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念願の地方移住を実行した人が「都会暮らしのほうがよかった」と後悔する理由

プレジデントオンライン / 2021年7月2日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/svetikd

コロナ禍をきっかけにテレワークが普及したことで、職場から離れた場所に移住するケースが増えている。だが、同志社大学の太田肇教授は「合理性よりも公平感や犠牲が優先される日本では、移住はおろかテレワークも定着しづらい」と指摘する――。

※本稿は、太田肇『同調圧力の正体』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■生産性が上がったアメリカ、下がった日本

2020年春、突然私たちの身に降りかかってきたコロナ禍は、あらためて共同体型組織の弱点をさらけ出した。その一つが新型コロナウィルスへの感染防止のため、いわば「緊急避難」的に導入されたテレワークである。

東京商工会議所が第一次緊急事態宣言後の2020年5月29日~6月5日に実施した調査によると、67.3%の企業がテレワークを導入しており、宣言前の3月の26.0%から大きく増加している。とくに従業員300人以上の企業では導入率が90.0%に達した。

ところが日本ではテレワークの導入によって、生産性が低下したという企業が少なくない。日米の労働者それぞれ約1000人を対象にしたある調査によると、アメリカでは回答者の77%が在宅勤務移行後もそれまでと同等またはそれ以上に生産性が上がったと答えているのに対し、日本では「在宅勤務は生産性が下がる」という回答が43%で「生産性が上がる」という回答(21%)を大きく上回っている。(注1)

(注1)コンピュータ・ソフト会社のアドビが2020年に行った「COVID-19禍における生産性と在宅勤務に関する調査」

とくに対照的なのはコミュニケーションへの影響であり、「以前よりコミュニケーションが取りにくい」という回答がアメリカでは14%なのに対し、日本では55%を占め、いかに対面的なコミュニケーションに依存した働き方をしているかを物語る。

■時間外の電話対応、オンライン飲み会の強制参加…

生産性低下と並んで注目されるようになった問題に、いわゆる「リモート・ハラスメント」(リモハラ。「テレワーク・ハラスメント」ともいう)がある。

コロナ禍のもとで在宅勤務を経験した人を対象として行われた調査によると、「業務時間外にメールや電話等への対応を要求された」(21.1%)、「就業時間中に上司から過度な監視を受けた(常にパソコンの前にいるかチェックされる、頻回に進捗報告を求める等)」(13.8%)、「オンライン飲み会への参加を強制された」(7.4%)といった回答がかなりの割合にのぼっている。(注2)

(注2)東京大学医学系研究科精神保健学分野「新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査」2020年12月3日公開

これらの事実からうかがえるのは、日本企業特有の共同体型組織がテレワークによる働き方の効率化、合理化を妨げていることだ。

そもそも共同体の論理とコロナの対策は根本的に相容れない、いわば水と油のようなものだ。なぜなら共同体は人が溶け込むこと、ひっつくことを求めるのに対し、コロナ対策の基本は人を分けること、離すことだからである。

オンラインラップトップで作業
写真=iStock.com/anyaberkut
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/anyaberkut

■同質性の高い日本型組織は相性が悪い

もう少し具体的にいうと、くり返し述べてきたように日本の組織や集団は「閉鎖的」「同質的」「個人の未分化」という3つの特徴を備えており、それがメンバーへの同調圧力につながっている。ところが情報ネットワークは組織や集団の壁を容易に越え、無際限に広がる。当然、そこには異質な人も参加してくる。

それどころかむしろ異質な知識、技術、立場の人がつながってこそ新しい価値が生まれる。つまりテレワークの時代には、従来の同質性を基本にしたチームから、異質性を基本にしたチームへと切り替えなければならないのだ。

そしてメンバーが物理的に離れたところで働く以上、一人ひとりが仕事を分担しなければ仕事が進まないし、管理もできない。さらに共同体の中に自然とできる序列も無意味になる。ネットの世界ではフラットな関係の中で仕事をするのが基本だからである。

■「テレワーク移住」の落とし穴

テレワークの影響は、仕事の領域だけにとどまらない。

テレワークを行っている20~59歳の男女正社員に対して行われた調査によると、4分の1以上の人が「私は、孤立しているように思う」(28.8%)、「私には仲間がいない」(25.4%)と答えている。しかも容易に想像がつくように、テレワークの頻度が高くなるほど孤独感も強くなっている。(注3)

(注3)パーソル総合研究所「テレワークにおける不安感・孤独感に関する定量調査」2020年3月実施

また「コロナうつ」という言葉も生まれるなど、メンタル面に不調をきたす人も増えてきた。(注4)

(注4)国立成育医療研究センターが2020年11月~12月に実施した「コロナ×こどもアンケート」第4回調査によると、小学4~6年生の15%、中学生の24%、高校生の30%に中等度以上のうつ症状がみられた。

かつて「会社人間」と揶揄されたように日本人サラリーマンには、地域のコミュニティや趣味の会、ボランティア団体などに所属し、活動している人が少ない。会社という共同体へ一元的に帰属しているため、テレワークで会社との結びつきが弱くなると、孤立しやすいのである。

物理的にはテレワークが普及すると自宅で仕事ができるだけでなく、居住地の制約からも逃れられる。長年続いた東京一極集中、地方から大都市へという人口移動の方向が逆転し、人口の分散化や過疎対策が進むのではないかと期待されている。

社員の働き方を原則テレワークにして、全国どこでも働けるようにする会社も登場した。また人材派遣のパソナグループが本社機能の一部を兵庫県の淡路島へ移転し、大半の社員を異動させると発表して話題になるなど、会社ぐるみで地方へ移転する動きも出てきている。

地方に移住すれば通勤地獄や都会の喧噪から解放され、自然に恵まれた環境の中で働ける。休日には家族で釣りやサイクリングに出かけたり、友人たちとバーベキューを楽しんだり……。そんなバラ色の夢を抱いて地方暮らしを始める人が増えてきた。

■閉鎖的な共同体に溶け込めず…

ところが実際には、そのような夢が断たれるケースが少なくない。

地方への定住促進プロジェクトに関わる人たちによると、せっかくIターンなどの形で移住しても、比較的短期間のうちに都会へ戻ってしまうケースが後を絶たないそうだ。主な理由は、仕事上の不都合や生活の不便さなどより、地域の風土に溶け込めないことだという。

地方では人びとがその地域に定住しており、幼稚園や小学校から大人になるまで一緒というように人間関係が固定化されている。堅牢な共同体がそこに築かれているのである。したがって大人も子どもも、外からやってきて仲間の輪に入るのは容易ではない。

そのいっぽうで、定住する以上は地域の一員としての役割を果たすことが求められる。多くの地域では若者の流出が進み、地域の担い手不足に頭を痛めている。そのため移住者にも地域のさまざまな役職が割り当てられ、休日のたびに会合や催しに駆り立てられる。しかも休日に家族でレジャーを楽しんだり、旅行に出かけたりする文化が根づいていないので、周囲から奇異な目でみられることもある。

要するに人の流動性が低い地域では、共同体への全面的な帰属が期待され、異質な生活様式に対する許容度が低い傾向がある。このようにテレワーク浸透の前には、職場と地域の両方で厚い共同体の壁が立ちはだかっているのである。

■周囲を気にしすぎて休めない日本人

ただ、ここでも見過ごせないのは、合理性を超越した共同体主義の影響である。その点に注目してみよう。

日本企業で働いた経験のある外国人が異口同音に語ることがある。「日本人は会社にいることが仕事だと思っている」というのだ。それは「帰りにくさ」「休みにくさ」にもつながる。

日本では正社員の労働時間が主要国の中で突出して長い状態が続いており、その主な原因は残業の多さである。そこで正社員6000人を対象に行われた調査の結果をみると、残業時間を増やしていた要因のトップは「周りの人が働いていると帰りにくい雰囲気」だった。(注5)

(注5)パーソル総合研究所・中原淳「長時間労働に関する実態調査」2017年実施

また有給休暇もヨーロッパではほぼ100%取得されているが、日本では長年50%程度で推移している。有給休暇を残す理由について尋ねた調査では、「休むと職場の他の人に迷惑をかけるから」(60.2%)、「職場の周囲の人が取らないので年休が取りにくいから」(42.2%)、「上司がいい顔をしないから」(33.3%)という回答が上位に入っている。(注6)

(注6)労働政策研究・研修機構「年次有給休暇の取得に関する調査」2010年(複数回答)

そして仕事の成果よりも出勤していること、会社にいることに重きを置く風土はコロナ禍でまた厄介な問題を露見させた。

多くの経営者が言うには、営業などテレワークができる部署に対する、製造などテレワークができない部署からのやっかみ、不公平感がとても強いそうだ。ある会社ではやむなく営業のスタッフ全員を雇用から業務委託に切り替えたという。

ビジネス男性女性仕事のグループ
写真=iStock.com/sabthai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sabthai

■効率性よりも「誰も損しない」が優先される

この問題の根はとても深い。なぜなら、効率性の論理と共同体の論理が正面からぶつかっているからである。

単純な経済学の論理からいえば、報酬は貢献への、あるいは提供した労働力への対価である。しかし共同体の論理に照らせば、共同体の一員としてどれだけ苦労したか、犠牲を払ったかに応じて報われるべきだという理屈になる。

閉鎖的な共同体の中は、だれかが得をするとだれかが損をする「ゼロサム」構造になっている。したがって公平を期すためには、大きな負担をした人ほど報われなければならないのである。

たとえば同じ仕事でも定時にやり終えて帰る人より、時間をかけて残業した人のほうが多くの収入を得るのは不合理なようだが、それだけ自由時間を犠牲にしたと思えば周囲は納得する。

しかも実際に後者のほうを評価する管理職は少なくない。また業務上の必要があるか否かにかかわらず一律に転勤させるのも、転勤や長時間残業を受け入れてきた総合職を一般職より高い地位まで昇進させるのも、建前はともかく本音としては負担の不公平を感じさせないためという理由が背景にある。

要するに日本の職場では効率性の論理と共同体の論理が渾然一体となっており、それが問題を複雑にする。一貫した論理の欠如がしばしばご都合主義や、恣意的な人事を招くことになる。そしてテレワークの普及や雇用形態の見直しなど、働き方改革も中途半端なものにとどめてしまう。

■共同体の論理が支配する社会の末路

なお、すでに述べたとおり国や地方自治体なども広い意味では共同体型組織である。したがって、そこでもしばしば成果より負担や犠牲が重視される。

いわゆる公務員バッシングはその典型である。たとえば役所の職員が定時に退庁し、休暇をめいっぱい取得したり、良好な環境で快適に働いていたりすると住民からクレームがくることがあるという。そのため非効率だとわかっていても夏場に冷房をつけず、薄暗い中で残業をするような光景がみられる。

太田肇『同調圧力の正体』(PHP新書)
太田肇『同調圧力の正体』(PHP新書)

総理が自粛期間中に会食をしただけで責任を追及されるし、逆に「汗をかく」とか、「自ら身を切る」といえば多くの国民・住民は納得する。総理といえども同じ共同体の一員であるかぎり、一般国民と同じように共同体の規範、共同体の論理に従うことを最優先させられる。何を成し遂げたかは二の次なのだ。

また、かつてオリンピック出場選手が出発に際し、「楽しんできます」と挨拶しバッシングされたことがあったのを覚えている人もいるだろう。国から支援を受け、国の代表として参加する以上は「楽しむ」なんてもってのほかで、精一杯がんばる姿を示さなければならない。

五輪生活をエンジョイする姿をさらしながら金メダルを獲っても世間の批判は避けられないが、死力を尽くして敗退したらその姿は賞賛される。そういう光景を私たちはどれだけ目にしてきたことか。

共同体の論理が支配し続ける以上、組織や社会の改革は必ずといってよいほど暗礁に乗り上げることを覚悟しなければならない。

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太田 肇(おおた・はじめ)
同志社大学政策学部教授
1954年、兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学博士(経済学)。必要以上に同調を迫る日本の組織に反対し、「個人を尊重する組織」を専門に研究している。ライフワークは、「組織が苦手な人でも受け入れられ、自由に能力や個性を発揮できるような組織や社会をつくる」こと。著書に『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)をはじめ、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)『「超」働き方改革――四次元の「分ける」戦略』(ちくま新書)などがあり、海外でもさまざまな書籍が翻訳されている。近著に『同調圧力の正体』(PHP新書)がある。

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(同志社大学政策学部教授 太田 肇)

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