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日本の市場は世界から見向きもされなくなる…SMBC日興証券の相場操縦事件が物語る"証券界の悪しき体質"

プレジデントオンライン / 2022年4月7日 15時15分

記者会見で厳しい表情を見せるSMBC日興証券の近藤雄一郎社長=2022年3月5日午後、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■「ブロックオファー」自体は違法ではない

証券大手のSMBC日興証券幹部らによる相場操縦事件は、ついに副社長の逮捕に発展し、会社ぐるみでの不正取引が行われていた疑いが強まった。特定の銘柄の株価下落を防ぐために大量の株式を買い付けていたことが金融商品取引法違反の相場操縦に当たるとされた。

すでに副社長が統括するエクイティ本部の前本部長ら幹部が逮捕されており、法人としてのSMBC日興証券と幹部5人が相場操縦の罪で起訴された。副社長は特捜部の調べに対して「取り引きの報告は受けていたが、違法という認識はなかった」と説明していたという。

今回、問題とされたのは、「ブロックオファー」と呼ばれる株取引に関連した株の売買。「ブロックオファー」は、証券会社が、大株主から特定の銘柄の株を大量に買い取ったうえで、取引所の時間外で、市場価格より低い価格で個人投資家に売却する取り引きで、これ自体は違法ではない通常の取引だ。

大株主が大量の株を売却したい場合、市場で売却すれば株価の大幅な下落を招くことになる。「ブロックオファー」を使えば、大株主は値崩れさせることなく一気に保有株を売却できる。一方、証券会社から勧められて株式を買う個人投資家の側も、市場価格よりも安く株式を購入できるメリットがある。もちろん、証券会社にとっては大量の株式の転売によって利益を得ることができる。

■証券会社による買い支えが「相場操縦」に当たるとされた

証券会社の買い取り価格は、設定した基準日の終値をもとに決める。個人投資家などに情報を伝えた結果、株が売られたり、値下がりを見越した「空売り」が入ると、株価が大きく値下がりすることになりかねない。そうなると大株主が売却自体を取りやめる可能性もある。

今回問題になった取引は、投資家からの空売り注文が相次いだため、SMBC日興証券が株価を維持しようと、証券会社の自己資金を使って大量の株を買い付けていたとされている。この買い支えが「相場操縦」に当たるというわけだ。SMBC日興証券の近藤雄一郎社長も記者会見で、ブロックオファーの価格が決まる時間帯に自社で買い付けを行っていたことを認め、「市場の公平性と公正性に疑問を生じさせる行為であることは明らか」と謝罪した。

なぜ、こんな事件が起きるのだろうか。ひとことで言えば、日本の証券会社が引きずる昔ながらの「体質」がある。

■「市場の信頼」を守ることが最も大事

体質とはどういうことか。「目の前の客」の利益を第一に優先させてしまうのである。一見、当然のことのように思えるが、本来、証券会社の最大の役割は、潜在的な顧客である投資家全体の利益を考えること。「目の前の客」に利益を与えようとすれば、目に見えない市場全体の投資家の利益を損なうことになりかねない。相場操縦はその株式の売買を行う「目の前の客」の利益を優先させることに他ならない。

株価は市場での需要と供給の結果生まれる「正しい株価」でなければならず、そうした正しい株価形成によって証券市場の「公正性」が保たれる。だからこそ、世界の投資家がその市場を信じて株式の売買をするわけだ。株価を証券会社がコントロールしたとすれば、その公正性が崩れ、市場の信任が失われてしまう。

株価のリアルタイム情報にグラフ
写真=iStock.com/phongphan5922
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/phongphan5922

おそらく逮捕された銀行出身の副社長は、「目の前の客」、この場合は株式売却を望んでいる大株主のために「買い支え」て、株価を維持することが問題だとは思わなかったのだろう。「顧客第一」で何が悪いのだ、と逮捕された今も感じているかもしれない。だが、証券市場に携わる者にとって最も大事にしなければいけないのは「市場の信頼」をどう守るか。それを裏切る相場操縦という行為は粉飾決算同様、重大な犯罪なのだ。

■1991年の「損失補てん」で証券会社の信用は地に落ちた

1991年、大手証券会社が特定の顧客に「損失補てん」していたことが明らかになり証券界を揺るがす大事件に発展した。バブルの崩壊で株価が大きく下落し、企業などの特定の客から預かった運用資金が大きく目減りする中で、その損失を補てんしていた。最も金額が大きかった鉄鋼商社の場合、123億円もの補てんを受けていた。

証券会社からすれば、膨大な運用資金を任せてくれている大口の顧客の利益を第一に考えることは当然だと思っていたのだろう。だが、一部の客にだけ損失補てんしていたことが明らかになって、証券会社の信用は地に落ちた。大手だった山一証券が経営破綻していく伏線にもなった事件だ。この事件も「目の前の客」を優先する証券界の体質が表れたものだった。

今回の事件で驚かされたのは、「大株主がブロックオファーで売却を希望する株価の目安が、大株主を担当する部署から株を売買する別の部署に伝えられていた疑いもある」と報じられていることだ。証券会社は株式の売買だけでなく、新規発行やM&Aなど様々な業務を行っている。このため、部署によって利益相反が起きることになる。当然、それを防ぐために部署の間に「ファイアーウォール」つまり「情報隔壁」を設けるのは証券会社としてイロハのイだ。

■東証も「目の前の客」に配慮している

M&Aを行う企業の情報が株式売買部門に公表前に流れ、その情報を使って売買すれば、典型的なインサイダー取引である。インサイダー取引規制が導入される前の1980年代前半には、そんな情報を、「早耳情報」として仕入れて株式の売買を行うことが当たり前に行われていたし、顧客も証券マンにそんな「早耳情報」の提供を求め、「確実に儲かる銘柄」を知りたいと思ったものだ。だが、「金融ビッグバン」と言われた2000年前後のグローバル・ルールへの規制の統一を機に、そうした伝統的な仕組みは姿を消したはずだった。それがまだ残っていたとしたら、SMBC日興証券の信用は地に落ちることになるだろう。

東京証券取引所はこの4月から市場改革を行い、「東証1部」「東証2部」「東証マザーズ」などの市場区分が刷新され、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」がスタートした。これまで2185社もあった「東証1部」の位置づけが曖昧になったとして、「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場」として「プライム市場」を設けた。つまり、世界の投資家が売買対象にするような選りすぐりの銘柄を「プライム」と位置付けようとしたのだ。

東京証券取引所(日本橋・兜町)
写真=iStock.com/PhotoNetwork
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PhotoNetwork

ところがである。その2185社の1部上場企業のうち、何と85%に当たる1841社が「プライム」に横滑りしたのである。これも東証が「目の前の客」に配慮した結果と見ることができる。

■取引所までもが「証券界の古い体質」を引きずっている

本来、証券取引所の最も重要な顧客は株式などを売買する「投資家」である。市場改革も投資家にとって使い勝手の良いものにできるかどうかが焦点だった。ところが、東証は株式を上場させて毎年費用を払ってくれる上場企業の利益を優先したのだ。「目の前の客」である。

投資信託や年金基金などの機関投資家は、これまで「東証1部」の銘柄を投資対象とし、「東証2部」に陥落すれば投資しない姿勢を取っていた。つまり、「プライム市場」から外れれば、機関投資家の投資対象から外れてしまうのではないか、という危機感が上場企業側にあった。グローバルな投資家を相手にできる力があるかどうかよりも、投資対象から外れて株価が下がることを恐れたのである。ほとんどの企業がこぞってプライムへの移行を希望した。この声を東証は無視できなかったということだろう。

結局は東証1部の看板を掛け替えただけに終わったわけだ。本来の最も重要な顧客である世界の「投資家」の期待を集めることはできていない。日本の市場の中核である取引所も証券界の古い体質を引きずっているということなのだろう。SMBC日興証券の事件にせよ、東証改革にせよ、これでは日本の証券市場が世界から見向きされなくなっていくことになりかねない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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