相手を説得したいなら「お得ですよ」は使ってはいけない…頭のいい人が使う心理に訴える「鉄板フレーズ」
プレジデントオンライン / 2024年3月9日 18時15分
※本稿は、サトウマイ『はじめての統計学 レジの行列が早く進むのは、どっち⁉』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
■期待値が同じでも「もらえる」「失う」で回答率が変わる
突然ですが、次の2つの質問に直感で答えてください。
〈質問1〉どちらのくじを選びますか?
A:90万円もらえる確率が100%のくじ
B:100万円もらえる確率が90%のくじ
〈質問2〉どちらのくじを選びますか?
A:90万円を失う確率が100%のくじ
B:100万円を失う確率が90%のくじ
「直感で選んでください」といっておきながら、どちらを選ぶのが数学的に正しいのかを先に検証してみたいと思います。
客観的な正しさは、本書の第2章で解説した「期待値」を計算します。期待値とは「1回くじを引いたときの、取りうる値の平均値」です。この値の高いほうを選ぶ、ということです。
期待値の計算は、
取りうる値×その値を取る確率(の合計)
で求められます。それでは計算してみましょう。
〈質問1〉
Aのクジの期待値=90万円×1(100%)=90万円
Bのクジの期待値=100万円×0.9(90%)=90万円
〈結果〉
AもBも同じ期待値(数学的な正しさは一緒)
〈質問2〉
Aのくじの期待値=−90万円×1(100%)=−90万円
Bのくじの期待値=−100万円×0.9(90%=−90万円
〈結果〉
AもBも同じ期待値(数学的な正しさは一緒)
期待値が同じで、回答者の属性に偏りがなく(例えば主婦層だけなど)、幅広い属性がランダムに選ばれているのであれば、あとは好みの問題で、AとBに半々くらいに分かれるはずです。
しかし、〈質問1〉ではAを選ぶ人が多くて、〈質問2〉ではBのほうが多いというように、“選択の好み”に偏りが出ることがわかっています。
「もらえる」といったときは確実なほう(確率100%)を選ぶのに、「失う」といったときはリスクを取る(100%でない)人が多いのです。これを「プロスペクト理論」といいます。
■人は、客観的数字ではなく心理的インパクトで判断する
プロスペクト理論は1979年に米国のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーという2人の心理学者により発表されました。
ダニエル・カーネマンは、経済学の数学モデルに人の心理学的な行動モデルを組み込んだ「行動経済学」の学者で、2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
プロスペクト理論は古典的な理論なのですが、今でも行動経済学や消費者行動の分野では、もれなく学ぶ理論のひとつです。
それでは、もう少し例題を見てみましょう。
〈質問1〉どちらを選びますか?
選択肢A:100万円が無条件で手に入る
選択肢B:コインを投げ、表が出たら200万円が手に入り、裏が出たらなにも手に入らない
〈質問2〉あなたは200万円の負債を抱えています。どちらを選びますか?
選択肢A:無条件で負債が100万円減額され、負債総額が100万円となる
選択肢B:コインを投げ、表が出たら負債が全額免除されるが、裏が出たら負債総額は変わらない
これは、プロスペクト理論を証明するために行われた、ダニエル・カーネマンの「コイン実験」といわれるものです。
〈質問1〉は、どちらの選択肢も手に入る金額の期待値は100万円と同額です。それにも関わらず、「選択肢A」を選ぶ人のほうが圧倒的に多い結果になりました。
〈質問2〉も、どちらの選択肢も期待値は−100万円と同額です。しかし、「選択肢B」を選ぶ人が多かったのです。
この実験の面白いところは、それだけではありません。
普通に考えれば、〈質問1〉で「選択肢A」(確実に受け取れる選択)を選んだ人ならば、〈質問2〉でも「選択肢A」(確実に受け取れる選択)を選ぶのでは? と思われるかもしれません。
しかし、〈質問1〉で「選択肢A」を選んだほぼすべての人が、〈質問2〉ではギャンブル性の高い「選択肢B」を選ぶことが実証されました。
■「得をすることよりも、損をしないことを優先する」
この実験では、客観的な数値である期待値が同じ状況でも「損失」のとらえ方によって人の選択は変わるのかを検証しています。
〈質問1〉の場合は「50%の確率でなにも手に入らない」という損失を回避し、「100%の確率で確実に100万円を手に入れよう」としていると考えられます。
〈質問2〉の場合は「100%の確率で確実に100万円を減額される」という損失を回避し、「50%の確率で全額免除されよう」とすると考えられます。
実験結果が意味することは、「人間は目の前に利益を提示されると利益が手に入らないという損失の回避を優先し、目の前に損失を提示されると損失そのものを回避しようとする傾向がある」ということです。
これを、心理学では「損失回避バイアス」といいます。
言い換えると、「人は得をすることよりも、損をしないことを優先する」ということになります。
人を説得したいなら、「お得ですよ!」よりも「損しますよ?」という言い方や見せ方のほうが効果的といえるでしょう。
以下2つの状況のうち、「プロスペクト理論」を応用するなら、どちらの打ち出し方が適切でしょうか?
〈設問1〉
あなたの会社では、定価で100万円する商品の割引キャンペーンを行います。どちらのキャンペーンを行いますか?
キャンペーンA:100万円が無条件で半額となり、50万円で購入できる
キャンペーンB:100万円が50%の確率で全額免除となる
〈設問2〉
分割ローンが100万円程度残っている人に、残金を減額するキャンペーンを行います。どちらのキャンペーンを行いますか?
キャンペーンA:100万円の借金が無条件で50%減額され、返済額が50万円になる
キャンペーンB:100万円の借金が50%の確率で全額帳消しになる
〈正解〉
〈設問1〉→キャンペーンA
〈設問2〉→キャンペーンB
(実際には、ABテストをしてみないと、どちらが有効かというのはわかりません。顧客の属性によっても反応率が変わるためです)
■金額が大きくなるほど、感覚は麻痺する
プロスペクト理論では「金額の大きさと、主観的に感じる価値は一致しない。金額が2倍になると、主観的に感じる価値は2倍にはならず、2倍弱(1.6倍ぐらい)になる」ということもわかっています。
「金額の絶対値が大きくなるほど感覚が鈍感になる」ということです。大きな買い物ほど、金銭感覚が麻痺してしまうことです。
図表2は、人がお金に関わる意思決定をするときに、頭の中でどういった計算が行われているのかを図式化したものです。S字の形をした線を「価値関数」といいます。
数学の授業に出てくる一次関数とか二次関数は、中学生のときに確か勉強しました。「関数」というのは、数値の変換装置のことです。何かの数値を入れると、別の何かの数値に変換してくれるものです。
価値関数は、「客観的な数値(金額)を人間の主観的な数値(価値)に変換する装置のことだ」と思ってください。この価値関数をもとに、「この金額はお得なのかどうか」を判断している、ということです。
もし合理的な選択をしているのであれば、客観的な数値(金額)と主観的な数値(価値)が一致するはずです。
しかし、人は必ずしも客観的で合理的な選択をしているわけではなく、どちらかといえば主観的な価値感覚を頼りに、「なんとなく」選択をしています。
人は客観的な数値をそのまま正しくとらえているのではありません。「金額」という客観的な情報を価値関数という変換装置にいったん入れて、心理的なインパクト(主観的数値)に変換してから判断しているということです。
図表2では横軸が「金額」、縦軸が「価値」です。横軸ではなく縦軸で判断しているということです。
いち消費者としては、金額そのものではなく、主観的な価値で判断していることを自覚していなければ、「いつの間にかお金がない」ということになりかねません。
■金額はそのままに「いかにお得に見せるか」
一方で、マーケティングで重要なのは、金額という客観的なものさしを操作することではなく、人が実際に感じる「価値」という主観的なものさしを操作することです。
安易に「高いから売れないんだ、値下げしよう」というのは、客観的なものさしを操作しているにすぎず、あまり良い選択とはいえません。金額はそのままに、「いかにお得に見せるか」を考えたほうがいいでしょう。
プロスペクト理論は、私たちの日常のあらゆる場面に密(ひそ)かに存在しています。
先ほどの「得をするよりも損を避けたい」損失回避バイアスについても、この価値関数で説明することができます。
1万円を得たとき(得をする)の嬉しさ(主観的な数値)が1だとすると、1万円を失ったときの悲しさ(主観的な数値)は2倍以上になっています(図表3)。
また、横軸と縦軸のクロスする箇所は、「参照価格」や「参照点」といわれています。これを説明するために、再びダニエル・カーネマンの実験を紹介します。
〈実験1〉
状況:ジャケット(125ドル)と電卓(15ドル)を買う
A:この店で、ジャケット(125ドル)と電卓(15ドル)を買う
B:「自転車で20分はかかる支店だと、電卓が10ドルになりますよ」という
→Bを選んだ人が68%
〈実験2〉
状況:同じ
A:この店で、ジャケット(125ドル)と電卓(15ドル)を買う
C:「自転車で20分はかかる支店だと、ジャケットが120ドルになりますよ」という
→Cを選んだ人が29%
この実験の意味するところは、総額140ドルから5ドル安くなるという状況は、〈実験1〉も〈実験2〉も変わらないのに、
B:15ドル→10ドルで、33%値引き
C:125ドル→120ドルで、4%値引き
では、値引き率の大きいBのほうが魅力的に見える(わざわざ自転車で20分走ってもいいと思える)ということになります。
Bの場合の参照価格(基準となる価格)は15ドルで、そこからの変化の大きさ(値引き率)が33%。
Cの場合の参照価格(基準となる価格)は125ドルで、そこからの変化の大きさ(値引き率)が4%。
どちらも−5ドルで値引き額は同じでも、値引き率で「お得かどうか」を判断しているということです。
例えば、100万円の車を1万円引きされてもあまり嬉しくないのに、スーパーの買い物では、数十円~数百円安くなっているだけでも嬉しく感じます。でも本当は、高い買い物ほど値切れるだけ値切ったほうがいいはずです。
■コンビニの「おにぎり100円セール」は変則的にやるからお得
消費者目線で考えると、「50%割引」という表示に踊らされて大して欲しくもない商品を次々と商品かごに入れるのではなく、「結局いくら安くなるのか?」という金額の絶対値を気にしてから「買いかどうか」を判断したほうがいいでしょう。
その値段が、高いと感じるか安いと感じるかは参照価格で決まります。しかし、「定価がいくらか?」は、場合によってはあまり関係ありません。
例えば、「ドーナツ100円セール」で、定価200円が100円になるキャンペーンを頻発しすぎると、だんだんとセールのお得感が薄れ、定価の200円ではなく100円のほうが参照価格になったりすることもあります。
そうすると、定価で売られているドーナツが割高に感じてしまい、定価で売れなくなってしまうということが起きる場合もあります。コンビニの「おにぎり100円セール」は、変則的にやるからお得な感じがするのです。
さて、プロスペクト理論のポイントを3つにまとめると、次の通りです。
②お金を1得たときの嬉しさ(主観的な数値)が1だとしたら、お金を1失ったときの悲しさ(主観的な数値)は、−2倍以上になる
③「お得感」は、金額の絶対値(いくら安くなるか)ではなく参照価格からの変化率(割引率)でとらえる
■プロスペクト理論を応用した「心理会計」
多くの会社では、給与とボーナスは別々に支給される一方で、所得税は給与天引きされることが多いのではないでしょうか?
「給与とボーナスが同時支給でも、もらえる金額が変わらないのならそれでもいいのでは?」と疑問に思った人もいるかもしれません。
「もらえるもの(給料)ともらえるもの(ボーナス)」、「もらえるもの(給料)と失うもの(所得税)」などのように、複数の利益や損失が絡み合う場合に、「人が一番感じる価値が高くなるように、支給や徴収の仕方を最適化しよう」とするのが「心理会計」です。
そして、これらはプロスペクト理論ですべて説明できます。
例えば、以下のような問題は、プロスペクト理論を応用すると答えを出すことができます。
②所得税と住民税は、別々に徴収したほうがいいか一緒がいいか
③所得税の徴収は、給与天引きがいいかあとから徴収がいいか
④割引をするときは、その場で現金割引がいいかあとからキャッシュバックがいいか
このような日常の様々な例は、プロスペクト理論で最適解を導くことができます。
事例を知ると、いろいろなところにプロスペクト理論が応用されていることに気がつきます。
私たちが特に気をつけたいのは、高額な買い物になるほど鈍感になるということです。
車や高級品はドーンと買ってしまうのに、毎日半額の見切り品を買って食費を削っているという人をたくさん見てきました。細かいところで節約するよりも、なるべく額の大きいところから節約できるものはないかを検討したほうがいいでしょう。
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データ分析・活用コンサルタント
合同会社デルタクリエイト代表社員。国立福島大学経済経営学類卒業。一般企業就職後、26歳で独立、データ分析・統計解析事業を始める。現在は企業のマーケティングリサーチや需要予測調査、商品開発支援などを行っている。数学アレルギーから学生時代より文系の道に進むが、統計学と出会いアレルギーを克服。株式会社野村総合研究所主催の「マーケティング分析コンテスト」入賞。学生や社会人向けに、データ分析をリアル謎解きとして楽しみながら、仕事に役立つ実践的なトレーニングを行っている。
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(データ分析・活用コンサルタント サトウマイ)
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