1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

NYでは1泊7万円超が常識…「株高で景気は上向き」のはずなのに日本人が貧しくなっている根本原因

プレジデントオンライン / 2023年9月28日 14時15分

ジャーナリストの池上彰氏 - 撮影=中西裕人

日本の平均賃金は30年間ほとんど増えていないのに、消費者物価は上昇を続けている。ジャーナリストの池上彰さんは「アベノミクスの副作用が国民の生活を苦しめている。株高と円安によって、一見、景気がよくなったかのように見えたが、日本全体としてはきわめて貧しくなっているのが現状だ」という――。

※本稿は、池上彰『池上彰の日本現代史集中講義』(祥伝社)の一部を再編集したものです。

■アメリカのラーメン店で5000円以上の出費

2022年秋、新型コロナウイルス感染症の拡大後初めてアメリカに行きました。海外取材は2年半ぶりのこと。

中間選挙を取材する中で、身にしみて感じたのが物価の高さです。かねてから進んでいた円安がピークに達しており、1ドルは約150円。ニューヨークで人気のラーメン店で食事をしたら、豚骨ラーメン(2400円)と餃子(1800円)で4200円になりました。これにチップ(840円)を加え、5000円以上の出費です。

日本のUber Eatsもそうですが、チップは選択式です。以前は10・15・18%から選ぶ形でしたが、今回は18・20・25%が選択肢でした。人件費も上がっているのですね。ニューヨークでは飲食店員の時給は20ドル程度が普通。日本の約3倍です。それでも人が集まらないそうです。

ニューヨークのマンハッタンで泊まった四つ星ホテルは、朝食なしで1泊約500ドル(7万5000円)。朝食は4500円でした。四つ星ホテルを選ぶのは決して贅沢をしたいからではなく、マンハッタンの治安を考えると必要なレベルなのです。五つ星ホテルなら1泊10万円以上はします。

■マンハッタンのタワマン最上階は86億円

こうした物価水準から考えると、1泊5万円で泊まれる東京の五つ星ホテルは、アメリカ人にとっては「ビジネスホテル並みに安い!」と感じられるのです。

苦労しているのが日本円で給料をもらっている日本企業の若手駐在員ですね。「とても外食なんてできない」と嘆いていました。家賃が突然10万円上がったという話も聞きました。

ニューヨークは高層ビルの建設ラッシュで、景気の良さを肌で感じました。セントラルパークの近くに84階建てタワーマンションが建ちました。最上階の部屋は86億円だそうです。

とはいえニューヨークの治安は悪く、殺人事件は日常茶飯事です。バイデン大統領・民主党支持者の多い都市部は給料が上がっていますが、トランプ前大統領・共和党支持者の多い地域では、上がるのは物価だけ。給料が上がっていないと聞きました。地域による分断が進んでいます。

■日本の平均賃金は30年間ほとんど増えていない

ちょうどハロウィンの時期。タイムズスクエアでは世界中から来た観光客で大賑わいでしたが、日本人の姿はほとんど見かけませんでした。かつては世界中のどこに行っても日本人観光客を目にしましたが、日本の経済力が弱くなってしまったことをひしひしと感じました。

日本に帰国し、物価が安くて平和な日本の良さを実感しましたが、同時にこのまま地盤沈下してしまうのではないかという危うさも感じました。

日本経済が振るわない現状は数字の面でも明らかです。先進国が加盟するOECD(経済協力開発機構)のデータによると、2021年の平均賃金はOECD34カ国のうち24位(ドル換算)。1991年には23カ国中13位でしたが、2013年には韓国に抜かれてしまいました。2011年には東日本大震災に見舞われましたが、それ以前から年々順位を下げています。

日本株に関するグラフ
写真=iStock.com/atakan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/atakan

平均賃金は過去30年あまり、ほとんど増えていません。1990年に3万6879ドルでしたが、30年後の2021年になっても3000ドルほど増えただけです。

■「ビッグマック指数」は韓国や中国よりも低い

これに対し、アメリカは4万6975ドルから7万4738ドルに1.6倍にも増えています。西欧諸国もイタリア以外は軒並み上昇しています。世界はリーマン・ショックやコロナ禍、ウクライナショックを同じように経験してきたはずですが、まるで日本だけが取り残されたかのようです。

国の経済力を測る基準として、英国のエコノミスト誌が1986年から発表している「ビッグマック指数」も知られています。ビッグマックは国が変わっても材料や調理法がほぼ同じなので、物価水準や購買力を比較しやすいのです。ビッグマックの価格には各国の原材料費や人件費、家賃などが反映されています。

2023年1月に発表されたランキングでは日本は54カ国中、41位(410円)。もっとも高いスイスでは944円、アメリカは697円でした。韓国(516円)、中国(460円)は日本より高く、イギリス(401円)、台湾(321円)は日本より安くなっています。

■世界的に注目を集めた「アベノミクス」

パンデミック以前、日本各地の観光地はインバウンド(訪日外国人)であふれていました。日本の観光地や文化そのものが魅力的だというのに加え、こうした体験を格安ででき、何を買っても、何を食べても安いという点が高く評価されていたのです。

こうした事実をもって「もはや先進国ではない」と言い放つ声さえ聞かれます。日本が世界第3位の経済大国であるのは確かですが、国民の暮らしぶりを基準にすれば、かつてのように豊かとは言えないのが現実かもしれません。

2008年のリーマン・ショックによる影響もまだ癒えない2011年、日本は東日本大震災に見舞われました。長引くデフレから抜け出せない危機的な状況の中、2012年に政権奪取を果たした自民党の安倍晋三首相は「危機突破内閣」を自称しました。安倍政権が世界的に注目を集めたのが「アベノミクス」と呼ばれる経済政策です。

■第一の矢「大胆な金融政策」で株価上昇に成功

本書の第1章でもふれたように、アベノミクスは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間の投資を引き出す成長戦略」の三本の矢からなります。この「三本の矢」という言葉は、戦国武将、毛利元就が3人の子どもたちに結束を説くために残した教えです。

一本では容易に折れてしまう矢でも、三本束ねれば頑丈になるという意味です。山口県選出の安倍氏が、中国地方の覇者・毛利元就にあやかって選んだ言葉でしょう。

一本目の矢「大胆な金融政策」を行なうため、まずは日本銀行の総裁を黒田東彦に代えました。それ以前の白川方明(まさあき)総裁は日銀出身だったため、大胆な金融政策ができないとみなし、財務省出身で、アジア開発銀行総裁の経験もある黒田東彦を総裁に据えたのです。

黒田日銀総裁はお札をどんどん刷って金融機関が保有する国債を大量に買い上げ、現金を大量に市場に供給するという「金融緩和」を行ないました。こうして市場に流れ込んだお金が、株式投資に向かい、株価が上がっていく。そう期待され、実際に株高を生み出すことに成功しました。

また、現金がふんだんにある状態では、お金を貸したい人が多く、借りたい人が少なくなるため金利が下がります。金利を下げてでも貸したい人が増えるからです。

■金融緩和の目標は「消費者物価上昇率2%」

現金がふんだんにある状態を国外から見ると、ドルの量は変わっていないのに、日本円が世の中にふんだんに出回ることになり、円の価値が下がります。つまり円安になります。円安になると輸出産業が活発になります。

黒田総裁は「消費者物価上昇率が2%になるまで続ける」と宣言し、金融緩和を「黒田バズーカ」と呼ぶほど、市場の期待を上回る規模で行ないました。これによって「当分の間、金融緩和は続く」とみた外国人投資家がまず日本株を買い始め、その後、日本人投資家が追随することで、株価がみるみる上昇し始めました。アベノミクスはバブルとも言えるほどの株高を生み出したのです。

第二の矢である「機動的な財政政策」は、いわゆるバラマキです。民主党政権時代、「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズのもとで公共事業は抑えられていました。これを復活させて地方経済を活性化し、デフレ脱却を狙いました。

東京
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

■中長期的な成長戦略はまだ描けていない

第三の矢「民間の投資を引き出す成長戦略」は展望が見えません。第一の矢、第二の矢は日本経済を目覚めさせるためのショック療法と言えます。

これによって浮上した景気を、中長期的な成長につなげていくのが成長戦略です。成長戦略が描けないのは安倍政権以前からの日本の課題です。アメリカのGAFAMのような革新的な産業が日本から生まれる気配がありません。

アベノミクスによって世の中に供給されたお金は、株や土地への投資へと向かい、株価や土地の価格の上昇をもたらしました。株価が上がり、お金持ちがお金を使うようになると社会全体が活気づきます。公共事業によって地方の経済も活性化されました。コロナ禍前までは多くの雇用も生み出したのは事実です。第一の矢、第二の矢はひとまず成果を上げたと言えそうです。しかし、アベノミクスの副作用も明らかになっています。

公共事業を増やしたことで国の借金が増えています。つまり、国債の発行が増えているのです。

■100万円の国債を101万円で買い取っている状態

日本の国債は主に金融機関が買っています。たとえば銀行は満期になると100万円戻ってくる国債を98万〜99万円といった価格で買い、その差額である1万〜2万円を利益にしています。

しかし超低金利が続いているため、銀行は100万円の国債を100万円で買うような状態になっています。それでも銀行が国債を買うのは、日銀が引き取ってくれることがわかっているからです。極端に表現すれば、日銀は100万円の国債を、銀行から101万円で買い取るような状態です。

日銀が国債を国から直接引き受けることは現状では行なっていません。これをやると政府は際限なく国債を発行でき、日銀はいくらでもお札を発行できます。戦時中に同様のことを行ない、ひどいインフレを招いたことがあります。そこでいまでは、日銀は銀行から国債を買い上げ、同じ額のお金を発行し、市場に流すお金をコントロールしています。

「国債発行」と書かれたニュース見出し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■日銀が信頼を失ったとき、国債はどうなるか

日銀が毎年数十兆円もの国債を買い続けたことで、政府が発行する長期国債のおよそ半分を日銀が持っている状態になっています。世界でも類をみない量です。

国にとっては利子を払わず借金ができる良い状態ですが、将来、金利が上がると日銀が過去に買っていた低金利の国債の価値が下がり損失を出します。本来、日銀は国債を銀行から買うことで利益を得て、政府に納付します。しかし今後は日銀の債務超過が懸念されます。民間の銀行と違って破綻しないという意見もありますが、日銀が信頼を失えば、日本円そのものの価値に影響が出る恐れがあります。

国債を扱うのは主に金融機関ですが、その価格や長期金利は私たち国民にも大きな影響を及ぼします。長期金利は住宅ローンなどの金利の基準になっているからです。国債の価格と長期金利はシーソーのような関係にあり、国債の価格が下がると、長期金利が上がります。

そこで日銀は、満期の長い長期国債も買って長期金利が上がらないように必死になっています。

■円安が止まらず、「安い日本」が定着

アベノミクスが狙った円安も、大きなデメリットをもたらしています。輸出には有利にはたらきますが、石油・天然ガスなどエネルギーの多くを輸入に頼る日本には逆風となっています。特にロシアのウクライナ侵攻以降、エネルギーや原材料費の値上がりによって、あらゆるモノの価格が急上昇しています。

アベノミクスは消費者物価上昇率2%を目標にしていましたが、2022年、通年の上昇率は2.3%となりました(変動の大きい生鮮食品は除きます)。2022年12月には4.0%となり、41年ぶりの上昇率を記録しました。目標としていた消費者物価上昇率は達成されたのですが、国民の生活は苦しくなるばかりです。

景気の良すぎるアメリカは利上げを続けてインフレを抑えようとしています。高金利のドルがますます買われ、円安が進むことになります。

こうして「安い日本」が定着してしまい、海外に行った日本人はあまりの物価の高さに驚かされ、日本が貧しくなったことを実感させられるのです。

株高と円安によって、一見、景気がよくなったかのように見えましたが、日本全体としてはきわめて貧しくなっているのが現状です。

■政府と日銀の急務は金融緩和の「出口戦略」

先行きが見通せない中、いったい金融緩和をいつまで続けるのかという「出口戦略」が問題になっています。

池上彰『池上彰の日本現代史集中講義』(祥伝社)
池上彰『池上彰の日本現代史集中講義』(祥伝社)

安倍元総理の肝いりで据えられた黒田日銀総裁は任期を終え、新たに植田和男氏が起用されました。日銀総裁は歴代、日本銀行や旧大蔵省・財務省の出身者が務めてきましたが、植田氏は経済学者。戦後初めてのことです。総裁就任を予想できた人はいなかったのではないでしょうか。といっても、FRB(米連邦準備制度理事会)議長を務めたベン・バーナンキやジャネット・イエレンのように、中央銀行のトップを学者が務めるというのは世界的には珍しいことではありません。

円安を止めるには金利を上げればいい。しかし金利を上げれば景気が悪くなってしまう。このジレンマからどう脱出すればいいのか、政府と植田日銀総裁の舵取りが問われています。

----------

池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計11大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる  池上流新聞の読み方』など著書多数。

----------

(ジャーナリスト 池上 彰)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください