隙あらばニューノーマルと言いたがる人は、「普通がいい」という病気だ
プレジデントオンライン / 2020年11月8日 9時15分
※本稿は、THE21編集部『論客16人が予測する コロナ後の新ビジネスチャンス』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■日本人は「普通じゃない」側に回ることを恐がる
コロナ禍をきっかけに、「これからのニューノーマルとは何か」という議論をよく見聞きするようになりました。私はそのたびに、極めて日本人らしい問いの立て方だなと感じています。
ニューノーマルとは、「新しい普通」ということでしょう。この言葉の前提には、世の中を「普通なもの」と「普通じゃないもの」に二分する思考様式があります。特に日本人は、自分が「普通」であることに安心し、「普通じゃない」側に回ることを恐がる傾向が強い。ニューノーマルという言葉からは、「普通がいい」という強い病(やまい)を感じます。
私は、これからの時代は「普通」がなくなっていくだろうと予測しています。つまり、ニューノーマルではなく、「ノーノーマル」の時代です。
これまで多くの人は、毎日会社へ行くのが普通だと思っていました。しかしリモートワークが拡大した今は、「2週間に一度出社すればいい」という会社もあれば、「週に2日出社して」という会社もある。もちろん、「うちはリモートワークが難しいから、やっぱり週5日出社するように」という会社もあります。
そうなると「週に何日出社するか」だけでも会社によって様々で、「普通」なんてどこにも存在しなくなります。これからの社会は多様性が増すということです。
■自分らしい生き方をデザインする力が必要
働き方が多様になれば、暮らし方にもバリエーションが生まれます。これまで、都心の会社に通うため、住まいを都会に構えていた人が、「2週間に一度しか会社へ行かないなら、田舎に引っ越して、出社する日だけ都心のビジネスホテルに泊まればいい」という選択をするようにもなります。
どんな働き方をして、どの場所に住み、どのような生き方をしたいのか。それをオプションフリーで選べるようになるのが、これからの大きな変化です。
ただし、そのためには、自分らしい生き方を主体的にデザインする力が求められます。デザイン力が高い人は、好きな場所や環境で、好きなことをしながら、人生の幸福度を高めていけるでしょう。
一方、これまで「普通」という基準に頼ってきた人は、急に「自分の好きなように決めていい」と言われても、人生をどうデザインしていいのかわからない。その人のデザイン力によって、幸福度の格差が広がる可能性があります。
■価値観の多様化はビジネスチャンス
人々がそれぞれ好きなことを追求する時代になれば、物事の価値にも転換が生じます。これまでは、皆が同じモノを欲しがる時代でした。ビジネスでも、皆が欲しがって、かつ、希少性の高いモノを提供すれば、たいていうまくいきました。
典型的なのが三菱地所です。丸の内のオフィスという希少性が高いモノを、数多くの企業が欲しがるため、成長してきたのです。
しかし、人によって欲しいモノが異なる時代になれば、価値の構造が変わり、そこに新たなビジネスチャンスが生まれます。
例えば、東京の会社に勤めながら地方で暮らしたい人が増えれば、様々な場所に住宅の需要が生まれます。
こうしたライフスタイルを選択する人は、その土地にすでにある中古住宅を買えば満足するわけではありません。これまで都心で暮らしてきた人たちの好みを反映した住宅が求められます。
住空間だけでなく、買い物を楽しむ場所も近くに欲しいし、子供が通う学校や週末に家族で遊びに行けるスポットも必要です。
その土地の魅力はもちろん、周辺環境も含めて、人々は「自分はここが好き」と判断します。
今後は各地域で、そこに暮らす人の好みに合う価値を提供するための開発競争が進むのではないかと思います。
■新型コロナウイルスによるポジティブな変化
新型コロナウイルスによる様々な変化はネガティブに語られがちですが、こうして新たなビジネスチャンスの可能性が見えてくるなど、ポジティブな側面もたくさんあります。
今回巻き起こった一連の変化や混乱には、ある共通項が存在すると、私は見ています。
それは「デタッチメント(離れること)」です。
今までの仕事から離れる。今まで住んでいた場所から離れる。今まで一緒にいた人から離れる。これらのデタッチメントが起こった理由はシンプルで、本来一緒にすべきでないものが一緒になっていたからです。
本当は別の場所に住みたいのに、会社に通うにはこの場所で我慢するしかないと思っていた。共働きで外へ出ているときはよかったが、在宅ワークになったら、パートナーとずっと一緒にいるのが耐えられないと気づいた。
こうした自分の本当の気持ちを見つめざるを得なくなったとき、「これじゃない」と判断した人がデタッチする。これは新たなアタッチメントへの契機になるので、私は非常にポジティブに捉えています。
■普通にとらわれず、自分の頭で考え始めた
現在、あらゆるところで起こっているデタッチメントは、より良いアタッチメントに向けて、人々が自ら行動を起こした結果です。私は、これは素晴らしい変化だと思います。「普通」に囚われず、自分の頭で考えて行動することはとても大事です。
今回のような難局に直面したとき、自分がなんらかの不利益を被ると、「会社や社会に裏切られた」と考える人がいます。しかし、厳しい言い方をすれば、「自分の思考が浅かったのだ」と考えるべきではないでしょうか。
世の中が言う「普通」に流されて、「会社とはこういうもの」「社会とはこういうもの」と勝手に期待して、その通りにならないと「裏切られた」と言い出す。でも、そうすることを選んだのは、他でもない自分自身です。
もしあなたが今、難しい状況にいるのであれば、「自分は何を間違えたのか」をきちんと考えてほしいと思います。
■仕事は会社ベースからプロジェクトベースへ
デタッチメントの流れは、仕事のあり方そのものも変えていくと考えられます。
間違いなく起こるのは、副業や兼業の常態化です。
リモートワークが拡大し、仕事の場が仮想空間へシフトすると、一人の人間がパラレルに存在し、複数の仕事に関わることが可能になります。
「週に2日働く正社員」といった募集も珍しくなくなり、副業や兼業を認めない会社は労働市場での価値が下がるでしょう。
さらにデタッチメントが進むと、仕事は会社ベースではなく、プロジェクトベースになります。たとえるなら、メンバーの固定性が高いロックバンドから、流動性の高いジャズバンドに変わるようなもの。今日はこちらに呼ばれ、明日はあちらに呼ばれと、その時々で違うメンバーと組んで演奏する。ビジネスパーソンもジャズミュージシャンのような働き方に変わっていくのではないでしょうか。
■ユニークな人とそうでない人の格差拡大
ただし、あちこちから呼ばれるためには、「ぜひこの人と一緒にやりたい」と思ってもらえる何かが必要です。
私は、それは「ユニークネス」、その人ならではの個性や強みだと考えています。
物理空間と仮想空間の違いは移動コストです。人やモノが移動するには時間もお金もかかりますが、電子情報はほとんどコストをかけず、一瞬で世界のあらゆる場所へ移動できます。すると何が起こるかと言えば、世界中で一番良い人材を人々が選ぶようになります。
物理空間では、あちこちから引っ張りだこになるような優秀な人材がいても、掛け持ちできる仕事には限界がありました。東京と大阪と福岡の会社から声がかかっても、移動を考えると、同時期に仕事を引き受けるのは不可能だったのです。
ところが仮想空間なら、午前中は東京の企業と打ち合わせをして、13時から福岡の企業と商談し、15時から韓国の企業との会議に参加する、ということも可能です。つまり、場所の制約と移動コストを考えずにグローバルで仕事ができるのです。
仕事を頼む側も制約がなくなるので、「この問題について一番良い提案ができる」とか「一番高いパフォーマンスが出せる」という人に仕事を頼めます。
これまでは「地元でこの仕事ができるのはあの人しかいないよね」という制約の中で選んでいたのが、仮想空間シフトによって、日本中、さらには世界中から「一番良い人」に仕事を頼めるようになります。
そうなると、「この仕事はこの人にしかできない」と思ってもらえるだけのユニークネスがないと、どこからも呼ばれません。仮想空間シフトは働き方の可能性を広げる一方で、自分ならではの個性や強みを持たない人には、とてもつらい状況だと言えるでしょう。
■「掛け算」で誰でもユニークな存在になれる
ユニークネスは生まれ持った才能ではなく、誰もが自発的に作ることができます。そのカギは、「掛け算」です。
ミドル世代のビジネスパーソンなら、これまでのキャリアで身についたスキルや知識が何かしらあるでしょう。そこに、もともと自分が好きなものを掛け合わせる。それにより、ユニークネスを作り出せます。
ヨーロッパの主要都市には、文化施設や劇場などの芸術分野を専門とするコンサルティング会社があります。
そこで活躍するコンサルタントは、経営学や統計学の知識を持つ一方で、芸術への造詣が深い人たちです。あるオーケストラの経営について相談を受けると、まず演奏を聴かせてもらい、「金管楽器が弱いですね」「レパートリーがロマン派に偏りすぎているので、人気のある古典派を増やしたほうがいい」といったアドバイスができる。コンサルタントとしての経営戦略の知識と、もともと好きな音楽の知識を掛け合わせているのです。
興味深いのは、その人たちがコンサルタントとして一流かというと、そうでもないこと。では音楽プロデューサーやキュレーターとして一流かというと、やはりそうでもない。ところが、「経営戦略もわかって、芸術もわかる」という人材になると、世界中でごく限られた人しかいないので、そこに希少性の高いユニークネスが生まれます。
ある仕事で100人に1人のレベルだと、100万人いる市場なら、自分と同レベルの競争相手が1万人いることになる。でも、もう一つ別の「100人に1人」を掛け算すれば、「1万人に1人」の存在になれます。すると100万人のうち、同レベルは100人しかいない。これなら十分戦えるし、安定して食べていけるはずです。
■これからはとことんわがままを追求しよう
大事なのは、自分のキャリアやパーソナリティを振り返り、色々な掛け算を試してみること。その過程でセレンディピティが起こり、新たな仕事につながっていくからです。
私自身も、片方にコンサルティングの仕事で身についたマーケティングや経営戦略の職能があり、もう片方にもともと好きなアートや人文科学の領域があって、「これを掛け合わせて何かできないか」と考えたことが、今のキャリアを拓く契機になりました。
そして、自分の考えをブログやレポートで発信するうちに、編集者の目に留まって本を出したり、様々な場所にスピーカーとして呼んでもらったりする機会が増え、今では本業のコンサルティングと副業の比率が逆転するまでになりました。
これからの「ノーノーマル」の時代には、ぜひ自分の好きなことや自分らしい生き方を優先していただきたい。かのヘルマン・ヘッセは、『わがままこそ最高の美徳』(草思社)というエッセーを書いています。わがままな人が、世の中が普通と思っていることに文句を言うからこそ、社会は進化するという内容です。
皆さんも、「自分はどう生きたいのか」を、とことんわがままに追求してください。
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独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。
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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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