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女性に「キレイになろう」と訴えて炎上する企業がやりがちなCMの作り方

プレジデントオンライン / 2020年7月20日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Panuwat Dangsungnoen

女性に対し「キレイになろう」と訴えるCMの中には、批判を呼ぶものも少なくない。炎上する背景には何があるのか。東京大学教授の瀬地山角氏は「受け手の価値を一方的に下げ、『上げましょう』と発信する手法が多くの人の反発を招いている」と指摘する——。

※本稿は、瀬地山角『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■男性社員から「需要が違う」と言われる女性

まずは、ルミネ「働く女性たちを応援するスペシャルムービー」(2015年)です。大炎上して話題になったのでご存じの方も多いと思いますが、謝罪と動画の非公開が早かったこともあり、映像自体を見たことのない方もいるかもしれません。

主人公の女性の通勤シーンから物語は始まります。女性はボーダーのカットソーに白のパンツ、トレンチコートを羽織り、黒のリュックといういでたちです。会社の前で先輩らしき男性と会い、あいさつを交わします。

先輩「なんか、顔、疲れてんなぁ。残業?」
女性「いや、ふつうに寝ましたけど」
先輩「寝て、それ? あははは」
会社に入ると、花柄のミニのフレアスカートにオレンジのカーディガン姿の女性が登場
先輩社員はこの女性に対して「髪切った?」と問いかけます
すると、「あぁ~これ、巻いただけですって~」と笑顔で返答
先輩「巻いただけですって~。やっぱかわいいなぁ。あの子」
女性「そうですね~いい子だし」
先輩「だ~いじょうぶだよ~。吉野とは需要が違うんだし」
女性は立ち止まり、考えます。「需要?」
そして、ここでテロップが出ます
【需要】じゅ・よう
求められること。
この場合、「単なる仕事仲間」であり「職場の華」ではないという揶揄。

■大炎上し、公開を取りやめる事態に

この後、主人公の女性は「最近、さぼってた?」と独り言をつぶやき、画面全体に「変わりたい? 変わらなきゃ」というテロップ——

「働く女性の変わりたい」を応援するとの意図で制作されたこのムービーは、公開直後に大炎上。ツイッターなどでは不買運動を呼びかける声まで上がりました。ルミネは動画の公開を取りやめ、「弊社の動画においてご不快に思われる表現がありましたことを深くお詫び申し上げます」という謝罪文をウェブサイト上で発表しました。

女性を美しくするといった商品やサービスを展開している以上、キレイになることを是として打ち出す必要があります。そのとき、キレイになるということについて、何か別のメッセージを込めないと、男性の視線を介した生きづらさばかりが強調されかねません。しかし、ルミネはそれに大失敗してしまった。

■「女の時代なんて、いらない。」と訴えた西武・そごう

このルミネの失敗に対し、同じようにファッションの販売店側が、それを乗り越えようとするような対照的なCMを打ち出しました。販売店側、西武・そごうのCM。2019年の元日に公開されたもので「女の時代なんて、いらない。」という力強いせりふから始まります。

女だから、強要される。
女だから、無視される。
女だから、減点される。
女であることの生きづらさが報道され、そのたびに「女の時代」は遠ざかる。
今年はいよいよ、時代が変わる。本当ですか。期待していいのでしょうか。
活躍だ、進出だともてはやされるだけの「女の時代」なら、永久に来なくていいと私たちは思う。
時代の中心に、男も女もない。わたしは、私に生まれたことを讃えたい。
来るべきなのは、一人ひとりがつくる、「私の時代」だ。
そうやって想像するだけで、ワクワクしませんか。わたしは私。

一貫して女性の声が低く、音響も暗いもの。おまけに女性がパイを投げつけられ、そのクリームを顔から拭いさる場面が描かれています。「そうやって想像するだけで、ワクワクしませんか?」の箇所だけ少し明るい声のトーンになり、笑顔。前年にあった東京医科大学などの女子受験生減点入試事件や安倍政権の「女性活躍推進」がメッセージの背景として意識されているので、かなり知的な印象を受けます。西武やそごうで売っている商品は何も出てこないので、本当にメッセージだけのCMです。

■ターゲットは「大都市部の高学歴女性」が中心

ルミネに西武・そごうを対比させると、前者に比べ後者のメッセージは、シリアスな笑顔の少ないもの。自社の製品は前景化されず、働く女性の直面する差別を描き、それに立ち向かおうとする力強い情報発信です。ルミネにあった「巻いただけですって~。やっぱかわいいなぁ。あの子」などという男性からの目線はなく、30代の働き方に目がいっています。

個人的な好みをいうと、こうした西武・そごうのようなCMはメッセージに対して私は「よくぞ、しっかりいってくれた」と思いますし、好感を覚えます。理不尽な差別に負けまいとする知的な女性たちへの応援であり、そもそも私の研究者としての原点に関わる視座です。こうした性差別に対する怒りが、私をこの途に駆り立てた出発点なので、ここは譲れません。

ただそこから少し距離をおいてCMとして考えると、おそらく訴求層は大都市部の高学歴女性が中心になり、ボリュームとしては必ずしも多くないのではないかとも考えられます。西武・そごうはまさにその層に訴えようとしたのでしょうから、それはマーケティング戦略として十分理解できます。

ただ一方でファッションや化粧品の市場が細分化されていることを前提にすると、こうしたストレートな対抗的メッセージを肯定的に受け止める層と、「巻いただけですって~」を受容する層は、まさにルミネのCMの中のように、すれ違ってしまっているのではないかと思われます。

■「寝て、それ?」「職場の華」などセクハラだらけ

これらの事例は、性別についての「平等」と「自由」を理解する上で、とてもわかりやすい事例なので、少し解説を加えておきます。特に「性別からの自由」に関わる論点です。

ルミネの動画の主人公の女性は、よくいるふつうの女性です。服装はカジュアルで髪型やメイクもナチュラル。職場では単に一人の働き手として評価されたいと思っているのでしょう。それなのに、ファッションや髪型などを後輩と比較され、頼んでもいないのに一方的に、「需要が違う」などといわれてしまう。しかも、そのことで本人が葛藤を抱えることになる。

そもそも化粧っ気のない顔を見て「寝て、それ?」なんてどう考えても「暴言」で、まともな男性ならふつう口にはしないはずです。逆に口にしてしまう人がいるとしたら、態度を改めることを強くおすすめします。おまけに「職場の華」なんていうずいぶん「古風な」、働く女性を外見だけで判断するような言葉まで使われていて、このルミネのCMはもはやセクハラのオンパレード。多くの働く女性を敵に回してしまったのは当然です。

■なぜここまで炎上してしまったのか

およそおしゃれは機能性との両立が難しいもので、清潔感を保って仕事のしやすい身なりで会社にきているのに、なぜ文句をいわれるのか。もちろんそういう女性がタイプではないと思う男性はいるでしょうが、女性の方もそんな男性を相手にする必要はないわけで、「大きなお世話」としかいいようがありません。男性だって寝ぐせやひげの剃りのこしやネクタイの長さが合ってないことをいちいちいわれたら(特定の人がそうやってチェックしてくれるのでうれしい、と思うことはあるかもしれませんが)、「ほっといて」といいたい人もいるはずです。

ルミネにしても、炎上した他のCMにしても、抗議の声を上げたのは女性です。だからこそ、その抗議する層にあわせて、西武・そごうは違うメッセージを打ち出すわけです。一方で、「何がいけないのかわからない」という女性の声もありました。表現に対して賛否両論があるのは当然ですが、それぞれを分析して考えると、問題の根源はルミネのCMが訴求層を分断してしまったことにあるのではないかと思うのです。

■受け手の価値を一方的に下げ、「上げましょう」と発信する

髪を巻く女性と巻かない女性。
「需要」に応え、「職場の華」になりたいと思う女性とそうではない女性。
忙しかろうと、外見をきちんとすることを最優先するのか、仕事に注力するのか。

およそ広告を作るときに、訴求層を分析して絞り、ターゲットを想定するのは当然ですが、その分断線を強調してあおると反発が起こる。そうしたパターンを見てとることができます。ただこれは実は何も説明したことにはなっていません。発信する側が分断しようと思ってやってはいないため、「地雷」は炎上した後にしかわからないことになるからです。

そこでもうひと言つけ加えるとすれば、これらのCMが炎上したのは、誰かの価値を一方的に下げ、「それを引き上げましょう」という形で発信をしていることが一因ではないかと思うのです。たとえば大都市部の駅によくある予備校の広告を例にして考えてみましょう。「第一志望はゆずれない」というキャッチコピーは受験生相手なら誰にでも通じるでしょう。「ゆずれない」というほどの固い決意はなくても、ほかよりは行きたい学校だから第一志望なわけで、「第一志望に通りたい」のは誰しも同じです。

「なんで私が○○大に」は、成績の低い比較対象が過去のその人自身なので、誰かの価値を下げはしません。これを「60点以下じゃ大学危ない」と基準までつけて分断してあおってしまうと、「アタシには関係ないよ」という層を生み出すのは当たり前です。

■社内の意思決定プロセスはどうなっているのか

万人受けするように見える予備校の広告も、そもそも家庭の都合で大学には行けない、家庭の都合で塾や予備校なんて行けないという高校生にとってはつらいものでしょう。それと同じように60点以下じゃ「需要がない」だの「かわいくない」だのといわれたら、「あんたは何様?」といいたくなる。これがこの炎上の構図です。

しかし、だとすれば、この程度の地雷に気がつかない制作側がおかしいといわざるをえません。男性目線の「需要」って? これを訴求層である働く女性層に打ち出すのは、働く親(女性とは限りません)に平日の朝、キャラ弁を作れ、というのと同じくらい無理筋です。レースクイーンをご当地キャラにしてしまうのと同じくらい的外れです。肯定的に受け取る人がいるのは確かですが、一方でどれだけの人に圧迫感や不快感を与えるメッセージになるのか、わからないのでしょうか。

想像力に欠けるという以前に、意思決定プロセスに何かゆがみがあるのではないかと思わずにはいられません。災害用の備蓄品に生理用品を入れ忘れていた私の勤務先と同様に、です。

■外見を磨きたい欲望は悪いことではないけれど

20代後半で仕事に精を出している女性に向かって、「需要」だの「職場の華」だのと考える男性からの目線や外見に対する規範を強調するCMができあがるとき、その現場にはつねに半数くらいは女性がいたのでしょうか? 外見を磨こうという意欲や欲望は悪いことではないですし、それが異性の視線を介したものであることも、それ自体が問題なのではありません。

瀬地山角『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社新書)
瀬地山角『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社新書)

男女を問わず、結婚や出会いを意識する人が少なくないこの年齢期に、異性を意識し外見に気を遣おうとする人がたくさんいるのは、ある意味で当たり前のことです。そしてそれがその人の主体的な判断である限り、当然ですが、そのこと自体を否定するべきではありません。それも「性別からの自由」の重要な一部分です。

一方で仕事に集中したいという男性がいるのと同じように、仕事に集中したいという女性も当然います。だとすればここで問題があると取り上げたCMの制作過程で、なぜそうした女性たちの感覚は反映されなかったのでしょうか。それがふつうに意識されていれば、少なくとも公表と同時に炎上して、撤回・謝罪するなんて無駄なことにはならないはずなのですが。

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瀬地山 角(せちやま・かく)
東京大学教授
1963年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。専門はジェンダー論。自身も主体的に家事育児を担う。主著に『お笑いジェンダー論』『東アジアの家父長制』など。

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(東京大学教授 瀬地山 角)

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