園ではこまめに「呼吸チェック」をしている

次に、子どもたちが長い時間を過ごす場所には、安全を守るためのルールが必要です。そのため、未就学児が通う保育施設では「子ども・子育て支援法」「児童福祉法」など、さまざまな法律が適用されています。

たとえば、保育園では昼寝の時間に「定期的に子どもの呼吸・体位、睡眠状態を点検すること等により、呼吸停止等の異常が発生した場合の早期発見、重大事故の予防のための工夫をする」という事故防止ガイドラインがあります。睡眠中、特にうつぶせ寝のときに突然赤ちゃんが死亡する乳幼児突然死症候群(SIDS/シッズ)という病気があることがわかっているためです。

私が園医を務めている区立保育園では、子どもたちがどの向きで寝ていても、5分ごとに呼吸状態を確かめています。子連れ出勤をした場合、そもそも昼寝をさせられるかどうかも不明ですが、さらに呼吸チェックまでしながら働ける職場はまずありません。

また、子どもは保育園でたくさん遊ぶものです。保育施設では子ども1人に対してのスペースが定められていますが、職場に連れていくとなるとその確保はむずかしいでしょう。月齢に合わせて体を使った遊びができるような備えもなく、自由に動きまわれるスペースもなく、誰かが外遊びや散歩に連れ出すこともできません。

さらに、通勤時の安全性はどうでしょう。都市部の場合、子ども連れで長時間、満員電車に揺られたり、人であふれる駅のホームや階段を歩いたりといったことを日常的にするのはとても大変です。危険も多いので、保護者は気が気ではないでしょう。

■子どもの身になって考えられた方法ではない

それに、小さい子はすぐに風邪をひきます。具合が悪いときに寝たり休んだりするのに適していない場所で過ごさせるのはかわいそうですし、保護者にとっても仕事をしながら子どもの微妙な体調の変化にも気を配るというのは至難の業(わざ)です。

「預ける先がないなら職場に連れていけばいい」と言うのはとても簡単です。言うだけなら、誰にでもできます。けれども、残念ながら子どもの身になって考えられたものだとは思えませんし、保護者だって困ることがたくさんあります。

SNSなどを通じて、海外の子育て事情が垣間見えることがあります。学生が子連れで授業を受けているときに子どもが騒いでしまって、先生がその子を抱っこしてあやしながら授業を続ける……、という動画を見たことがあります。とても心が和む光景でした。

一方、日本では2017年に熊本市議が生後7カ月の赤ちゃんを連れて議会に出席したところ、なんと退席要請が出されました。その少し前には国会議員が公用車を使って子どもを議員会館内の保育所に預けてから出勤したとしてバッシングされました。総務省のルールでは問題ないとされたにもかかわらず、非難されたのです。

こうした日本の現状を見ても、子連れ出勤が現実的だとはとうてい思えませんね。少子化を克服したといわれるフランスでは、保育園のほかにも、保育士の資格を持った人が自宅で子どもを預かる“保育ママ”制度などの保育政策を充実させたほか、育休中の保護者への手厚い保障、公共施設や民間企業それぞれが行う育児支援対策など、現実に即した施策が功を奏したそうです。こうした根本的で大胆な対策もせず、無理のある子連れ出勤を推進する日本の少子化が解消されることはないでしょう。

■子育てが「女性だけのもの」にされている

私がもうひとつ気にかかっているのは、子どもを産み育てることにまつわる問題がすべて“女性だけのもの”とされている点です。

政府が子連れ出勤を打ち出したとき、当時の少子化担当大臣は「赤ちゃんの顔が幸せそう。乳幼児は母親と一緒にいることが何よりも大事ではないかと思う」と語ったと報道されました。その後、「母親だけを対象としたものではない」と釈明したようですが、当然ですよね。乳幼児は父親ではなく母親と一緒にいるべきという考えは、今の時代に合いません。両親という言葉は親が2人いるという意味で、保護者としての責任は等しいものであるべきです。

育児のほとんどを担ってきた女性の中には、政府の見当違いな方針や政治家の放言を「またか」と思った人が多いと思います。無力感に陥りますよね。

私は、男性がもっと育児を積極的にやるようになれば、育児環境が劇的に改善すると考えています。「子どものことは母親」というつもりが父親側になかったとしても、実情を知らなければ当事者意識は持てません。保護者としての当事者意識を持った男性が、一緒に問題解決にあたっていくことが不可欠なのです。

子連れ出勤を推し進める前に、子どもの顔を見る時間も持てない長時間労働や、ベビーカーはもってのほかの満員電車など、改善しなければならないことはたくさんあります。

働き方が変われば、育児はたしかに変わります。それは、社会のあり方全体が変わることでもあると思うのです。

■「今日、一睡もしていません」と語ったお父さんの姿

私は乳幼児健診のとき、最後になんでも自由に聞いていただけるようなオープンクエスチョンをしています。あるとき、「今、お子さんのことで聞いておきたいことや心配なことはありますか?」と尋ねたところ、「介護の仕事の夜勤明けなので、今日、一睡もしていません」と語り始めたお父さんがいました。

大変ご苦労をされている様子でした。公立保育園にお子さんを入れることが認められず、職場の保育室に預けて働いているそうです。夜勤のとき、子どもたちは夜を眠って過ごしますが、お父さんは夜を徹して働きます。夜が明けて家に連れ帰ると、今度は子どもたちの世話に加えて家事があります。眠くて仕方がないのに眠れない……。

お母さんは同じ職種で、職場は別。そちらには保育室がないので連れていくことができず、お父さんとお母さんは入れ替わるようにして出勤しているのだと話してくれました。疲労の色が濃いながらも淡々とした口調で、「自分がうっかり眠ってしまったときに、子どもたちが危険なことをしないかが心配です」と語るお父さんからは、真剣に子育てをしている様子が伝わってきました。

■土曜日の小児科は、お父さんでいっぱいになった

“イクメン”という言葉は、2006年頃に生まれたそうです。

お父さんが子どもを連れて小児科に来るのは、今やごく当たり前のこと。土曜日の待合室は、子連れのお父さんたちでいっぱいです。お子さんの症状だけでなく、普段の様子もとてもよくご存じです。私が通勤のときに見かける保育園では、子どもを送りにきている保護者のうちの半分くらいがお父さんです。

私が研修医だった頃は、育児は「お手伝い程度」というお父さんがとても多かったものです。お子さんを外来に連れてきて症状はなんとか言えても、体重は知らない。「日頃どういうものを食べていますか?」「今はそれをどのくらいしか食べられていないですか?」と聞いても、答えられないお父さんばかりでした。

こうして時代はどんどん変わりつつあるのに、いまだに父親による育児には無理解が残っています。冒頭のお父さんはこんな話もしてくれました。

「以前、妻と一緒に自治体の乳幼児健診に子どもを連れていったとき、保健所の人に『お父さんはあちらに行っていてください』と外に出るよう言われたんです。『私はここにいます』といって健診に付き添いましたが」

なんて失礼な話だろうと私は思いました。お父さんは子育ての部外者ではありません。自治体の乳幼児健診では参加者の3割くらいがお父さんなのに、「ご飯はお母さんと一緒に食べましょう」「歯の仕上げみがきはお母さんがやってあげましょう」と終始、お母さんだけに向けて話をする保健師もいるそうです。

■「産まなかったほうが悪い」が象徴する大問題

少子化が深刻になるばかりの日本ですが、2019年、大臣のひとりが少子高齢化問題に絡めて、「年を取ったやつが悪いみたいなことを言っている変なのがいっぱいいるが、それは間違い。子どもを産まなかったほうが問題なんだから」と発言しました。

私はニュースの「産まなかったほうが悪い」というタイトルを見て、てっきり産まないほうの性、つまり男性が悪かったと反省しているのかと思いました。その大臣は男性です。これまで政治や制度を担ってきたのは男性なので、少子化に対して有効な手立てを講じられなかった自分たちに責任があるという話だと思いきや、そうではなく少子化は出産をしない女性のせいだとする発言でした。政治家である自分を省みず、女性へ過度な責任の押しつけをするなんて、大問題です。

これに対して「発言の一部だけ切り取ったから誤解された」と言う人もいましたが、その人物は2014年にも同じようなことを言っていますから、認識は変わらないまま本音が出ただけではないでしょうか。

■いまだに育休が取れる男性は少数派という現状

国の中枢がこうなのですから、育児をしている父親たちの周囲にまだ古い体質が残っていても不思議ではありません。

いまだに育児休暇を取ることができる男性は、わずかです。「なぜ自分は長時間労働をするばかりで、ほとんど子どもと遊べないんだ」と書きつづったお父さんのブログを読んだことがあります。育児に参加したくても、できないのですね。嘆くのも、ごもっとも。子どもは生まれてしばらくのあいだ、ものすごいスピードで成長します。大変ではあるけれど、大切な時期を一緒に過ごしたい、力を合わせて乗り越えたい、という気持ちはお父さんにもお母さんにも等しくあるはずです。

家庭も社会も経済も、父親の視点が入ることで、もっとよくなることがあるでしょう。

家庭の中では、両親のうちのひとりが食事の支度をしているときに、もうひとりがお風呂に入れてくれたり、翌日の保育園の準備をしてくれたりしたら助かりますよね。また、子どもの身の回りは常に何かを補充する必要があります。「この子の洋服、もう80cmじゃ小さいね。週末、90cmの服を買いにいこうか」などと気づく人はひとりより、ふたりいたほうがいいですし、何ごともスムーズにいきます。家族間の会話も増えるでしょう。

■本当は「イクメン」という言葉はいらない

企業にとっても、多様な働き方を認めれば、育児で辞める人の流出を防げます。病気になった人、介護が大変な人が働き続けられる環境づくりにもつながります。仕事に割ける時間が限られているとなると、誰もが効率的な働き方をせざるを得なくなり、結果として父親たちの長時間労働も減るでしょう。

森戸やすみ『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(内外出版社)
森戸やすみ『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(内外出版社)

女性が子育てで一時的にでも無職になると、本人だけでなく社会的にも損失が大きいといわれています。女性が継続して働くことで世帯所得が向上し、税収が増え、社会保障に回す費用は減ります。

そうすれば、夫婦関係、親子関係、地域との関係ももっとよくなるはずです。

かといって、育児をする男性たちをことさら持ち上げる必要もありません。本来なら、イクメンという特別な言葉の存在がおかしいですよね。育児をする女性がイクウーメンといわれず“母”であるように、男性もただの“父”でいいのです。

まずは、知らず知らずのうちにお父さんを排除してしまう、そんな意識をちょっと変えませんか?

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業準備中。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。

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(小児科専門医 森戸 やすみ)

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