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「もがき苦しみ、次々とひっくり返る」あなたは犬や猫の殺処分を見たことがあるか

プレジデントオンライン / 2021年4月30日 11時15分

譲渡型猫カフェ「ケット・シー」の店内の様子 - 撮影=笹井恵里子

■全国で毎日約90頭が自治体に殺されている

(第2回から続く)

あなたは犬や猫が殺処分される様子を見たことがあるだろうか。

私は犬も猫も飼ったことがない。だから以前は「1年間に数万頭が殺処分される」と聞いても、正直ピンとこなかった。それが奄美大島の「ノネコの殺処分計画」を知り、殺処分を何とか阻止しようと活動する人たちを見て、また取材の合間に犬や猫と触れ合ううちに、その気持ちが少しずつ変わっていった。

「飼えなくなったから」と捨てられた犬や猫は、そこで繁殖し、最後は自治体に保護されることになる。そして引き取り手のいない犬猫は殺処分されてしまう。

昭和50年前後は年間100万頭もの犬や猫が処分されていた。年々減少しているが、いまだに猫が約2万7000頭、犬が約5600頭、計約3万2700頭も殺処分されている(2019年度)。全国で毎日約90頭が殺されていることになる。

■糞尿にまみれ、ゴミのように積み上げられる

東京都千代田区では、全国に先駆けて2011年に猫の殺処分ゼロを実現し、現在も継続している。自治体と協働して「飼い主のいない猫」問題に取り組む「ちよだニャンとなる会」代表の香取章子さんは、こう訴える。

「殺処分は必要悪、ゼロにこだわるのはおかしいという人が今もいますが、そういう発言をする人は殺処分の現場に行って見てきてほしい。知らない動物と一緒にガス室に入れられ、これから殺されるんだと察知している彼らの絶望的な目を見たら、殺処分ゼロがどんなに素晴らしいことか、わかります」

だから私も、ある自治体が犬や猫を殺処分するまでの様子を収めたビデオを見た。狭い殺処分室に何匹も押し込められ、たくさんの犬や猫たちが怯え、鳴いている。そして自治体の職員が、「ガス注入」のボタンを押す。すると動物たちは足をばたつかせ、もがき苦しみながら次々にひっくり返っていく。

なんて残酷な光景なのかと涙が止まらなかった。死んだ犬や猫は糞尿にまみれ、ベルトコンベヤーで運ばれ、ゴミのように積み上げられる。それから焼却され、骨になる。

■「命を奪うために獣医師になったわけではない」

東京都獣医師会中央支部長で獣医師の神坂由紀子さん(番町いぬねこクリニック)は言う。

「ガス室での殺処分がかわいそうだからと、獣医師が注射によって安楽死をさせる方法ならと考える人がいるかもしれません。しかし、これは獣医師の負担が大きいのです。安楽死のための注射を打ち続ける毎日に絶望し、動物の診療ができなくなる人もいます。私たちは命を奪うために獣医師になったわけではありません」

同じく獣医師の齊藤朋子さんは、「殺処分ゼロ」を目指して走り続けてきた。「あまみのねこ引っ越し応援団」として奄美大島で捕獲される猫を譲渡する活動を行いつつ、NPO法人「ゴールゼロ」の代表も務める。「ゴールゼロ」とは、殺処分ゼロへの誓いから生まれた名称だ。

■「動物のお医者さんってかっこいい!」と思った

齊藤さんは小学4年生の時から獣医師を志してきた。

「あまみのねこ引っ越し応援団」を立ち上げた獣医師の斎藤先生
「あまみのねこ引っ越し応援団」を立ち上げた獣医師の齊藤朋子さん(撮影=笹井恵里子)

「犬も猫も拾ってくるような実家で、さらに母親はうさぎが好きで飼っていました。ある時、わが家で生まれたうさぎの赤ちゃんが室内で足の骨を折ったので、動物病院に連れていったんです。折れた足をテーピングで固定して、その赤ちゃんが歩けるようになった時、動物のお医者さんってかっこいい! と思いました」

勉学に励み、獣医学部に進学したものの、卒業する頃には就職氷河期時代。齊藤さんは小さな製薬会社に就職し、そこで犬猫に対する薬の国内認可を申請するため、英語の臨床試験のデータを日本語に翻訳する職に就いた。

「たしかに獣医学の知識がないと難しい仕事でしたが、動物に治療をするわけではないし、つまらなかった」

入社して6年ほどたった頃、齊藤さんはある病を発症して休職、入院生活に。

「熱がなかなか下がらなくて、しんどい入院生活中、自分が休んでも会社も世界もまわっていくんだな、と実感しました。自分ではすごくがんばってきたつもりだったけれど……。それで会社を辞めたんです。その頃、動物愛護団体のシェルター(保護施設)から、獣医になってほしいといわれて、でも私は獣医大学を卒業して5~6年もたっているのに注射もできない。動物病院に勤める年下の獣医師からいろいろ教わりました」

■獣医師が避妊去勢手術を施さなければ、殺処分は終わらない

経験を積んでいく中、衝撃的な出会いがあった。

野良猫の避妊去勢手術をする獣医師に出会ったのだ。

「ケット・シー」でのケージの様子。殺処分を免れた猫が保護されている。(撮影=笹井恵里子)
「ケット・シー」でのケージの様子。殺処分を免れた猫が保護されている。(撮影=笹井恵里子)

「野良猫、つまり飼い主のいない猫を診る人なんて見たことがなかったんですよ。その人は言っていました。『ボランティアは誰でもできるけど、避妊去勢手術は獣医師にしかできない。繁殖制限こそが殺処分ゼロへの近道。獣医師がこれを施さなければ、殺処分は終わらない』と。頭をがーんと殴られたようでした」

齊藤さんは幼い頃、母親と一緒に、殺処分を待つ犬猫を見に行ったことがある。たくさんの犬や猫が保護されていた。ここから1匹だけ選ぶことなんてできないと肩を落として帰宅した。

殺処分を待つ数多くの犬猫をゼロにするには、獣医師がやらなければいけない。目の覚めるような思いだった。

■愛猫家が見ず知らずの猫のために数千円を払うワケ

2010年、齊藤さんは看板も出さずにクリニックを立ち上げ、野良猫に対する避妊去勢手術を始めた。ボランティアが野良猫をつかまえ、その手術を数千円で請け負うのだ。

私はボランティアもすごいと感じる。たった一回出会っただけの、見ず知らずの猫の避妊去勢手術のために自分のお金で数千円を払うのだから。そこには猫への強い愛情がある。そして齊藤さんと同じように、殺処分ゼロの世界を目指している。

「殺処分ゼロは夢物語っていう人、いっぱいいます」と、齊藤さんは力強く話す。

「戦争がない平和、交通事故ゼロもそうですが、無理だよって言った瞬間、それは目指していないことになる。特に避妊去勢手術ができる獣医師は諦めちゃいけない。もし、『そんなの到底無理』という獣医師がいるなら、その先生の前には安楽死があるんでしょう。殺処分ゼロは、それを目指している人の前にこそ現れるのだと思います」

だから、奄美大島で行われる国内初の「殺処分を含めた猫の捕獲計画」には大反対なのだ。

■保護猫カフェの代表が、里親の家を直接訪ねる理由

横浜にある譲渡型猫カフェ「ケット・シー」では、奄美大島のノネコを中心にしつつも、15のケージに余裕があれば、全国各地の殺処分されそうな猫を受け入れている。

カフェは、開放的でおしゃれな雰囲気だ。明るい色の木の床がとてもきれいで、動物臭もほぼしない。猫が糞をすればその都度拭き取り、頻繁に掃除をしているという。壁には防臭効果のある漆喰を使い、床暖房を入れている。換気にも気を配ることで、猫と人間がどちらも快適な空間をつくっている。

いま「ケット・シー」にいる猫たちの写真(撮影=笹井恵里子)
いま「ケット・シー」にいる猫たちの写真(撮影=笹井恵里子)

ここから譲渡されていく猫たちには幸せになってほしい、とスタッフ誰もが願う。

だから正式に猫を譲渡する際には、代表の服部由佳さん自らが里親さんの家を訪ねる。それに付き添ったボランティアの岩﨑日登美さんは「届けに行くことはすごく大事」という。

「まず、申請された住所が、本当にその方の家かわからないでしょう。次に、収入や家の広さなど“猫を飼う条件”がよくても、室内が不衛生など、飼育に適した環境でないこともあります。最近は譲渡前のやりとりをSNSで行うことが多いので、行ってみて猫が安全に幸せに暮らせる環境かどうか、目で確かめることが大切です」

■今のところ「もう飼えません」と音をあげた人はゼロ

大抵のペットショップでは売ったら終わりだが、「ケット・シー」では譲渡後のフォローもする。譲渡1カ月から6カ月までは月1回写真を提出して報告してもらう。その後は1年ごとに報告してもらうことになっている。

「まだケットシーができて1年なので、譲渡から1年以上経った猫はごくわずかですが、これからどんどん増えていきます。どう管理していくか、頭を悩ませています。ここで譲渡する際は『終生飼育する』ことが条件で、第三者への譲渡は禁じています。今のところ『もう飼えません』と音をあげた人はいませんが、病気など何か思わぬトラブルがあって、『飼えなくなった』と言われたらどうしようと今は案じています」(服部さん)

「ケットシー」では月10頭を譲渡していて、オープンから1年経過した今、譲渡数は120頭を超えた。そのうち42頭は奄美大島からきたノネコだ。

この1年間に「ケット・シー」を通じて譲渡された猫120匹の写真。このうち42匹は奄美大島のノネコである。
撮影=笹井恵里子
この1年間に「ケット・シー」を通じて譲渡された猫120匹の写真。このうち42匹は奄美大島のノネコである。 - 撮影=笹井恵里子

奄美大島のノネコはどんな性格なのか。

■根拠の乏しい「ノネコ管理計画」が明らかにしたこと

「穏やかで、とっても性格がいい子が多い」と岩﨑さんは応える。岩﨑さんは、現在、預かっている猫も含めて、なんと20匹を飼育中なのだそうだ。

「奄美大島のノネコは他の猫に意地悪をしたり、飼い主を『自分のもの』と自己主張するような様子がない。むしろ子猫がいるとお世話をしてくれるんです。ええ、猫が猫の面倒をみるんです(笑)。もちろん、たまたまかもしれません。でも私は、奄美大島のノネコに自分の保護猫活動を助けられていると感じます」

服部さんのノネコ
写真提供=服部さん
服部さんのノネコ - 写真提供=服部さん

ノネコが希少種を捕食している。だからノネコを、猫を奄美大島の森から排除しなければならない。国のノネコ管理計画はそうした目的で始まった。

しかし計画を実行するだけの理由、根拠が乏しいことを、これまで何度も私は記事に書いてきた。一方で、齊藤さんが話す「計画の根拠はともかく、猫のせいにするなら、猫は山にいないほうがいい」という言葉にもうなずける。

服部さんが作った譲渡型保護猫カフェには、奄美大島からやってきた猫(ノネコ)と、猫を愛する人(ボランティア)が集まり、わずか1年でみるみる拡大していった。

ここに来た猫は、みんな幸せ。

ボランティアの岩﨑さんが放った言葉が、心に響く。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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