「心を燃やせ」424ページ2350円の分厚いビジネス書がバカ売れする理由
プレジデントオンライン / 2020年12月31日 11時15分
■書籍の時代は「終わった」のか?
「書籍の時代はもう終わったと思っていた。でもこの本を読んで、それは間違いだったと思った」
このほど、弊社より『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(藤尾秀昭 監修、致知出版社)を刊行したが、登場者の一人に見本書籍を送った後、こんな電話をいただいた。
本書は創刊42年の歴史を持つ定期購読の月刊誌『致知』のインタビューや弊社書籍の中から、人間力・仕事力が身につく記事を365篇選び抜き、1冊にまとめたものだ。1日1話、稲盛和夫氏、山中伸弥氏、井村雅代氏、羽生善治氏など、ジャンルを問わず、一道を極めた人物たちの心を熱くする話に触れられる構成だ。
全424ページ。三段組みで30万字超(通常書籍の約3倍)。定価2350円+税。A5判でそこそこ重い。持ち運びはしにくい。だが、そんな書籍がいま、飛ぶように売れている。
11月30日に刊行したところ、想像を超える注文が殺到して発売3週間で8刷、早くも7万部を突破した(12月21日現在)。国内有数の大型書店として知られる丸善・丸の内本店では、10日間で200冊近くが売れるなど、こうしたジャンルの書籍としては異例の売れ行きとなっている。
■なぜ高くて分厚い本が売れるのだろう…
実際に本書を手にされた読者の方々からも、以下のような感想が続々と届いている。
「有名、無名を問わず、どの方の言葉からも、感動、共感、生きるヒント、挑戦への勇気、仕事術などをいただきました。赤線を引かないページはありませんでした。これほど内容の充実した書籍に出会ったことはありません」(55歳・男性)
「これだけの内容、ボリュームとしては安すぎで、その倍でも買っていたと思う。一話一話、読む前より期待感が高まり、その都度、読後は充実感と処世訓を得た満足感で一杯」(63歳・男性)
「今、毎晩寝る前に読んでいます。本当に心熱くなるお話ばかりなので、次の日も頑張ろうと思いながら寝ることができています」(27歳・男性)
「本が売れない」といわれて久しいこの時代に、なぜこのような本が飛ぶように売れているのか。驚きの体験をした、一書籍編集者の現場からの報告として聞いていただきたい。
■「公平」かつ「不公平」な書籍の世界
そもそも書籍という媒体は、ユニークだ。どんな有名作家が書いた本でも、どこの出版社が出した本でも、200ページ程度の単行本であれば、定価はだいたい1500円前後と相場が決まっている。逆にいえば、その頁数の中に、どれだけの価値や思いを注ぎ込んでも、あるいは注ぎ込まなくても値段はほぼ一定している。
形状が似ていても、値段はピンからキリまであるアパレルや乗用車などの世界では考えられないことだ。
よく似ているもので思い当たるのは「映画」の世界で、どんな一流監督がメガホンを撮ろうとも、製作費に何十億円をかけようとも、あるいはハンディカメラ1台で撮影しようとも、鑑賞料は1800円程度で変わりがない。ある意味、非常に公平で、またある意味で極めて不公平な世界でもあるといえる。
そんな公平かつ不公平な世界であるからこそ、作り手にはいくらでもその価値を高めることが許されているのである。
映画界の巨匠・黒澤明監督は、名画『七人の侍』を作る際、「ステーキの上にうなぎのかば焼きを乗せ、カレーをぶち込んだような、もう勘弁、腹いっぱいという映画を作ろうと思い、制作した」と述べたそうだ。
今回の『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』を編集する時、念頭に置いたのもその言葉だった。人はいかに生きるべきかを42年間追求し、1万本以上の取材を行ってきた『致知』の中から、特に印象に残る話を選び抜けば、質量ともに比類なき書籍が生まれるはずだという確信があった。
だが実際に始めてみると、365篇の山は想像以上に高かった。
■42年の雑誌『致知』の歴史と、編集部員の総力で製作に1年半
私自身ももともと『致知』の編集部員として入社から10年間は取材・執筆に当たってきたため、直接伺った印象深い話が山のようにある。しかしそれらの話を洗いざらい出してみたところで、その数はやっと180本。半数にも満たぬ現実に愕然とした。
だが一度決めたことを、こんなところで諦める訳にはいかない。毎月の書籍刊行に追われながらも、早朝と深夜、休日には自由に使える時間がある。1日1本、これはという記事を探し出せれば、あと半年で完成できる。そしてひたすら書籍の完成を夢見、来る日も来る日もバックナンバーを読み込み続けた。
半年後、手元に集めた380本の記事。その膨大な原稿の束を初めて編集長に見せて「この数は凄いが、まだ考え直したほうがよい話が50本ほどある」と言われた時はさすがに愕然としたが、同時に、他の編集部員にも助けを求めるように指示があった。また、創刊から40年以上編集長を務めてきた本書の監修者である藤尾からも、入れるべき記事の提案が多数あった。
編集部全員におのおの心に残った記事を挙げてもらったことで、飛躍的に中身が濃密になった。その選定作業は言うまでもなく、『致知』42年に及ぶ歴史があってこそ成し得たものだった。
そして半年後。選り抜いた365篇を確定した時は、着想時から季節がひと巡りし、1年半の月日が経っていた。
■全国の書店員の心も熱くした
並々ならぬ情熱と労力を注いで仕上げた本だ。ぜひ多くの人に手にしてほしい。そのために、販促にも力を込めた。
まず企画に込めた熱い思いを手書きの手紙に託し、主要書店約50店舗に送付。初の試みだったが、その思いに多くの書店が反応してくださり、全国の書店で多面展開が次々に決まっていった。中には注文書の中に、私宛ての御礼と熱いメッセージを添えてくださった書店員さんもいた。胸が熱くなった。
また、日頃から懇意にしている書店には、営業部員に同行し、直接訪問した。特に忘れられないのは、丸善・丸の内本店の篠田晃典店長。装幀の写真を見せるなり、「これはすごい!」と身を乗り出し、ゲラを丹念に読み込みながら「すごい、すごい」を連発。その場で200冊の先行販売を即決してくださった。
熱をもって動けば、熱をもって応えてもらえる。そのことを実感した出来事だった。
■書店の売れ筋は厚くて文字の詰まった本格作品
本書は書名のとおり、「読めば心が熱くなる」をコンセプトにしている。1日1ページ、1話を読めば、毎日心を熱くする感動体験があり、自分のモチベーションを高めてくれる話に出合える。
いま、ネット上にはありとあらゆる情報が溢れ、そこで提供されるコンテンツに人々は多くの時間を割いている。電車に乗っても読書をしている人の姿を目にすることはほぼなくなった。冒頭に紹介した言葉のとおり、「書籍の時代は終わった」と感じている人は決して少なくないだろう。
しかしそう感じる方は、ぜひ一度、書店に足を運んでみてほしい。本書だけでなく、店頭にはいま『独学大全』(ダイヤモンド社)、『FACTFULNESS』(日経BP)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)など、300ページや400ページ、時に700ページを超えるほどの分厚く、びっしりと文字の詰まった書籍が売れ筋商品として、わんさか平積みされている。
■薄くてライトな書籍の次に来るものは
数年前、百数十ページほどのポケット判で、文字数が極めて少なく、1時間もあれば読み切れる書籍が軒並みベストセラーとなったことがあった。これから先の出版の世界に不安を募らせていた私は、ある日、編集長にその悩みを打ち明けたことがあった。
「これから先、本はますます薄くなり、文字数もいまよりもっともっと少なくなっていくのでしょうか。その傾向はどんどん拍車がかかっていくのでしょうか」
編集長の答えは明瞭だった。
「それは違う。時代は拮抗する。読みやすいもの、とっつきやすいものは確かに飛びつきやすいが、人間はあるところまでいくと、一方で難解なもの、ずしりと手応えのあるものを欲するようになる。人間社会はそうやって今日まで発展してきた」
いま店頭に置かれている書籍のラインナップを見て、あぁ、確かにそのとおりだったと腑に落ちるものがある。
■コロナ禍を「学び」の転機に
コロナ禍を体験し、いまこそ人々は本物の学びを得ようとしていることを肌で感じる。
人が真に学ぼうとする時、向かうのは書籍ではないのか。歴史を通して活字に親しんできた我々のDNAにはそんな遺伝子が組み込まれているように思えてならない。
本書の1月1日には、日本を代表する経営者・稲盛和夫氏の記事が収録されている。タイトルは「知恵の蔵をひらく」。
あらゆる書籍には、まさに一人ひとりに秘められた知恵の蔵をひらくような話がちりばめられている。
年末年始は、書店でそんな1冊との素敵な出会いがあることを、作り手の一人として願わずにはいられない。
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致知出版社書籍編集部
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学1年の時、文章を見てもらった某雑誌の副編集長から「君みたいな人間は、東京に行って潰されてきたらいい」と言われ、一念発起。在学中にダチョウ倶楽部とナインティナインの評論記事が『日経エンタテインメント!』に掲載される。2004年致知出版社入社。月刊『致知』で約10年間、企画・取材・執筆に携わり、2014年より書籍編集部へ。担当書籍に『ぼくの命は言葉とともにある』(福島智 著)、『JALの奇跡』(大田嘉仁 著)、『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』(ともに齋藤孝 著)、『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(藤尾秀昭 監修)などがある。
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(致知出版社書籍編集部 小森 俊司)
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