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「社会保険料の急騰で現役世代は死ぬ」認知症新薬390万円の自己負担14万円で差額は誰が負担するのか

プレジデントオンライン / 2023年9月28日 16時15分

出典=エーザイ「『レケンビ®点滴静注』(一般名:レカネマブ)について、 日本においてアルツハイマー病治療薬として製造販売承認を取得」

アルツハイマー病の進行を遅らせるとされる新薬「レカネマブ」。年内にも公的医療保険が適用され、患者への投与が可能になる見通しとなった。価格は年390万円(2万6500ドル)だが、高額療養費制度があるため、患者の自己負担は年約14万円が上限(70歳以上の一般所得層)。認知症患者約600万人のすべてに投与されるわけではないが、公費の大幅増は必至だ。医師の筒井冨美さんは「日本の社会保障制度を破綻させかねないリスクがある」という――。

■認知症新薬は画期的なのか?

2023年9月25日、厚生労働省は大手製薬企業「エーザイ」が米国企業と共同開発した新薬「レカネマブ」について、国内での製造販売を了承したことが発表された。

これは、認知症全体の6~7割を占める「アルツハイマー病」に対する治療薬であり、年内にも公的医療保険が適用されて、患者への投与が可能になる見通しとなった。

アルツハイマー病は、原因物質のひとつとされる「アミロイドβ(ベータ)」が脳内に蓄積することで神経細胞が傷つき、認知機能が低下すると考えられている。従来の薬は、神経細胞の働きを高め、一時的に症状を緩和させることはできるものの、神経細胞が壊れていくことを止めることはできなかった。

「レカネマブ」は、原因となる「アミロイドβ」を取り除き病気の進行を抑える画期的な新薬とされ、「病状の進行を27%抑制」と発表されている。認知症患者は国内約600万人と推計されており、社会的なインパクトも大きい。

25日の同社株価は発表を受けて一時3.5%の8774円まで上げ幅を拡大した。

■大手メディアは好意的に報道

テレビや新聞など大手メディアは好意的に報道し、NHKは「当事者などでつくる団体『明るい兆し見えた』」と報じている。また、気になる価格は米国と同水準ならば年390万円(2万6500ドル、1ドル148円で計算)と推定されるが、「高額療養費制度があるため、患者の自己負担は、70歳以上の一般所得層(年収156万~約370万円)の場合、年14万4000円が上限」とも報道された。

■SNSは疑問と反発だらけ

一方、SNSコメントは疑問と反発だらけである。X(旧ツイッター)で「レカネマブ」を検索すると

「アルツハイマーの進行を27%遅らせるが治らない」
「要介護期間が延びるだけ」
「高齢者の少しの長生きのために、若者の1年間の稼ぎ丸々投じる勢い」
「社会保険料アップは不可避、現役世代は死にますね」

など、画期的な新薬にもかかわらず、医師・非医師を問わず歓迎コメントはほとんど見当たらない。

「390万円の薬を14万円の自己負担で使える」ということは、差額の376万円は薬を使わない誰かが負担することになる。今までの日本の社会保障政策を考えると、今回も現役世代の社会保障費増で帳尻を合わせる可能性が大きい。SNSでの現役世代の反発は当然の結果だろう。

■公費負担大幅増は避けられない

実際、新薬は約600万人いる認知症患者の何割に投与されるかは不透明だが、大幅な支出増となるのは確実だ。またレカネマブの副作用として10%以上に脳出血や脳浮腫が報告されているので、定期的なMRI検査が必要になるだろうが、これも高額療養費制度に含まれてしまうので公費負担となる。

2023年度の社会保障費(医療+年金+福祉)総額は厚労省推計で約134兆円とされているが、レカネマブ単独でその額をさらに増加させかねないインパクトがあるのだ。日本の社会保障制度を破綻させかねないリスクのある薬剤だが、現在のところ世論を二分するような議論にはなっていない。

■高いけど効くゾルゲンスマ

保険適応された高額薬品と言えば2020年に認可された、薬価が約1.7億円の「ゾルゲンスマ」が挙げられる。筋力の低下を引き起こす脊髄性筋萎縮症(SMA)を罹患(りかん)したか2歳未満の乳幼児に投与する遺伝子治療薬である。最重症とされるSMA I型は、乳児期に発症して寝たきりのまま短い生涯を終えるケースが多かったが、1回のゾルゲンスマ投与で歩けるようになった動画を見るにつけ「超高いけど効果ある」との評価をする人も多い。対象患者は日本国内では年間25人程度という少なさもあって公費負担増も50億程度と推計され、医療関係者の反発も見当たらない。

■世代間格差をさらに拡大するレカネマブ

一方、レカネマブは「進行を遅らせる」薬であり、認知症そのものが治るわけではない。進行を遅らせて要介護期間が延長した場合、介護費用の増大も懸念される。少子高齢化で介護人材不足も慢性化しているし、最近の円安では海外からの介護人材導入も困難だ。

「レカネマブの使用は、65歳未満の若年性アルツハイマー病に限定すべき」という医療関係者の声も大きい。しかし、現在の保険制度では「年収800万円の50代サラリーマンにレカネマブ投与」となった場合には自己負担3割となり、「病気の進行を遅らせるメリットが大きい」世代ほど自己負担分も大きいという矛盾がある。

頭部CT画像
写真=iStock.com/digicomphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/digicomphoto

2022年度から体外受精など高額不妊治療が保険適応されたが、これには「43歳未満」という明確な年齢制限が設けられた。一方、翌9月26日の武見敬三厚労大臣の記者会見では、「レカネマブの保険医療財政への影響」について質問されたものの、年齢制限や経済的インパクトについては言及されなかった。

■ヨーロッパでレカネマブが販売されない理由

現在のところレカネマブが販売されているのは米国のみである。米国では国民全体をカバーする公的医療保険がなく、大部分の国民は所得に応じた民間保険サービスを購入することになる。医療は社会福祉というよりもビジネスと見なされており、高額医療は「個人の経済活動」とされているので、先端医療や高額薬品が実用化されやすい。

一方、ヨーロッパ先進国の多くでは公的医療保険が整備されており、わずかな自己負担額で医療サービスが受けられるが、レカネマブのような高額薬品の導入には慎重である。英国系報道機関であるロイター社は「エーザイ共同開発のアルツハイマー薬、欧州で需要に懐疑」という解説記事で、「副作用や医療資源への追加コストをしのぐほどのメリットがあるのか」「認可されても幅広く使用されそうにない」「投資をすべき薬なのだろうか」などといった、欧州の専門家たちのインタビュー記事をまとめている。

そして、日本の医療制度は公費負担割合が大きく、ヨーロッパ型に近いのだ。

■コロナで先送りされた死生観の見直しを

手厚い福祉政策で定評のある北欧諸国だが、その特徴として「寝たきり老人がいない」ことが挙げられる。国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授は『週刊現代』(2015年9月26日・10月6日合併号)で「自分で食事をできなくなった高齢者は、無理な食事介助を行わず、自然な形で看取る」と述べており、長期間寝たきりになる高齢者がいないのだ。この方針は「個人の尊重」「国家財源の節約」の両面において国民に広く受け入れられており、日本の認知症高齢者でよくみられる「胃ろう(胃に穴をあけて栄養剤を注入して生命維持)は虐待」と考えられている。

一方、日本の寝たきり老人数は約300万人以上と推計され、人口比で世界一位とされている。また高齢人口比率(65歳以上の割合)も29.1%と世界一である。高齢者に対しても現役世代同様の医療を行うことが常識とされ、2019年に「終末期ケアをあらかじめ家族と決めておく」ことを勧めた厚労省のポスターは患者団体の抗議で撤回された。

嘆き悲しむシニア女性
写真=iStock.com/Tero Vesalainen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

日本人の死生観はコロナ禍でも変わらず、2021年のコロナ渦中に「高齢者は入院の優先順位を下げる」旨のメールを出した大阪府幹部は、新聞にスクープされて謝罪と撤回を余儀なくされた。家族の希望があれば「80代に人工呼吸器」「70代にECMO装着」と公費による高額医療が施され、その結果100兆円を超える国債残高を積み上げた。

日本経済は弱体化し、円安も物価上昇も社会保障費増も実質賃金減少も進行する一方である。少子高齢化も改善する気配は見えない。現状のままレカネマブ販売を開始しても、日本社会をさらに困窮させる可能性が大きい。レカネマブの保険適応には「不妊治療のような年齢制限」そして「日本社会の死生観の見直し」が必須であると、私は考えており、思いを同じくしている医師は少なくない。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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