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「むしろ寿命を縮める可能性も」がん検診にオプションを付けまくる人が陥る意外な落とし穴

プレジデントオンライン / 2021年9月1日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pixelfit

さまざまながん検診を詰め込んだ「メガ盛り」人間ドックを売りにしているクリニックがある。医師の中山富雄さんは「お得感だけで安易に手を出すと過剰診断を引き起こし、苦渋に満ちた治療を迫られるかもしれない」という――。

※本稿は、中山富雄『知らないと怖いがん検診の真実』(青春新書)の一部を再編集したものです。

■悪さをしない「おとなしいがん」が治療対象に変わった

もう30年ほど前になりますが、医学部の病理学実習で70~80歳の男性には前立腺に8割方、小さながんがあると教わりました。

なんらかの病気でお亡くなりになった高齢の男性を調べると前立腺がんが見つかることは珍しいことではありません。亡くなったあとの解剖で見つかるがんをラテントがんといいます。生前にはなんら悪さをしなかった、いわば「おとなしいがん」です。

高齢男性の前立腺にできた「おとなしいがん」は症状もなく診断されることもなく、ご本人はがんの存在に気づかずに天寿を全うなさいます。がんを持っていても、必ずがんで命を落とすわけではないのです。高齢男性にはたいてい前立腺がんがあり、そのほとんどが「おとなしいがん」であることは医者にとって常識でした。

ところが、私が医者になってしばらくすると「前立腺のおとなしいがん」を取り巻く環境が変わり始めます。

前立腺にあるタンパク質の一種であるPSA(前立腺特異抗原)を測定して、前立腺がんを早期発見できるようになったのです。採血だけという手軽さや、メディアでの紹介もあってPSA検査はどんどん広まっていきました。

確かに、PSA検査の精度は高く、多くの方にがんが見つかりました。

精度が高いので本当に小さながんも見つかります。しかも、その多くがお年寄りです。30年前の解剖の授業ですでに常識として語られていた「高齢者の前立腺にはたいていおとなしいがんがいる」という状況を肯定する結果です。

当時と状況が異なるのは、おとなしいがんであるはずの高齢者の前立腺がんが、「早期発見」されたばかりに治療対象となってしまったことです。

PSA検査が浸透して前立腺がんはどんどん見つかっていきますが、患者数の増加に見合うだけの死亡率の大きな変化は見られませんでした。

早期発見・早期治療が奏功するがんを発見していたのであれば死亡率は大きく減少するはずなのに、死亡率はほんの少し減ったかなという程度だったのです。つまり、治療など不要な「おとなしいがん」が大量に発見されてしまったことを意味します。

患者数の増加と死亡率の変化が噛み合っていないことから、PSA検査は過剰診断に走りがちとの認識を持つ医療関係者も出てきて、検査の扱いを検討する議論も見られるようになりました。

さて、がんを手術や放射線などで治療することを「根治療法」といい、検査をしながら病気の進行を見守り、病状に応じて根治療法の時期を見極めることを「監視療法」といいます。

前立腺がんの10年間の死亡率が監視療法と根治療法で差がなかったことが明らかになり、現在では前立腺がんに対してはPSA検査の数値の変動を定期的にチェックする監視療法が取られるようになっています。

■手術でかえって日常生活に支障をきたす可能性が高い

PSA検査では、おとなしいがんだけでなく質の悪い前立腺がんも見つかっているはずで、そうしたがんの治療は患者さんの命を救うことにつながっている可能性はありえます。

また、手術で前立腺を摘出してがんができる場所をなくしてしまえば、以後、前立腺がんのリスクをかなり小さくすることもできます。

しかし、だからといって「前立腺を取って以後のリスクが減るのならよい」とは簡単には言えません。

前立腺は排尿や性機能に関わる神経と接しているため、術後に尿漏れや性機能障害を起こす可能性が高いのです。これはQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の低下を招きます。

特に尿漏れは日常生活への影響が大きく深刻な問題と言えます。

現代の高齢者は溌剌(はつらつ)として、ボランティアだ趣味だ旅行だと、大変活動的です。老後を「第二の青春」として謳歌(おうか)している方のなんと多いことか。尿漏れやその対策のオムツは、往々にして活動の幅を狭めてしまいます。

前立腺に限らず、手術の後遺症というのは予測がつきません。あの人が大丈夫だから、この人も大丈夫というふうにはいかず、蓋を開けてみるまでわからないのです。

■がんが見つかれば切除してほしいと思うのが人情

健康番組で紹介された品が、翌日のスーパーからゴッソリなくなるという話はよく聞きます。メディアの影響は医療現場にも及ぶもので、有名人ががんを公表したり、「○○検査でがんが見つかった」などと紹介されると、関連の医療機関が一気に賑わうというのはよくあることです。ある種のブームです。

すると、ある特定の病気について検査件数がグーンと伸び、追って「その病気である」と診断を受ける方がグググーンと伸びることがあります。こうしたブームが発生すると、検診を研究している立場としては「これは過剰診断ではないか」とちょっと身構えてしまいます。

お隣の国、韓国は長く検診後進国といわれていました。そこで政府主導でメディアも巻き込んだ乳がん、子宮頸がん、結腸がん、肝臓がんの検診が始まったのが1999年のこと。そのとき、オプションとして甲状腺がん検診も受けられることになりました。

超音波での検査はくすぐったいくらいで身体に大きな負担もなく、追加料金も3000~5000円ほどとお手頃だったので多くの人がオプションに加えます。

甲状腺の超音波検査
写真=iStock.com/Paola Giannoni
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Paola Giannoni

がん検診のオプションに入れられる前の甲状腺がんの患者数は年間1000人程度。それが2011年にはその約15倍もの方が「甲状腺がん」と診断されるようになりました。当然、治療を受ける人も激増します。

韓国の甲状腺がんの治療ガイドラインでは、腫瘍が1センチ以下の場合は切らないと示していましたが、がんが見つかれば切って取り除いてほしくなるのは人情です。5ミリ程度の腫瘍であっても、ほぼ半数の患者さんが手術で取り除くことを希望しました。しかしながら、死亡率に変化はありませんでした。つまり、手術してもしなくても死亡に関係のない完全なる過剰診断が横行してしまったわけです。

■元気に長生きするための手術が逆に寿命を縮める皮肉な結果に

韓国で甲状腺がんの検診が増えたことは、過剰診断のほかに「偶発症」の問題も引き起こしました。偶発症とは、胃バリウム検査で台から落ちて骨折する、内視鏡治療で腸に穴を開けられるなど、検査や治療で障害などが生じることを指します。

甲状腺は喉仏の下にある臓器で、身体の代謝を調節する甲状腺ホルモンを分泌しています。手術によって甲状腺ホルモンの分泌が減ってしまうと、後遺症として手などのしびれ、けいれん、便秘のほか、倦怠(けんたい)感があらわれることもあります。

偶発症としてよく知られているのが発声のトラブルです。

甲状腺の裏に通っている発声に関わる神経が傷つけられ、声が出せなくなってしまうのです。韓国のケースでは、手術を受けた人のうち2パーセントが神経を傷つけられたという報告も上がっています。

声帯にシリコンを入れれば発声はかなり改善しますが、うまく喉は動かせないままなので、食べ物が食道ではなく気管に入り込んでしまう誤嚥(ごえん)が起こりやすくなります。

高齢者の場合は誤嚥から誤嚥性肺炎となって、そのまま亡くなることも珍しくありません。日本では70歳以上の肺炎患者のうち約7割が誤嚥性肺炎。そして、誤嚥性肺炎は死因の第6位となっているほどです(2020年 厚生労働省)。

高齢になるにつれ咀嚼(そしゃく)力や嚥下力が衰えるので誤嚥性肺炎を起こしやすくなりますが、甲状腺がんの手術によって誤嚥性肺炎のリスクは一層上昇するかもしれません。

元気で長生きするための甲状腺の手術が、逆に寿命を縮めてしまうという皮肉な結果も予想されるのです。

■医療の進歩でどんながんも見つけてしまえるようになった

過剰診断が起きてしまう大きな要因となっているのが医療技術の進歩です。今までなら見つからなかったような小さながんも、どんどん見つけてしまえるようになっています。

本来、治療とは命を助けるもの。そして、転移などのように状態が悪くなるのを防ぐためのものです。

治療そのものが、身体はもちろん、精神的にも大きな負担になるケースもあり、その負担をどこまで許容すべきか? その許容の線引きは医者がするのか? 患者がするのか? 実に悩ましいところです。

例えば大腸ポリープなどは検査のついでに取ることができ、患者さんもしんどい思いをすることもありません。

腸のなかにあって現物など見たことも触ったこともないのですから、ポリープに愛着などさらさらなくて「取ってもらった、ラッキー!」という反応がほとんどです。

しかし、そうはいかないケースは多々あります。

例えば、女性なら子宮や卵巣、乳房。男性なら前立腺など、その方の心の深い部分につながっている臓器に対しては、治療法の選択が苦渋に満ちたものになることもあります。

一昔前はとにかく「全摘」という治療が主流でした。がんがどこまで及んでいるのか手術前の段階では必ずしもわからないので、大きく取ってしまったほうがいいという古典的な外科の戦略です。

現在でも、ある種の乳がんに対しては全摘が標準療法としてガイドラインで定められています。

乳房の痛みのイメージ
写真=iStock.com/Alona Siniehina
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alona Siniehina

■「なにか」の発見は必ずしも人を救うとは限らない

触診では見つけることができない非浸潤性乳管がん(DCIS)は、マンモグラフィーの登場で発見できるようになりました。がんの進行をあらわすステージは0期。早期といわれるI期にもなっていないため、「超早期がん」とも呼ばれます。

超早期なだけに予後も良好なので部分切除(温存療法)がおこなわれる場合が多いのですが、乳房全体に同時に複数できてしまった場合などでは全摘をすすめられることがあります。ごく早期でありながら、女性にとってはつらい決断を迫られる場合があるのです。

私のところにいらした30代の乳がん患者さんは、1年前に別の病院で泣く泣く全摘の手術を受けたそうです。「自分の命との取り引きだった」はずの全摘ですが、定期検査でCTを撮ったところ肺に小さな、本当に小さな「なにか」が映っていて、担当医に「転移かもしれない」と厳しい宣告を受けました。

事の顚末(てんまつ)を語る女性の表情は暗く、今にも泣き出さんばかりの様子で言葉も途切れがちです。私も覚悟を決めてそのCT画像を見せてもらいました。

「へ? これですかね? この程度の小さな影は10人に1人ぐらい誰でも持ってますよ」

女性は半信半疑の様子です。紹介医である乳腺外科医に「乳がんの転移や肺がんなどではなく、感染症など炎症の可能性が高く、基本は放っておいてよい」と返事を書きました。

「心配なら半年後にまたいらしてください。そしたら大丈夫だって安心してもらえるでしょうから」

そして半年後。カルテを見ながら「おっ、あの女性か」と診察室のドアが開くのを待っていたら、別人かと見まがうほど晴れやかな笑顔の女性が入ってくるではないですか。おまけにこんがり日に焼けています。

「先生、私ね、この病院でも『転移してる』って言われたら、帰りにどっか飛び込んでたわ。でも、平気って言われて気持ちが軽くなって、もう嬉しく嬉しくて、この前ハワイに行ってきましたよ!」
「ハワイですか、よかったですなあ!」

カウアイ島のビーチでリラックスする女性
写真=iStock.com/YinYang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YinYang

改めて検査をしたら、肺に映っていたはずの小さななにかは、すっかりどこかに消えていました。

昔であれば、とうてい気づくこともなかった「なにか」を見つけられるほど医療技術は進歩しました。しかし、その「なにか」を見つけることが、必ずしもその人の命を、心を救うとは限らないのです。

■お得感をくすぐる「メガ盛り」の人間ドック

お勤めしている方の楽しみのひとつと言えば「ランチ」でしょう。オフィス街には和洋中さまざまな店が軒を並べ、店先のメニューを見ていると目移りしてしまいます。

そんなとき、「おっ、これにしようか」と気持ちがなびいてしまうポイントは「お得感」ではないでしょうか。

例えば、肉がご飯の上にどっさり乗っている「メガ盛り」。

「こんなにたくさん! とってもお得!」

私もそう思います。なんなら「食べないと損!」と焦って店に入ってしまいます。損得が最初に来てしまうと、「ホンマに今日は肉の気分?」「こんないっぱい、入る?」「この肉、どこの肉?」なんてことは、もはや関係ありません。なんせ「得」なのですから。

ランチなら「イマイチだったな」で済みますが、お得感をくすぐる「メガ盛り」は医療の分野でもすっかり定番になっています。山盛りの検査メニューを売りにしている人間ドックなどは日本中にあります。

数年前のことです。ある自治体の検診を受託している某クリニックに、自治体の調査が入りました。

その自治体の職員は、クリニックが配布していたチラシを見て仰天します。

自治体の検診では5項目のところ、
当クリニックではわずか○千円の追加でなんと80項目できますよ

「The・メガ盛り」な内容を大々的にアピールしていたのです。

大量に積み重なったパンケーキと食べようとする少年
写真=iStock.com/ChristiTolbert
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ChristiTolbert

医療は患者さん一人ひとりの健康をサポートするためのものであり、その過程で人生に深く関わることもあります。患者さんとのファーストコンタクトになる可能性もある広告表現にも大きな責任が伴うのです。

「金額」は患者さんにとって気になる情報ではありますが、その表示の仕方には次のような姿勢が求められています。

――費用を強調した品位を損ねる内容の広告は、厳に慎むべきものとされておりますが、費用に関する事項は、患者にとって有益な情報の1つであり、費用について、わかりやすく太字で示したり、下線を引くことは、差し支えありません。費用を前面に押し出した広告は、医療広告ガイドラインにおいて、品位を損ねるものとして、医療に関する広告として適切ではなく、厳に慎むべきとされています。――
(「医療広告ガイドラインに関するQ&A」2018年 厚生労働省)

■検査の量は必ずしも診断の質を担保しない

ちょうどその時期は病院が出す広告について法改正がおこなわれたばかりで、チラシの表現は法に抵触するのではないかと国に報告されました。

ただ、一般の方々はそんなことは読み取れません。

同じチラシを見ても「お得だ!」と肯定的にとらえてしまう方が多いでしょう。

なんせ80項目もあれば、身体のすみずみまで、それはしっかり診てもらえるような気がするではないですか。

ところが、80も検査項目があっても、それをきちんと読み取れる医者がいなければ意味がありません。そもそも、そんな大量の項目は無意味なのですが。

人間ドックの場合、検査項目が多いほどしっかり診てもらえそうな気がしますが、そういうわけではありません。

検査項目を決めているのは医者ではなく、ほとんどの場合、事務方だからです。

医学的知識がないと、「メガ盛りはウケがいい」「あのクリニックも入れてる」「ムダな検査なんてないだろう」と、やたらめったら項目を追加してしまうのです。

検査の「量」が必ずしも診断の「質」を担保するわけではないのです。

■「高かろう悪かろう」の検診もある

「量」で検査の「質」を担保しようとするのが「メガ盛り」だとすると、「お金」で「質」を担保しようとするのが高額な人間ドックでしょう。

知り合いのフリー編集者の男性は、ここ10年ほどずっと人間ドックに通っているそうです。毎年1回ベーシックなコースで4万円ほどかかるそうで、50歳になってからは前立腺がんのPSA検査、脳ドックなどオプションも増え、かなりの金額に膨れ上がりました。

さて、日本の検診受診率が低い理由として「忙しい」「身体の調子がよい」とかいわれていますが、それを確かめるため「検診を受けたことがない人」数名にインタビューをおこないました。

中山富雄『知らないと怖いがん検診の真実』(青春新書)
中山富雄『知らないと怖いがん検診の真実』(青春新書)

皆さんいろいろな理由をおっしゃいます。

「時間がない」
「検診の通知に気づかなかった」
「日程の都合がつかなかった」

でも、なんとなく理由として弱い。あれこれ質問を変えながら一時間ほどみっちり何十人もの患者さんとインタビューを重ねてわかったのは「たいした理由はない」ということでした。

その話をしたところ、オチに大笑いしていた編集者ですが、ふと「じゃあ自分はなぜ高額な人間ドックを受けているのか」と疑問を口にします。

検診日時や病院を決められる、待ち時間が少なくゆったりしている。いくつか理由を挙げますが、どれも「4万円」の価値としては弱い気がすると言うのです。

うんうん考えた結果、彼が出した結論がなんだと思います?

「お布施なのかも」
「どういうことですか?」
「これだけ高額なら、きっと検査精度も高いはずと信じられるから……。御利益がありそうというか」

身銭を切る――それもそこそこの金額――ことですっかり安心しきっていたというわけです。

医者のすべてが経験豊富で技術に優れているとは限りません。医者との相性はわかっても、能力を見極めることは同業でない限り難しいでしょう。

「安かろう悪かろう」といいますが、「高かろう悪かろう」もまたあるのです。

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中山 富雄(なかやま・とみお)
国立がん研究センター検診研究部部長
1964年生まれ。大阪大学医学部卒。大阪府立成人病センター調査部疫学課課長、大阪国際がんセンター疫学統計部部長を経て、2018年から現職。NHK「クローズアップ現代」「きょうの健康」、CBCテレビ「ゲンキの時間」などのテレビ番組や雑誌などを通じて、がん予防、検診に関する情報をわかりやすく伝える活動を行っている。

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(国立がん研究センター検診研究部部長 中山 富雄)

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