年収数億円の「プロ経営者」は、なぜそこまで高く評価されるのか
プレジデントオンライン / 2020年12月16日 15時15分
■業務のオンライン化を決めるためのセンス
「決定事項の伝達がメインだし、オンライン会議でいいか。いや、待てよ。参加者は年配者が多いし、少しディスカッションしたい議題もあるから、リアルに集まったほうがいいか……」
自粛期間中にテレワークが一気に普及し、オンラインとオフラインの併用が一般化しました。業界によっては、オンラインのほうが日常業務、オフラインが非日常となっています。
こうしたハイブリッド型の働き方が定着したら、「この業務はオンでいくか、オフでいくか」と判断に迷う場面は増えるでしょう。
もしリアルの会議を開いたら、参加者から「こんな内容ならオンラインで十分だった。わざわざ出かけてきてえらい損した」とクレームが入るかもしれません。反対にオンライン会議を開いたら、参加者が「これじゃあ、ラチがあかないから、リアルでやりなおしだ」と怒り出して失敗に終わるかもしれません。
オンかオフかの判断は、参加メンバーの顔ぶれ、議事の内容、スケジュールなどいくつもの条件から下されます。つまりケース・バイ・ケースで、明確な基準はない。ビジネスの教科書にも載っていない。成功するか失敗するかは、担当者のセンスにかかっています。
■プロ写真家の値打ちはどこにあるのか
「彼は服のセンスがいいね」といえば、周りの人たちも「うん、センスいいね」と答える。そこで「じゃあ、服のセンスって具体的に何?」と尋ねても、明確に答えられる人はいない。これがセンスです。言語や数値では示せないけれど、誰もがみんな感じ取っている。
写真を例に考えてみましょう。
現在は、スマホで簡単に写真撮影ができます。被写体にレンズを向けてボタンを押すだけ。顔認証システムでピントや露出は自動ですし、撮影後に構図や露出の修正もできます。
もともと写真撮影は、100年前は写真師という専門職の仕事でした。50年前でもピントや露出は手動操作でしたから、カメラの原理を知らなければ、まともな写真は撮れなかった。
ただし、写真師がいなくなった現在でも、プロの写真家はいます。最近のアマチュア写真家はプロと同じ機材を持っているのに、撮影された写真には歴然とした違いがある。素晴らしい写真とそうでない写真を決めるものは、もはやスキルではありません。ほとんど撮影者のセンスです。プロとアマの違いは、センスの差だといえます。
こう説明すると、「そもそもセンスって何ですか?」という質問を受けます。当然わいてくる疑問でしょう。私の定義では「センスとは、スキルではないもの」です。
まずはスキルから考えてみましょう。
人間の能力を構成するもののなかで、教科書や研修で教えられるもの、OJTやOFF JTで教えられるものはスキルです。スキルには、教科書や研修で勉強するといった定型的な開発方法があります。
それに対して、センスのほうは開発方法がありません。開発方法が確立されたら、その時点でセンスはスキルへと変容します。
■センスがある人の近くにいると、センスは開発される
センスは先天的に備わっているものではありません。生まれたあとに身につけて、磨いてきたものです。ただし、その磨き方に教科書はありません。自分で磨くしかありません。
擬似的な開発方法として知られるのが、昔ながらの徒弟制度です。将棋や落語の世界で、師匠の家に住み込む内弟子などはその典型です。ビジネスの世界でも、昔は「かばん持ち」といって経営者や上司についてまわる育成方法がありました。
その場合、師匠や上司は、何かを教えたり訓練させたりしません。いろいろ雑用をやらせながら、その間に自分の仕事ぶりを見せているだけ。それでも我流で勉強するより、誰かの弟子になったほうが確実に高いレベルまで成長しました。
センスがある人の近くにいると、自分のセンスも磨かれます。言語化や数値化ができない何か、五感で受け取るしかない何かがセンスということでしょう。こうした擬似的な開発方法しか見つかっていないのがセンスです。
弟子入りするのは、必ずしもリアルな人間である必要はありません。たとえば、古典的な名著をたくさん読んだり繰り返し読んだりする。すると、著者のものの見方や思考方法、文章の書き方といったセンスの部分を感じ取り、吸収することがあります。
■“異性にモテるためのスキル”はない
人間は放っておくと、スキルが大切だと思うようになります。「TOEIC850点」とか、「Excelのマクロ関数を使える」とかのスキルを身につけようと考える。
履歴書に記載できて、他人に示しやすいスキルは多くの人が手に入れようとします。ところがセンスはそう簡単には示せません。「私は優れたビジネスセンスの持ち主です」と書いても、うさんくさく思われるだけです。だから、他人に説明しやすいスキルに走ってしまうのです。
たとえば、世の中には女性にむちゃくちゃモテる男性がいます。一方で、まったく女性にモテない男性もいます。そのモテない男性が「自分も女性にモテたい」と思ったときに、“モテるためのスキル”があると勘違いしたら悲劇のはじまりです。
モテる男の服装やしぐさを真似してみたり、同じクルマを買ってみたり、よく利用するデートコースを調べたりした結果、ますますモテなくなる。そういう痛い男は、昔は“マニュアル君”と呼ばれました。
マニュアル君には、モテる男性のセンスがわかりません。そもそも「あいつがモテるのはスキルではなく、センスがいいからだ」と気づいていない。これが「センスがない」ということです。ビジネスの世界でいえば、ファイナンスの知識とスキルは豊富なのに、投資の意思決定が的外れなCFOみたいなものです(笑)。
■アフターコロナはセンスの価値が高まる
どんな職業でも、初心者はスキルの習得から入ります。新入社員に求められるのは、まず仕事を覚えること。「自分はセンス抜群なんで、スキルは学ばなくても大丈夫です」といったところで、誰も相手にしません。
それよりも、着実にスキルを高めていくほうが評価は高い。初心者の段階では、スキルの価値が高いということ。「あれができます、これができます」というレベルです。
入社から5年10年と働き、一人前のスキルを身につけたあとは、だんだんセンスに価値が置かれるようになります。業務をちゃんとこなせるのは当たり前。そのうえでどれだけ高い成果を出せるのか。ここはセンスの問題になります。
さらに一流、超一流となるにしたがって、能力のうちでセンスが占める割合は圧倒的に大きくなります。どんな世界でも、超一流のプロたちにスキルの差はありません。多少の得意、不得意はあるにしても、必要なスキルはすべて身につけている。プロの野球選手やサッカー選手を見ればわかるでしょう。
経営者による戦略的な意思決定はスキルだけではどうにもならない仕事の最たるものです。どれだけ『社長の教科書』みたいな本を読み込んでも、それだけでは社長になれません。
しかも、経営センスは履歴書に書けない。労働市場に、経営者のオープンマーケットがないのはそのためです。「プロ経営者」と呼ばれる人たちは、みんな顔と名前を知られ、相対取引で会社を移ります。
経営者でなくても、ある分野で超一流と認められた人たちは、みんな名指しで引き抜かれます。裏返せば、オープンな労働市場で求められているのは、履歴書に記載できるスキルだということです。働き方改革で議論された「同一労働同一賃金」というのも、スキルを問題にしています。
一般論でいえば、スキルに支払われる報酬は少なく、センスに支払われる報酬は多い。年収が数千万円、数億円という人たちは、センスでそれだけ稼いでいるわけです。
そこで問題となるのは、センスの評価。「あの人はセンスがいい」と評価できるのは、その人よりもセンスが優れている人だけです。むちゃくちゃセンスがわるい人に「あなたってセンスがいいですね」と褒められたときほど、不安になることはありません(笑)。
前編と合わせて考えると、次のようにいえます。
アフターコロナの世界では、多くの人が不要と思いがちな能力の価値がむしろ高まる。同時に、みんなが身につけたがるスキルはコモディティ化し、センスがますますものをいうようになる。センスには高い報酬が支払われ、そのセンスを評価できるのはセンスがある人だけに限られる。
この傾向は現在も当てはまりますが、アフターコロナではさらに加速すると私は見ています。
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一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など著書多数。 https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/429610733X/presidentjp-22
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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建)
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